アジアが抱えるリスクは非常に大きい。アジアの気温は世界平均の2倍の速度で上昇しており、自然災害の頻度は増え、その規模も大きくなっている。アジアは世界のCO2排出量の約半分を占め、温室効果ガスの「排出大国」には5カ国が名を連ねる。
アジアの排出量のほとんどを占めるのは高中所得国で、中国本土だけで地域全体の61%に上る。にもかかわらず、気候変動に最も脆弱なこの地域は、企業に課するサステナビリティーの法整備で欧州や米国に遅れをとる。
「我々は気候変動の影響を身近で見、感じている。にもかかわらず、ブランドや消費者にサステナビリティーを十分に訴えられないのは実にもどかしい」。こう話すのは、ピュブリシスグループでアジア太平洋・中東・アフリカ地域のサステナビリティ担当責任者であるスージー・グールディング氏だ。
だが、アジアのサステナビリティーの未来は決して真っ暗ではない。変化と改善の兆しもあるのだ。
サステナビリティーへのアプローチは確実に前進しているが、そのペースは業界によって異なる。自動車業界では電気自動車やハイブリッド車の導入が急速に進み、バッテリー式電気自動車(BEV)市場でアジア太平洋地域(APAC)は世界最大のシェアを占める。また、電気自動車販売台数も欧米市場より伸び率が高い。これをリードするのは中国で、2023年の電気自動車新規登録台数は810万台と、前年比35%増だ。日本、韓国と並び、東アジア3カ国は世界のeモビリティを牽引する。
一方、東南アジアの多くの市場ではサステナビリティーに関する規制の枠組みがまだ発展途上だ。地域の企業はサステナビリティーの向上と自社製品の改善に積極的に資金を投じている。
「APAC市場がサステナビリティーの点で立ち遅れているわけではありません」と話すのは電通APACのサステナビリティー部門責任者、アーウィン・ラジ氏。「多くの国々は森林や野生生物の保護、汚染防止策を積極的に支持している。各市場におけるサステナビリティーの優先順位が異なることに注意を払わねばなりません」
現在、サステナビリティーに関する規制で他地域より先んじているのが西欧だ。最近では企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)や、安易なカーボンニュートラルに関する表現の禁止、自然再生法などが正式に採択された。
アジアは法整備が遅れているが、監視体制の強化など意義ある進展も見られる。
サステナビリティーの「壁」
不安定な経済見通しや生活費・事業コストの増加……アジアの消費者やブランドにとって、サステナビリティーの優先順位は低い。
「事業や製品のサステナビリティーを高めるにはコストがかかる −− ブランドにはそんな思い込みがあります」とグールディング氏。「しかし長期的視点に立てば、サステナビリティーへの投資は先行投資。結果的に製品のイノベーションを起こし、コスト削減などの効率化につながる可能性が高い」
消費者側に立てば、製品購入の主な動機はコストと利便性だ。大抵の場合、サステナブルな製品は高価であり、多くの人々にとって身近ではない。
「アジアの人々はまだ多くが発展途上国に住んでいる。生活の質を高めることが最優先で、サステナブルな製品の購入はどうしても優先順位が下がってしまう」とグールディング氏。
アジアではサステナブルな製品は高級品とみなされがちだが、それらを消費者が全く買わないわけではない。大手市場調査会社ミンテルによる調査では、フィリピンの消費者の70%は「健康的な食品・飲料がサステナブルなもの、または環境に優しいものであればより購入意欲が高まる」と答えている。言い換えれば、サステナビリティーは消費者にとって付加価値なのだ。
だが、サステナビリティーの向上は消費者だけの責任ではない。インドネシアの消費者の半数以上(59%)は「ブランドが率先して環境問題に取り組むべき」と答えている。
シンガポールを拠点とするサステナビリティー専門のエージェンシー「アーリー・マジョリティ」の創設者アンディー・ウィルソン氏は、「どこの国でもほとんどの消費者はサステナブルな製品を求めていますが、高いお金を支払うことには消極的」と話す。「現状では、企業はサステナブルな製品から利益を得られない。コストベースを削減し、製品を手頃な価格にするイノベーションを実現していないからです」
さらには価格以外の障壁もある。
ウェーバー・シャンドウィックのサステナビリティー責任者でシニアバイスプレジデントのマルタ・ビジオ氏は、「偽情報や信頼性が大きな問題になっている」と話す。「製品が本当にサステナブルかどうか、消費者はなかなか判断できない。製品のラベルに書いてあることを含め、情報が不足しています。基本的にはコミュニケーションの問題で、我々はそれに貢献できる」
「価値」と「行動」の間のギャップ(消費者のサステナブル志向と現実の行動とのギャップ)には、一般的に言って4つ大きな壁があるという。それは「知識」、「コスト」、「利便性」、そして新しいものに挑戦する「リスク」だ。
カンター社の調査によると、APACでは9割の消費者がサステナブルなライフスタイルを望んでいるのに対し、積極的に行動を変えている人は3分の1に過ぎない。また、6割の人は社会善の実現を目指す企業に「時間とお金を費やしてサポートする用意がある」と答え、半数以上の人は「環境に良い影響を与える手段を積極的に模索」し、「悪影響を与えるものの購買は控えて」いる。意志と行動の大きなギャップはいまだに消えておらず、これを解決する企業の役割がより重要になる。
「アジアは新しいビジネスモデルの可能性に満ちている。 『モバイルファースト』のアプローチでデジタル変革をリードしてきたのと同じことが言えます」と話すのは、カンターでAPACのサステナブル変革を牽引するトレゼリーン・チャン氏。「ビジネスリーダーは考え方を変え、サステナビリティーをコストや危機管理の問題ではなく、新たな価値を創造するビジネスチャンスと捉えるべきです」
「変化」は可能
サステナビリティーはブランドの成長にとって重要であり、意義ある差別化を生み出す。
「サステナビリティーが正しく伝われば広告で大きな違いを演出でき、より多くの人々に好意を抱いてもらえる」とチャン氏。「具体的な利益につなげるためには、重要なメディアで存在感を示し、中心価格帯でサステナブルな製品の選択肢を増やし、消費者に買いやすくすること。植物性ミルクの『オーツサイド(Oatside)』や『オートリー』、電気自動車のBYDなどの成功は、APACのブランドにとって大きな刺激になるはずです」
将来に目を向けてみよう。アジアでは中産階級が増加しており、特に中国とインドではその傾向が強い。力強い経済成長と人口増加で、アジアの中間所得層は世界の新たな消費の原動力となろう。
「消費者からの圧力、世界的な規制の圧力が強まるにつれ、アジアのサステナビリティーは大きく進歩していくはず」とビギオ氏。「当然ながらその進歩は地域によって速度が異なります。アジアは世界人口の半分を占め、国によって社会的・経済的格差が大きい。こうした要素がサステナビリティーの前進に影響を与えることを忘れてはなりません」