これまで主にテレビを活用してきた広告主が、メディア戦略の見直しを迫られている。消費者行動が変化し、今やテレビだけでは既存のオーディエンスにリーチできないからだ。
グループエムがアジア太平洋地域(APAC)で行った調査によると、消費者に最も影響力を与える広告メディアは依然としてテレビという結果が出た。だが現在、各エージェンシーが注力するのはOTT(オーバー・ザ・トップ、インターネットを介した視聴者へのコンテンツ配信)プラットフォームをさらに活用しようというブランドへのサポートだ。
この流れの背景にあるのはOTTサービスの増加と、テレビがアドレサブル(ユーザーを特定する)広告の時代を迎えていること。広告主であるブランドにとっては、オーディエンスにリーチする選択肢が増えた。ディズニープラスやユーチューブといったプラットフォームは新たな広告付きプランの導入を発表し、ネットフリックスもそれに続こうとしている。
ブランドは緻密なデータを駆使し、大画面でアピールできるメリットを考慮して様々な戦略を試みる。その一例が、配車アプリ大手グラブとストリーミングプラットフォーム「Viu(ビュー)インドネシア」の取り組みだ。この4月、グラブが全面的に資金提供したコンテンツシリーズをビューが配信。東南アジアでは初めてと言っていいブランデッドエンターテインメントとなった。
インドネシアは東南アジアでも最も大きなコロナ禍の被害を受けた国の1つだ。そうした困難の中、『Cerita Tentang Percaya(信念の物語)』と銘打ったこの6回シリーズは不屈の精神でパンデミックを生き抜く日常のヒーローたちをフィーチュア。配信に際してはアカデミー・コンサルティング社、アイアンヒル・メディア社といった広告やマーケティングに関するコンサルティング企業も協働した。
「今はどのブランドも革新的で独自性の高い取り組みを目指していますが、同時に結果も求めている」と話すのはハヴァス・インドネシアの前CEOでアカデミー・コンサルティングの創業者、アンウェッシュ・ボーズ氏。「インドネシアのみならず、東南アジアであれだけの規模のブランデッドエンターテインメントを展開した企業はなく、ビューとグラブはその一番手を志した。コンテンツ制作には消費者のストーリーを活用、知的財産権は100%両社にあります。ビューは宣伝のためにかなりの広告枠を使い、キャンペーンも大々的に行いました」
アドレサブルTV会社ファインキャストでAPACクライアントエンゲージメント・成長担当ヴァイスプレジデントを務めるアレクサンドラ・ローズ氏は、「ブランドは従来型のリニアTVに加え、OTTを活用したリーチの拡大に努めている」と話す。「さらにデータを活用してオーディエンスを特定したり、ロケーションを特定したキャンペーンを行ったりして、オーディエンスと関連の深いメッセージを送り、強いインパクトを与えようとしています」
また、これまでテレビを使わなかったクライアントがOTTを活用する傾向も全ての市場で見られるという。ブランド構築戦略の視点からすれば、従来のテレビCMのプランニングやバイイングよりもOTTの方がビジネス的に柔軟性が高く、市場への浸透も速い。
「OTT視聴者の増加がクリエイティブイノベーションをもたらし、変革に乗り遅れたくないクライアントが従来型のテレビにはなかったフォーマットを生み出そうとしている。消費者にシームレスなエクスペリエンスを提供して商品を購入させる『ショッパブル広告』と、複数の広告コンポーネントを自動的に組み合わせて配信するダイナミッククリエイティブは今やOTTキャンペーンの重要な要素になりつつあります。こうしたOTTキャンペーンがオムニチャネルのクリエイティブ戦略を形成しているのです」
成長する広告付きストリーミング
東南アジアの消費者は価格に敏感だ。こうした市場ではサブスクリプション制や広告付きプランを安価で提供するOTTサービスが成功を収めている。また、幅広い選択肢を求める消費者にも奏功する。
東南アジアにおける広告付きストリーミングサービスの視聴者は増加傾向にある。トレードディスク社が最近実施した調査によると、視聴者の総数は1億1600万人に上るという。
これら視聴者の大多数(89%)は広告に寛容で、1時間の無料コンテンツで「2本以上の広告を見ることは厭わない」。
トレードディスクの東南アジア・インド・ANZ(オーストラリア・ニュージーランド)担当ヴァイスプレジデント、ミッチ・ウォーターズ氏は、「ネットフリックスやディズニープラスの動きがブランド間の消費者獲得競争に一石を投じている。これは注目すべき事実です」と話す。「両社が広告付きモデルに移行していることは、OTTが確かなチャネルとして認められたことを意味します」
「今後はより多くのブランドが広告付きプラットフォーム −− iQiyi(アイチーイー)、ビュー、WeTVといった地域レベルのプラットフォームも含めて −− 上でキャンペーンを展開し、オーディエンス獲得にしのぎを削るでしょう。重要なのは、それによって今後5年間のブランドの予算の使い方が変わること。ブランドが初めに支出するのは質の高いコンテンツを供給するプラットフォームであって、ユーチューブやソーシャルメディアのUGC(ユーザー生成コンテンツ)ではないということです」
ローズ氏も同意見だが、1つ補足する。「広告付きモデルは市場によって受け入れられ方が異なるでしょう。消費者のメディアに対する嗜好や広告への反応が違いますから」
例えばマレーシアやフィリピン、タイでは広告付きの無料サービスが好まれ、インドネシアでは広告のないオンデマンド型有料サービスの人気が高い。
「広告付きストリーミングサービスで、視聴者は15年前にテレビを見ていた時のような感覚を味わうことになる。ただし、広告の機能ははるかに進歩しています。消費者は自分の興味に合った広告を流すストリーミングサービスで、好きなコンテンツを選べる。広告体験はより快適なものになるでしょう」(ローズ氏)
視聴体験のパーソナライズ化
顧客エクスペリエンスをパーソナライズ化するためには、視聴者が選ぶコンテンツとその理由、視聴する場所と方法を把握することがOTTサービスのプロバイダーにとって必要となる。視聴者習慣を理解するには、多くのプラットフォームから収集したデータを詳細に分析しなければならない。広告主はプラットフォームと協働することで、重要なインサイトが獲得できる。
一例が、東南アジアで人気の高い韓国のコンテンツだ。特にインドネシアでは3分の1以上の人々が「頻繁に視聴する」という。その成功要因は視聴者の好みに合うコンテンツと広告を提供する「ワントゥワン」アプローチ。OTTプラットフォームへのロイヤルティ醸成にはこのアプローチが欠かせないことを示す。
ローズ氏は、「ターゲットオーディエンスの位置情報と視聴習慣を把握することで、広告主は彼らに直接的にアピールするメッセージを送れる」と話す。ファインキャストとオーディエンス測定会社アンプリファイド・インテリジェンスが行った共同調査では、英国の視聴者のOTT広告への反応は、リニア広告よりも毎秒20%強いという結果が出た。
ストリーミングプラットフォームは広告が視聴者に最も強い影響を与える媒体だ。ブランドリコール(再生)に関しても同様と言えるが、視聴者の注意力などを考慮すれば、OTTがUGCを上回ることは間違いない。
「消費者がOTTを選ぶ理由は、コンテンツの質の高さと安定感、そして選択肢の多さ。OTTは他の動画配信サービスよりも質の高いコンテンツを流します。そうしたプラットフォームで紹介されるブランドに、視聴者はより好感を抱くのです」
「テレビ業界では、クリエイティブイノベーションが再び隆盛を迎えつつある。東南アジアはその最前線で、オーディエンスは質の高い視聴環境の中でブランドと様々なインタラクトを行っています。ショッパブル広告やダイナミッククリエイティブで、消費者は1人ひとりに向けられたビスポークのオファーを受け取る。テレビとデジタルをつなぐことで、消費者はブランドとシームレスにインタラクトできるようになるのです。その結果、5年前には不可能だった絶大な影響力のキャンペーンが実現できる」
さらにローズ氏は、「OTTプラットフォームの成長とコンテンツ投資は相関関係にある」という。例えば、調査会社アンピア・アナリシスがAPACの3大メディア企業と位置付けるアイチーイー、テンセント、ジー・エンターテインメント(Zee Entertainment、インド)の3社は、いずれもコンテンツの拡充に大規模に取り組む。
アイチーイーの場合、2018年のコンテンツ投資額は31億3000万ドル。これは中国の主要放送局6社のコンテンツ投資額の総計にほぼ匹敵する。この年、アイチーイーは全放映作品の10%に当たる250本以上のオリジナルコンテンツを制作している。
(文:ショーン・リム 翻訳・編集:水野龍哉)