音声インターフェースで、デジタル化はスクリーンの外へ飛び出す
「Is it 1995 again?」。昨春、海外のとあるカンファレンスで議論されたテーマです。1995年とは、パソコンとインターネットが私たちの暮しに入り始めた年。以来20数年間、「情報のデジタル化」というメディア環境の変化が進みました。つまりPCやスマホ、タブレットからテレビまで、スクリーンの中の情報がデジタル化された時代と言えます。
そして今始まろうとしているのが、AIやIoTの進展による「生活のデジタル化」です。あらゆるモノがIoTによってインターネットにつながり、その情報がAIによって瞬時に分析され、生活のあらゆるシーンがデジタル化されていく。
自動運転技術が自動車のデジタル化を、フィンテックが金融産業のデジタル化を推進するように、衣・食・住から遊・流通・教育・移動・金融・健康・福祉に至るまで、あらゆる産業領域でデジタル化が進み、新しいサービスが続々と生まれてくるでしょう。
それらのサービスの普及・定着に際して期待されるのが、音声インターフェースです。スクリーンとキーボードから生活者を解放し、音声のやり取りを中心に新しいサービスを構築することであらゆる年代層で利用が促進され、様々な生活シーンでのデジタル化が進むと思われます。
昨春取材した米国の家庭では、「スマホより早くて簡単」と父親がスマートスピーカーでその日のニュースや交通情報をすぐに音声で取り出すだけでなく、家中の照明や温度管理、家電操作までも行っていました。母親はキッチンでスマートスピーカーに呼びかけ、音楽をかけてタイマーをセットし食事の準備をしていました。子どもたちもスマートスピーカーに好きな音楽をかけてもらったりお気に入りの話をしてもらったりと、老若男女がデジタルデバイドなど全く感じることなく、楽しく便利な生活を実現していました。
更に、昨秋取材した西海岸のとある老人ホームでは入居者の各部屋や共用スペースにスマートスピーカーが設置され、高齢者の方々がスタッフのサポートを受けずに自分の声で空調や照明を自由に操作。音声アシスタントとのしりとり(Word Masterというゲーム)もこのコミュニティで大流行するなど、スマートスピーカー導入で暮しが確実に楽しく、生き生きしていく様子を見ることができました。
車の自動運転でも、人と車(の中のAI)とのやりとりで期待されているインターフェースは音声。その最初のデバイスとして生活に入って来たのがスマートスピーカーです。そして最近注目を集めているのが、ヒアラブル端末と呼ばれるデバイス。イヤホン型のこのデバイスは、やがて耳からその人の生体情報(脈拍や血圧、体温など)を読み取り、パーソナルアシスタントとしてその都度利用者に対して最善のアドバイスを行うと言われています。こうした音声インターフェースを活用した新しいデバイスやサービスが、AIやIoTの新しい技術と結びついて続々と生まれようとしています。
新しいメディアの役割、「アシスタンスメディア」
こうした新しいデバイスやサービスの登場はメディア環境にどのようなインパクトを与えるのでしょうか。私たちはアシスタンスメディアとも呼ぶべき、新しいメディア領域が出現すると考えました。
マスメディアは生活者に新しい何かを一斉に報(しら)せてくれる存在としての「報のメディア」、デジタルメディアは生活者自身が探索(検索)することができる「探のメディア」。それに対して、生活者の行動の実行をスムーズにする「援のメディア」が生まれるという考え方です。
「食生活」の領域で考えてみましょう。マスメディアは料理番組やグルメ情報を伝えてくれます。デジタルメディアでは、SNSなどでレシピ動画が人気を集めています。ここに、スマートスピーカーという新しいデバイスが加わるとどうなるのでしょうか? アシスタンスメディアは生活者に何を提供してくれるのでしょうか?
例えば、生活者が料理番組をみて「食べてみたい」と思った料理があるとします。さらにデジタルメディアで検索するとレシピ動画も見つかりました。とてもおいしそうで、「作ってみたい」と思ったとします。するとその状況に対し、アシスタンスメディアは「このレシピに必要な食材は○○です。これを購入しますか?」と生活者に尋ねてくれるでしょう。更に技術が進むと、冷蔵庫の在庫に合わせて足りない食材だけを自動発注するといったことも可能になるでしょう。
このように、スマートスピーカーは料理の手順や材料の量といった詳細を教えてくれるだけでなく、生活者が調理するというアクションまでも助けてくれます。しかし「このレシピを作ってみたい」「このレストランの料理を食べてみたい」といった強い欲求を喚起するのは、これまでと変わらずマスメディアやデジタルメディアが提供する情報です。これらの情報によって湧きあがった欲求をスムーズに実現に移してくれる、それこそがアシスタンスメディアの担っていく役割であろうと言えます。
マスメディアやデジタルメディアでは現在、衣・食・住・遊・流通・教育・移動・金融・健康・福祉・レジャーなど様々な生活情報を届けていますが、アシスタンスメディアはデジタル化が進む様々な生活の場面において、「生活者のアクションの実行」を助けていきます。例えば、移動では自動運転のような都市の新しいモビリティサービスに最適の経路を伝達し、生活者の移動の実現を支援する。ファッションでは、洋服のサブスクリプションサービスに対して生活者の体格やクローゼットの状況を認識し、最適のコーディネートを提示して実際に家まで届けてくれる −− そんな場面もあるでしょう。
これはそもそもメディアと呼ぶべきなのだろうか、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし何らかの情報を提示し、生活者のアクションを引き起こすという点で、アシスタンスメディアは非常に広告的な役割を担うと言えるでしょう。私たちのビジネスにインパクトを及ぼすことは間違いありません。
情報のデジタル化から、生活のデジタル化へ。スクリーンの中から、スクリーンの外へ。生活者に情報を知らせ探索させる役割から、アクションの実行までを助ける役割へ。メディアの定義が変わり、産業構造が変わるような大きな改革のなかで、今回の私たちの提言が皆様の次の何らかのアクションにつながれば幸いです。
(文:吉川昌孝 編集:水野龍哉)
吉川昌孝氏は、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の所長。
※参考リンク
メディア イノベーション フォーラム2017
「情報のデジタル化から、生活のデジタル化へ」プレゼンテーションスライド