今や世界には、メタバースについて書かれた記事があふれている。メタバースの構成要素であるバーチャルゲームの世界や仮想現実(VR)、拡張現実(AR)体験など、周辺記事にも事欠かない。
それなのに何故、さらに記事を書くのか。
ひとつには、メタバースの5つの潜在的機会をマーケターに示す、簡潔で便利なチェックリストが私の手元にあるからだ。メタバースはまだ成長の途上であり、今すぐ全力で取り組むべきだと訴えるつもりはない。それでもこのフレームワークは、メタバースがあなたやあなたの顧客に適した場所か、もしそうならどのような目的に適しているかを判断するのに役立つはずだ。
もうひとつは、私に多少の経験があることだ。私が10年ほど前に在籍していた会社は、この分野にいち早く参入していた。例えば、「PlayStation 3」の仮想世界の中に、小売企業GAMEのための広大な月面店舗を構築したことがある(当時は、まず月から作る必要があった)。この店舗では、アバターが集まってチャットをしたり、私たちが制作したゲームをプレイしたり、現実のGAMEストアの6分の1しかない重力を体験したりできるようになっていた。
その頃から考えると、変わったことも多いが、ブランドやマーケターのための5つの収益化の可能性は変わっていない。それでは、さっそく本題に入るとしよう。
1.リーチの拡大:メタバースでのブランドの存在感は、まだまだ希薄だが(誰かバーチャル看板を掲示しないか?)、パンデミックの間に巨大市場となったゲームやARの環境では、これまで訴求が難しかったユーザー層にリーチを拡大できる。よく知られているように、若いオーディエンスは、従来のチャネルではリーチするのが難しく、広告を避けたり画面をすばやくスクロールしたりする傾向も強い。しかし、メタバースは注目されやすい環境で、若年層にリーチする手段をもたらす。また、メタバースは一つに統合された世界ではないものの、同一の戦略を複数のメタバースに適用してリーチを拡大することができる。私が今いる会社は、あるファッションブランドと提携して、新しいバーチャルアクセサリーを複数のメタバースで同時に展開している。ブロックチェーンのおかげで、VRプラットフォームの「ディセントラランド(Decentraland)」でアクセサリーを購入した人は、バーチャルウォレットにそれを保管して、「フォートナイト」でも利用することができる。
2.没入型のブランド体験:メタバースを利用すれば、さりげないやり方で、人々の心に浸透することができる。悪目立ちする広告ではなく、視覚や聴覚、(普及しつつある)触覚などに訴えることで、360度のブランド体験を、押し付けがましくない自然な形でメタバースの世界に持ち込むことができる。ここで重要になるのは、記号的なつながりや多感覚のつながりをもたらすブランド空間を作り出すこと、そしてそこで何を展開するかということだ。人々は、楽しみたい、自分を表現したい、勝負に勝ちたいなど、さまざまな欲求を抱いている。GAMEの(バーチャル)月面店舗やそこで提供した斬新なゲームなどは、現実世界の店舗では再現不可能なブランド体験を生み出していた。
3.アバターのインフルエンサー:メタバースは、外部とのコミュニケーションに使われるソーシャル空間だ。アバターという好みの外見で自分を表現し、周囲の状況や出会った相手から影響を受ける。そしてこのことが、ブランドに新しいタイプのインフルエンサー、つまり大きな影響力を持つアバターとの提携の可能性をもたらしてくれる。このようなアバターは、本人の姿を忠実に再現している場合もある。しかし、リル・ミケーラのような架空インフルエンサーの台頭に伴い、その多くは非現実的な外見や、バーチャルな職業、多彩なキャラクター設定などで構成されている。2021年、ウイスキーブランドの「モンキー・ショルダー」は、ディセントラランド初のフェスティバル開催に合わせ、DJパフォーマンスやNFT販売を行うアフターパーティーをホストした。このクールな会員限定パーティーは、さまざまなイベントや参加者同士の交流を通じて、大きな話題となった。これからは、アバターのインフルエンサーがバーチャルファッションショーを仕切ったり、新しいバーチャルグッズの試用レポートを届けたり、バーチャクラブを開いたりするようになるだろう。そして、現実世界と同じように、名前が売れて活動が広がれば、ブランドとスポンサー契約を結ぶようになるはずだ。
4.販売チャネル:メタバースは、まったく新しい市場開拓ルートだ。多くの業種カテゴリーで、オンライン販売とオフライン販売のメリットを同時にもたらす可能性を秘めている。たとえば、新車の購入を考えている人なら、オンラインで自宅から好みの車を探したり、膨大な色の組み合わせを試したりできる。しかも、現実世界と同じように、車をあらゆる角度から眺めて、細部までチェックできる。いずれバーチャル試乗会も可能になるだろう。シボレーが、エピックゲームズのリアルタイム3D制作プラットフォーム「Unreal Engine(アンリアルエンジン)」を用いて、新車の動画を制作した事例もある。ロックダウンのあいだに進化したeコマース体験は、バーチャルな服を試着したり、建築前のモデルハウスの中を歩いたりできるなど、すでに次世代のステージに進んでいる。
5.バーチャル製品の販売:最後に、メタバースを利用すれば、現実の製品と同様に、バーチャル製品を販売し、これを収入源とする新たな販売チャネルを構築にすることができる。ファッションブランドが制作するバーチャルアイテムはその一例だ。このような製品は、(ブランディング目的の)無料サンプルやプロモーション用の廉価版製品であることもあれば、本格的な収益源となることもある。実際、大手ゲーム会社は、利益率の高いバーチャルアイテムの販売を主な収益基盤としてきた。また、この状況に拍車をかけているのがNFTだ。例えば、ダイヤモンドの加工技術で知られるHBアントワープは、美しいダイヤモンドのNFTコレクションを販売している。つまり、バーチャル製品の収益化には、無限に複製できるバーチャル製品の大量販売か、希少価値の高い高価なNFTの販売という2つのアプローチがあるということだ。
以上が、メタバースがもたらす5つの可能性だ。数カ月後には、私のアバターが、ディセントラランドの月に設置されたCampaignのおしゃれなバーチャルオフィスから、記事を提供しているかもしれない。
マット・ウィリファー氏は、カラ(Carat)英国本社の最高戦略責任者。