Staff Reporters
2021年3月03日

エージェンシー・レポートカード2020:Dentsu X

この数年、収益減に苦しんでいたDentsu Xは、コロナ禍や度重なる人事異動にもかかわらず業績を改善させた。市場環境が依然厳しいなか、さらなる飛躍を遂げられるか。

インドネシアの飲料メーカー「テーコタック」のキャンペーン
インドネシアの飲料メーカー「テーコタック」のキャンペーン

業界にとっても親会社の電通にとっても苦難の1年となった2020年。Dentsu Xの業績回復を牽引したクリエイティブグループのマネージングディレクター、フィル・エイドリアン氏には2つの大きな逆風があった。1つは、目まぐるいリーダーの異動(メディア事業の責任者となったオードリー・クア氏は1年で退職、後任はプレナ・メロトラ氏に)。もう1つは、2018年から2019年にかけてのDentsu Xの収益減だ。同社は様々な対策を講じたが、実ることはなかった。

電通の組織構造は複雑で、エイドリアン氏は複数の異なる部署に所属し、さらに市場によって指揮系統も異なる。これはクライアントに混乱をきたし、同氏にとっても効率的ではない。Dentsu Xはシンガポールでのみ電通のクリエイティブユニットと位置付けされ、直属の上司はシンガポールCEOのプラカシュ・カマダー氏、その上はAPACクリエイティブCEOのマーリー・ハイミー氏になる。だが、「他市場ではメディアエージェンシー」(メロトラ氏)に分類されていれる。

こうした問題の要因は、電通が世界規模で絶えず構造改革を行っていることにある(海外事業をリブランディングし、『イージス』の名前をはずしたこともその一環)。それを考えると、各エージェンシーの先行きは依然として不透明だ。ただでさえ業界にはコロナ禍で不確実性が満ちている。にもかかわらず昨年、Dentsu Xは3桁の売上高成長率を記録した。インドや中国といった主要市場にも進出。イノベーションを活性化させ、業績の悪化に歯止めをかけた。

成長の主因は、より幅広い統合的サービスの提供だ。その一例が、マレーシアのクライアントである三井不動産への関与拡大。PRやメディア活動、プロモーションイベントから、サービスデザイン、顧客管理システムの開発と構築、スタッフマネジメントにまでその領域を広げた。

カテゴリー 2020 2019
マネジメント B- C
クリエイティビティー  C+ C+
イノベーション B- C+
事業成長 B B-
人材とダイバーシティー C+ C+

A- : この難局のなかで事業成長を達成でき、さらにはクライアントや従業員からも高い評価を得ることができました。それこそが、我々の実績の大きな証だと考えています。

それを支えたのが、Dentsu Xの戦略の基幹である営業モデルだ。営業チームは社内のスペシャリストチームと協働し、クライアントの事業成長に注力。営業はクライアントの企業能力を向上させ、マーケティングエコシステムの統合を実現する「信頼されるパートナー、かつコンサルタントでなければならない」(同社)。それに加え、専門知識共有システム「X5」機能やモチベーションプランニング、アテンションマーケティングの構築が「昨年の成長をけん引した」(同)。

こうした総合力を示したのが、一見全く異なるクライアント、自動車メーカー「スズキ」とインスタントラーメンブランド「エースコック」のベトナムにおけるキャンペーン。スズキは小型トラックの効果的プロモーションを、エースコックはサンプル製品のタッチポイントを模索していた。Dentsu Xの営業は両社を結びつけ、双方にとってメリットとなるアイデアを創出、「ハッピートラック」を実現した。

ベトナムで行われたスズキとエースコックのキャンペーン


エースコックのヌードルを積んだハッピートラックはベトナム・モーターショーでデビュー。スズキとエースコックの共同ブースは約16万5000人を集客し、ヌードルは9000人が試食。ここで得られたデータをもとに、ハッピートラックはモーターショー終了後も引き続き活用された。

こうした地元ブランドのためのアプローチは、他市場でも展開。インドネシアの飲料メーカー「テーコタック」のキャンペーンでは、かつての人気を取り戻そうとミレニアル世代をターゲットに。ベトナムのKFC(ケンタッキーフライドチキン)のキャンペーンでは認知度の向上と市場シェアの拡大を実現、コロナ禍にもかかわらず事業成長を達成させた。

新たなアイデアにとどまらず、既存のアイデアを刷新するイノベーションにも注力した。特筆すべき事例が、「DANデータラボ」や「電通エクスプロア」といった電通所有のマーケティングテクノロジーサービスを統合した「電通マーケティングクラウド(DMC)」の立ち上げ。「電通ピクセル」「電通DSP」といったアナリティクスソリューションを結合させ、DMCはクライアントに欠かせないメディア管理の円滑化を実現した。また、Eコマースプラットフォーム「ラザダ(Lazada)」や「ショッピー(Shopee)」にも活用されるデータ主導の最適化ソフトウェアツール「Dコマースメトリックス」を導入。このツールによって花王のベビー用品ブランド「メリーズ」の売上は3カ月で183%増となった。

Dentsu Xの成長を支えたのはイノベーションだけにとどまらない。エンゲージメントを測定するシンガポール発の「グッドフット(The Good Foot)」、アジアの優秀な人材を集めて隔年で開催される「テラコヤ(寺子屋)ワークショップ」なども引き続き大きな役割を果たした。

昨年の進化の指標として、エイドリアン氏はDentsu Xがカスタマーリレーションシップコンサルタンシー社の「リファーラルレイティング(The Referral Rating)」で業界平均より1.3ポイント高かったことを挙げる。この格付けはクライアントにエージェンシーを評価させ、他社にも推薦できるか否かを尋ねるもの。

他にも忘れてならないのは、アップルやネスレ中国の指定代理店となるなど、いくつかの大型契約を勝ち取ったことだ。全体としては中国・インド・台湾での業績が顕著で、東南アジア(マレーシアとインドネシア)でも昨年の主要クライアントと契約が成立。中国ではハイアールと中国交通銀行という重要なクライアントを失ったが、「中国やAPACでの新たな契約獲得は、こうした損失を埋め合わせて余りある」(エイドリアン氏)。それでも調査会社R3の「ニュービジネスリーグ」APAC版では1ポイント順位を落とし、一昨年の6位から7位に。契約数の増加や収益増は反映されなかった。

昨年の重要な取り組みとしてエイドリアン氏が強調するのは、人材への注力。Denstu Xの離職率は1年を通じAPAC全体では横ばいだったが、インドネシアなど複数の市場では1桁台の増加。マレーシアなどではそれ以上だった。厳しい状況のなか、上層部は2つの責務を負った。1つは既存の従業員向けのイニシアティブの継続、もう1つはコロナ禍でエンゲージメントを維持する取り組みだ。

社の方針は多くのライバル企業同様、広告賞の獲得からエンゲージメントの維持にシフト。より多くの予算と上層部の努力が人材強化に注がれた。

エイドリアン氏は多大な努力を払い、「エージェンシータウンホール」「アスク・フィル(フィルに聞け)」といった従業員向けの取り組みを実現。公式、非公式双方のチャンネルからオープンなコミュニケーションを促進した。また、スキル向上のための「dxアカデミー」「プレイ・トゥ・ウィン(Play to Win)」「電通パートナーセッションズ」といった試みも重要な役割を果たした。

それでもなお、人材面ではエンゲージメントに加え、ダイバーシティーやインクルージョンといった課題が残る。コンサルティング会社グリント(Glint)の調査によると、Dentsu X従業員のエンゲージメント率には大きなばらつきがあることがわかった。インドのような大きな市場では80%近かった一方、シンガポールでは54%。APAC全体では67%という平均的数字だった。「この数字を上げるため、社として様々な取り組みを今も懸命に行っている。ワークライフバランスの指針もその1つです」。(エイドリアン氏)

Dentsu Xは昨年、劇的な業績回復を遂げた。だがこうした明るい側面は、有効な海外戦略を模索する親会社・電通の苦闘の陰にどうしても隠れてしまう。電通はグループ全体で1万2500人を削減した一方、ビジウムとアイプロスペクトの合併を皮切りに経営・組織の強化を積極的に図るとしている。だがDentsu Xが独立したメディアエージェンシーとして生き残っていくのか、はたまた合理化の波にのまれてしまうのか、大きな疑問は残されたままだ。

クライアントの事業目標達成・課題解決におけるリーダーシップ
X5による専門知識のバランス化
モチベーションプランニング、アテンションマーケティングの構築

デザインによる統合
アドレサビリティー測定のプロダクト
エクスペリエンス

アボット
味の素
アップル
バイトダンス(字節跳動)
GACモーター(広州汽車集団)
本田技研工業
ファーウェイ(華為技術)
花王
三井不動産
トラベルカ


(文:Campaign Asia-Pacific編集部 翻訳・編集:水野龍哉)

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