David Blecken
2016年12月15日

日本の「広報」の変革を目指す、新たな大学院

広報のプロに求められるのは、会社の理念を深く理解すること。そしてブランドのビジョン形成と発展に寄与するため、より積極的な役割を担わなければならない − 新設される社会情報大学院大学のトップが語る。

東英弥氏
東英弥氏

2017年4月、東京で「社会情報大学院大学」が開学する。広報の研究に特化した教育機関がほとんどない日本で、「企業理念に根差した広報の重要性を唱え、他に類を見ない教育プログラムを提供していく」と同理事長・総長の東英弥氏は語る。

東氏は、マーケティング関連のメディア運営と教育事業を行う「宣伝会議」代表取締役会長でもある。社会情報大学院大学は事業構想大学院大学の姉妹校にあたり、日本広報学会も協力。コースは2年間で、企業や官公庁、自治体などの広報部門に所属する人、議員や政策秘書を志す人など社会人が対象となる。教授陣の構成は学術界から50%、民間企業から50%。修了すると、「広報・情報学修士」の学位が与えられる。

既存の広報研究・教育の場としては、PR会社プラップジャパンによる慶應義塾大学の寄付講座や、神奈川大学、ミエ・インスティテュート・オブ・コミュニケーション、さらには「宣伝会議」が提供する数々の講座などがある。

新大学院では「学術的な理論と実践的トレーニングのどちらにも偏り過ぎない教育を提供していく」と東氏。現在の企業の広報機能はコーポレート広報やプロダクト広報、プレスリリース担当、リスクマネージメントといった具合に縦割りのケースが多い。新大学院ではこの壁を取り払い、広報担当者が組織の根底にある理念に基づいて、より包括的に仕事をこなす能力を身につけることを目標とする。

同氏は、既存の講座は「企業や製品が持つ社会的なインパクトを理解させるような教育をしていない」と言及。「『新商品の売り込み方』であれば、学べるところはあります。しかしそれだけではブランドの精神を世に伝えることがほとんどできないし、誤解を生むことにもつながりかねません」。また、社内コミュニケーションを向上させて「内なる声」に耳を傾けることも、対外的コミュニケーションやメディア対応と同様に重要なことだと言う。さらに、派手なマーケティングやイベントを展開しても、ユーザーと接するスタッフが良質な顧客体験を提供できなければ意味がない、とも。「社員にやっていいことといけないことを理解させ、会社全体の足並みを揃えることも広報が担う大切な役割の1つです」。

「日本企業の約90%を占める中小企業にも、広報の重要性を理解してもらいたい。小規模な企業では、例えば社長秘書が広報を兼務するなど、専門的なトレーニングを受けていない社員が広報を担う場合が非常に多いのです」。「広告」に比べて「広報」に対する理解が日本で進まないのは、それぞれを表現する漢字が似ており、どちらも「メッセージを発信する」という意味があるからではないか、とも指摘。「何か問題が起きると社長が頭を下げて謝罪するだけで、対応策を説明しないケースがよくあります。これは広報のあり方を理解しておらず、結局はブランドの価値を損ねてしまいます」。

だが、明るい兆候も見られる。「最近は広報により力を入れる社長が出てきました」。アサヒビールのように、広報畑を歩んできた人物が社長に就任した企業もある。新しい大学院は、こうした潮流を日本全国で支えていくことも目標に掲げる。いずれは東京のみならず、大阪や名古屋、沖縄、北海道などにも拠点を広げていくつもりだ。

米国で働いた経験がある東京のフリーPRコンサルタント、岡本純子氏は、社会情報大学院大学の開学は「日本で広報に対する理解を促進するための一歩」と言う。

「多数の企業が広報とメディア対応は同義と考えており、効果測定も多くはその考え方に基づいています。つまり双方向のコミュニケーションではなく、一方向だけなのです。メディアが最も重要なのではありません。肝心なのは、いかにして消費者とコミュニケーションをとるか。メディア対応に執着していては、広報の可能性を狭めてしまいます」。

「この新しい大学院を通じて人々が広報の真の可能性を理解するようになれば、素晴らしいことです。昔ながらの広報、すなわち一方的にメッセージを送りつけるような広報のやり方は、もう通用しませんので」。

岡本氏は、「広報はより戦略的かつ大胆な手法をマーケティングから学べる」とも語る。「広報とマーケティングの間には大きなギャップがあります。日本企業の広報は、先手を打つことよりも『守り』に重点を置いている。もっとグローバルな視点で、斬新な取り組みを行ってもらいたいですね」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

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Campaign Japan

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