パンデミックにより、オンラインゲームやショッピング、ソーシャルメディアなどの利用が急拡大し、デジタルと現実の融合はさらに進むこととなった。オンラインメディアやコンテンツの消費の高まりによって、多くのブランドはデジタルにおける足場を再検討し始め、技術者らはオンラインを革新する意欲をいっそうかき立てられている。
バレンシアガが人気ゲーム「フォートナイト」で販売したデジタルファッションから、サムスンが「ディセントラランド(Decentraland)」に構築したフラッグシップ店舗まで、ブランドがメタバースの力を活用し、消費者に没入型のブランド体験を提供する事例が散見されるようになってきた。
ただし現時点では、バーチャルな顧客体験が、すべてのブランドに適しているわけではなさそうだ。多数のマーケターがメタバースについて熱く語っているとしても、消費者はまだ静観している状況だ。
ダブルベリファイのセールス担当バイスプレジデント、コンラッド・タラリティ氏は、Campaign Asia-Pacificにこう語っている。「ブランドはまず、自社のターゲット顧客層を把握する必要がある。ターゲットにメタバースプラットフォームのアーリーアダプターが含まれているか把握することが、メタバースでのマーケティングに投資すべきかどうかを判断する上での鍵となる」
「例えば、あるブランドのターゲットに若年層、とりわけゲーム、ガジェット、先端テクノロジー、あるいは新たな投資機会などに関心のある層が含まれる場合、ターゲットは仮想世界の探索に一定の時間を費やす可能性が高いと仮定できる。その場合、メタバースはブランドに、消費者との持続的なエンゲージメントを築く貴重な機会を提供するだろう」
そうしたタラリティ氏の意見に、オムニコム・メディア・グループでAPAC(アジア太平洋地域)のチーフデジタル・オフィサーを務めるバラト・カトリ氏も同意する。カトリ氏によると、ブランドはなによりオーセンティック(真正)であるべきであり、自らの企業文化に何を統合したいかに焦点を当てるべきだという。その上で、ブランドは、ゲームを取り入れ、最大限に活用することで、すぐにメタバース事業を始めることができる。なぜなら、ゲームのコンセプトと専門性はすでに成熟しており、顧客に真の没入体験を提供できるからだ。
「私たちは、ナイキがロブロックスと提携して『ナイキ・ランド』を構築し、ウェンディーズが(メタが運営する)『ホライゾン・ワールド』に店舗を開くのを見てきた。そして、これらの事例には2つの共通点がある。ひとつ目は、ブランドがホライゾンやロブロックスといったメタバース環境において、Z世代やミレニアル世代のオーディエンスとつながり、エンゲージし、活性化したいと考えていること。2つ目は、ブランドがオーガニックメディアと有償メディアを使って、ユーザーの認知を高めようとしていることだ」
—オムニコム・メディア・グループ バラト・カトリ氏
カトリ氏は、すでにメタバースやゲーム、NFTといった話題を多く取り上げているインフルエンサーコミュニティとつながることで、ブランドは、ロイヤルティプログラムやアクティベーションを通じて提供されている機会について、ユーザーの認知を高めることができるという。さらに、プッシュでのPRも活用することで、ブランドのWeb3の取り組みについてユーザーに深く認識してもらうことができる。
メタバースにおける成果の測定
ブルームバーグの予測によると、メタバースは、eコマース、ソーシャルコマース、ゲーム、Web3、クリエイターエコノミーなどの、新たなデジタルコミュニティが交錯する場となり、2024年までに8000億ドル(約108兆4000億円)規模の市場シェアを獲得するという。
ただし、メタバースは依然として黎明期であり、仮想世界でユニークな体験を生み出すには、まだかなりの開発初期投資が必要となる。そのため、ブランドはその根拠として、オーディエンスへの影響力を測定するための成果指標を求めることになるだろう。
測定に関して朗報があると話すのは、ザ・トレード・デスク(The Trade Desk)の新興市場(ゲーム、オーディオ、デジタル屋外広告、リテールメディア、ソーシャル)担当ゼネラルマネージャー、ナトリアン・マックスウェル氏だ。同氏によると、大半のゲーム環境はサードパーティのデータパートナーと統合されているので、そうしたパートナーがすでに追跡している計測KPIに、メタバースでの取り組みを結びつけることが有効だという。
指標の例としては、視聴時間、ビューアビリティ、ブランド認知度、ブランドリフトなどが挙げられる。ブランドは、特定のキャンペーンにおいて最も重視すべき成果指標を決定し、成果を最大化するようコンテンツを設計する際には、指標から逆算して取り組む必要がある。
マックスウェル氏はこう説明する。「メタバースには、ゲーム内課金など、ブランドが商品購入面での成果を上げる方法も数多く存在する。ブランドにもよるが、体験を差別化したいゲーマーには、特別なスキンやアイテム、その他のアドオンを購入してもらうことができるだろう」
「ブランドは、デジタルの世界観を現実世界へ持ち込むような、現実の商品を開発することも可能だ。そうすれば、ゲーマーたちはバーチャル上での体験に関連した、物理的商品を購入できるようになる」
マックスウェル氏はさらに、大きな注目を集めているもうひとつの分野として、ブランドが提供するデジタルコレクションやNFTを挙げている。仮想環境内で装着することができ、現実の商品ラインに沿ったユニークな限定コレクションを制作し、NFTという形態で販売を始めたブランドもある。
メタバースでのROIの達成
クリエイティブエージェンシーのバーチューでAPAC戦略ディレクターを務めるゾエ・チェン氏は、メタバースにおけるブランドの投資対効果(ROI)は、最終的には、その成果に左右されると説明する。例えば、あるブランドがWeb3に参加し、NFTをオークションにかけて特定の日に発売したいと考えた場合、結局、その成果は通常のイベントやキャンペーンと同じになる。
この場合、ブランドは、ウェイティングリストに登録された人数やウェブサイト上の滞在時間、閲覧数、エンゲージメント、そして最終的には売上高でROIを測定することができる。ブランドは成果を導き出すために、結果から逆算することが必要となる。
「一方、コカ・コーラのようなブランドは、フォートナイトで新たな体験を生みだしている。この『コカ・コーラ・ゼロシュガーバイト・ピクセルポイント・アイランド』では、隠された宝物を見つけたり、さまざまなピクセルを集めたり、ミニゲームを楽しんだりできる」とチェン氏は説明する。
「ブランドは、QRコードをスキャンした人の数や、仮想世界での滞留時間を把握することができる。彼らのアバターがどんな行動をとっているか、仮想世界でどれくらいの時間を過ごしているか、同じアカウントを使うユーザーが何回再訪したかなど、デジタルならさまざまなデータを測定できる。有償メディアのエンゲージメント、クリック数、ビュー数の測定をはじめ、さらに多くの測定も可能だ」
メタバースの定義はいろいろあるが、Web3技術がそのベースにあり、その上の体験レイヤーがメタバースだという解釈が一般的だ。ベーステクノロジーの進化に伴い、体験レイヤーはますます発展していくだろう。
つまり、ブランドはもはやメタバースを複合現実、すなわち仮想と現実を組み合わせた、単なる顧客体験として論じるべきではない。そうではなく、顧客を維持し、その生涯価値を最大化するための、長期的な戦略の一環としてメタバースへの投資を最大限活用することに注力すべきなのだ。
「メタバース上で、クリエイティブに活動できる方法を見いだしたブランドは、マーケターに強い印象を与えるだろう」と、電通インターナショナルのシンガポール・クリエイティブ・グループでチーフクリエイティブオフィサーを務めるスタン・リム氏は語る。
「次に新しい体験レイヤーが開かれたとき、私が宇宙船で人々を火星に飛ばそうが、宇宙船の中に仮想環境を作ろうが、それは問題ではない。我々が何をするにせよ、それが、クリエイティブなテクノロジーと連動し、素晴らしい顧客体験を生み出し、結果的にROIの最大化をもたらす方法であると分かっているからだ」