Hitoshi Nakagawa
2016年7月28日

破壊的コミュニケーションテクノロジー

現実世界を拡張するドローンやVRによって、今までにない新しいブランド体験を作り出すことが可能となった。設計のために必要な考え方は何か、事例とともに見ていく。

米国パームスプリングスで実施されたインテルの「Drone 100」
米国パームスプリングスで実施されたインテルの「Drone 100」

IoT, AI, ビッグデータと、デジタル周りで大きな技術の進歩が立て続けに起こっている。時にそれらは破壊的イノベーションと呼ばれることがある。広告・コミュニケーション領域でも、データ利用を中心にすでに実利用が始まっているのはご存じの通りだ。さらに機械学習やAIモジュールといった数年前には一部の専門家しか使えなかったものが、容易に安価に利用しやすくなってきており、さまざまな応用が始まっている。

今後、コミュニケーション領域において、”破壊的”と筆者が考えているのはドローンとバーチャルリアリティー(以下VR)だ。「広告からブランド体験へ」と叫ばれている中、拡張された現実世界を作り出すドローンとVRは、これからのブランド体験を創りだす中心的な技術になるであろう。まだ新しい技術ではあるが、実際の利用事例も出てきている。それら事例を見ながら、今後のブランド体験を設計するために必要な新しい概念について考えてみたい。

ドローンやVRはすでに広告手法として利用が始まっている

ドローンやVRの、広告・コミュニケーション領域での利用事例はまだ少ないが、確実に増えてきている。すでにドローンでの広告(バナーを揚げる、音声を空から流すなど)を専門に扱う会社も海外ではちらほら出てきている。

事例:ブラジルのアパレルブランドが商品を着せたマネキンを飛ばした例

この事例では、ラジコンヘリコプターではなくドローンを使ったからこそ、一種異様な、宇宙人が攻めてきたような雰囲気で多くの通行人の意識を向けることに成功している。東京の空にもしばしば飛行船広告が飛んでいるのを見かけるが、飛行機にしても飛行船にしても見慣れていることもあり、目は向いても”ひっかかり感”、”異質感”はない。しかし地表(自分)の近くで、物体がふわふわ浮いているさまは、どうしても意識が向いてしまう。この事例は、単なる航空広告の一種ではなく、間違いなくブランド体験の一つなのではないかと思う。

日常に異質な存在を持ち込むドローン

”空中”に情報メディアを展開する可能性を秘めているのが次の事例だ。
MicroAdが先日発表したSkyMagicは、660個のLEDライトがついたフレームを取り付けたドローンを25台編隊飛行させ、舞台装置として機能させたものである(実際に舞台照明などの制御に使う通信プロトコル"DMX512"でコントロールされているとのこと)。

事例:LED+編隊飛行ドローン

SkyMagic開発責任者の大田章雄氏は、「LEDの光と編隊飛行のドローンは、巨大な物体が目の前に浮いている錯覚を起こさせる。重力に抗って浮遊する巨大な光る物体は、人間も含む動物にとって本能的に異質なものとして認識される。それは新たな体験を創りだすに違いない」と語っている。

また、LED+編隊飛行ドローンは舞台演出的な使い方だけではなく、数を多くすることで、空飛ぶディスプレイをつくることも可能だ。東京オリンピックで国立競技場の上空に数百メートル規模のディスプレイが浮かぶ、なんてこともあるかもしれない。

事例:Intel 100機のドローンの編隊飛行

100機のドローンで空に絵を描く。SkyMagicより1機あたりの表現力は小さいものの、100機飛ぶ姿は圧巻。前述の空飛ぶディスプレイも夢ではないように思える。

ドローンは、現実の世界に現実離れした異質な存在を示すことができ、それは新たなブランド体験をもたらす可能性を持っていることは明らかだ。

作られた世界にダイブするVR

先日、Playstation用のVRゴーグルの発売が発表された。VRのベースとなる仕組みは1960年代後半に考案されていたが、今年になって前述のPlaystation VRだけでなく、Oculus Rift、HTC Viveの発売もあり、2016年はVR元年と呼ばれている。

体験した方も多いと思うが、VRゴーグルは映像を見るものではなく「その世界にダイブするもの」だ。VRゴーグルをかければ、自宅の椅子に座っていても、ジェットコースターに乗ることができる。本物のジェットコースターに乗っているわけではないと分かっているはずなのに、全身に力が入り、冷や汗が出て、椅子にしがみついてしまう人もいる。本能的・生理的な反応を人工的にコントロールしている。
しかも、VRコンテンツは簡単なものなら初心者が数時間で制作することも可能だ。筆者も実際にOculus Riftの開発者キットを購入し、まったく知識ゼロから、ネットを見ながら半日程度で簡単なVRコンテンツを作ったことがある。もちろん質の高いものを作るには、素晴らしいアイデアとプロフェッショナルのスキルが必須だ。しかし、容易に高度なVRを扱える開発環境が整っていることも、ここまで普及が進んできた要因であることに違いない。

コミュニケーションへの応用例、ブランデッドエンターテインメントとしてVRを活用した事例を紹介しよう。

事例:アニメの世界のVRを現実に ソードアート・オンライン ザ・ビギニング powered by IBM

VRゲームを題材にした小説で、後にアニメ化されているソードアート・オンラインを現実に再現してしまおうというイベント。創作の中のベータテストが今、現実に行われるという設定で行っており、VR自体の新規性や、その世界観にあった作り込みが功を奏し、ブランドキャンペーンとしても大きな成果が得られたとのことだ。

現実と非現実のミックス

VRは現実から「そっちの世界にダイブ」するもので、どっぷりとブランドの世界観を伝えることに向いている。そのため、より直接的なブランドツアー的なコンテンツも多く制作されている。

一方これから日常生活にも取り入れられてくると想定されるのが、「Substitutional Reality(現実と作られたものが入れ替わる。以下SR)」や 「Mixed Reality(現実と作られたものがミックスする。以下MR)」だ。

こちらのビデオはMicrosoftが発表したMRデバイス、Hololensのデモである。

未来の話のようにも見えるが、こちらもすでに発売済みだ。ただしまだ開発者向けで3,000米ドル。
VRゴーグルとは異なり、ベースは現実世界であり、そこに映像/情報がミックスされて見えるが、作られたオブジェクトは空間位置が固定されて見えるため、本当にそこに置いてあるように見える。ビデオの中では、部屋の壁にTVが埋め込まれているように見えたり、フレームだけのバイクのカウルをバーチャルでデザインしたり、水周りの修理を遠隔で現実に矢印を加えながら説明したりしている。
現状ではまだ現実と非現実のオブジェクトは区別がつくが、あっという間に区別がつかないくらい精度の高いものになることは想像に難くない。
「仮想ディスプレイで映画を無料で観られるかわりに、ビールの缶とピザの箱をテーブルの上に仮想でプロダクトプレイスメントする」、この程度のことならすぐにでも可能だ。

拡張された現実でブランド体験

「広告からブランド体験へ」とはいうものの、ブランド体験は”実体験”がベースであるためコントロールしにくく、スケーラビリティや費用面でも制限が厳しかった。だが、ドローンやVR(もしくはSRやMR)を利用すれば、「現実ではないけど、現実として体験させること」が可能だ。つまり、実物を作るよりは安価に制作が可能で、コントロール/パーソナライズができ、しかもスケーラビリティも確保して、ブランド体験を広める可能性を持っている技術なのだ。そして何といっても施策の自由度が高い。
まだこれらを試していない方はぜひ今日からでも触っていただきたい。想像よりも簡単に、想像以上の驚きの体験が得られるはずだ。そして新しい形のブランド体験についてアイデアを巡らせてみてもらいたい。

中川 斉
オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン 
ヘッド オブ マーケティング アナリティクス

(編集:田崎亮子)

 

提供:
Campaign Japan

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