
1970年代の英国のコメディ番組、「フォルティ・タワーズ(邦題:Mr.チョンボ危機乱発)」をご存じだろうか。ジョン・クリーズ扮するうっかり者のホテル経営者が主役の、ドタバタ劇だ。彼は、ドイツ人の宿泊客の前では「戦争の話はしてはいけない」と、繰り返し自分に言い聞かせるのだが、どうしても口を開くたびに戦争に言及してしまう。
ホテルや不動産事業を営むアパグループの代表、元谷外志雄氏は、クリーズの役柄にヒントを得たのだろうか。同氏は、南京大虐殺を否定する内容の書籍を執筆し、アパホテルの全客室に設置。1月に、中国人の宿泊客がSNSに動画を投稿したことが発端となり、非難の的になった。そして今度は、反ユダヤ主義と思われる発言が載った同グループの機関誌をカナダの系列ホテルに設置し、世界中から注目を浴びている。
米国はユダヤ人に搾取されている被害国だとする元谷氏の言説に、ユダヤ系コミュニティーが反発。同氏は、誤解を受けたことを「残念に思う」と表明し、機関誌から該当箇所を削除したが、ユダヤ系の指導者たちは納得していない。前述の書籍に記した歴史認識についても同氏は謝罪しておらず、2017冬季アジア札幌大会に参加する中国と韓国の選手団がアパホテルへの宿泊を拒否する事態に至った。どちらの件も、さまざまな国のメディアによって報道されており、もともと関係が良好といえない国々でネガティブな固定観念を植え付けるなど、アパホテルのみならず日本ブランドのイメージを損なっている。
しかし、アパグループは意に介していないようだ。元谷氏は、同ホテルの宿泊客に占める中国人旅行者の割合は5%に過ぎず、事業への影響はほとんどないと発言したとされる。では、日本人の利用者は、どのように受け止めているのだろうか?
国内メディアでは、こうした一連の出来事、特に元谷氏のユダヤ人に関する発言は、あまり取り上げられていない。ある日本人のコミュニケーション専門家はCampaignの取材に応じ、日本では南京大虐殺はデリケートな話題だと認識されているが「ユダヤ人については、日本の人々は知識も意見もほとんど持ち合わせていません」と話す。「反ユダヤ主義の思想は、キリスト教よりもさらに縁遠いものなのです」。反ユダヤと受け止められかねない差別的な言動が、比較的多く見受けられるのは、こうしたことが背景にある(昨年、アイドルグループ「欅坂46」がナチス風の衣装を着用したことが、国際的な問題に発展した)。
欧米では、反ユダヤ主義と解釈されかねない一切の言動は、ブランドやセレブリティーにとって命取りだ。例えば、最も成功したユーチューバー「ピューディーパイ」は、反ユダヤ主義の動画を複数投稿したとウォールストリートジャーナルで報じられ、2月にディズニーとの巨額の契約を解約された。同様に、リベラル派の旅行者がドナルド・トランプ氏の経営するホテルを、思想の違いを理由に避けようとする動きも、拡大する可能性がある。しかし「ブランドは政治的な発言を厳に控えるべき」との不文律が仮にあったとしても、日本では事情が異なるようだ。
「極端に保守的な政治観がブランドにもたらす損害は、欧米に比べてはるかに少ないのです」と前述の専門家は言う。「日本では通常、企業の政治的あるいは宗教的な価値観は、その事業とは関係のないものと考えられています」
Campaignは都内でさらに2名の業界関係者に接触したが、いずれも同じような見解であった。うち1名はある広告会社の経営者で、「どう思うかを日本人に問いかければ、おそらく10人中8人が『賛成はできないが、自分には関係のないこと』と答えるでしょう」と述べた。もう1名の、ある企業の広報責任者は、日本社会が右翼思想の活動家を野放しにする傾向を示唆する。
結局のところ、アパホテルの日本人宿泊客の予約が減ることはなさそうだ。しかし、インバウンドの観光需要が急増し、2020年東京五輪に向けて日本への関心が高まる中で、価値観を無遠慮に発言する同社の姿勢は、まったく賢明とはいえない。「ひとたび中国人の怒りを買ってしまえば、事態の収拾には大変な労力を要します」と、前述の広告会社経営者は話す。「反ユダヤ主義の発言の機関誌への掲載は、情報発信の管理プロセスが著しく欠落していることを露呈しています。なぜ編集の段階で止められなかったのでしょうか?」と指摘する。
前述のコミュニケーション専門家によると、「そもそもアパホテルは傑出したブランドではなかったため、それほど被害が広がることもありません」。しかし、もし企業が成長を志向するのであれば、できるだけ多くの人々に好意を持ってもらえるよう努める方が、理に適っている。2007年に同社のホテルは耐震強度不足が指摘され、批判が寄せられたが、その後ブランドイメージは回復。手頃な価格で良質なサービスを提供するというポジショニングで、同社はホテル宿泊の概念を変える一翼を担ってきたという。「質の高いサービスであるだけに、評判を傷つけたことは残念です」
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:田崎亮子)