Emily Tan
2017年4月27日

AIはクリエイティブにとって「敵」か、「味方」か

人工知能(AI)がクリエイティブにとって有益なツールであることは、既に実証されている。一方、AIに仕事を奪われるのではないかと戦々恐々とする人々もいる。ロンドンの広告制作の最前線から、その未来を探る。

AIはクリエイティブにとって「敵」か、「味方」か

レンブラントの「新作」の披露から、理想的母親像の演出、商業的に成功する音楽の作曲、さらにはCFや映画の予告編、短編映画のディレクションまで……今やAIのアルゴリズムは、ソーシャルメディアマーケティングエージェンシーに取って代わることができる。こうしたAIの台頭は、クリエイティブの人々にとって実際どれほどの脅威になっているのだろうか。

「ミラム(Mirum)」のグローバルチーフテクノロジーオフィサーであるマット・ウェブ氏によれば、AIのアルゴリズムは理論上、ブランドやブリーフからデータマイニングをし、収集した情報と組み合わせて課題を解決する能力があるという。「その意味でAIは、クリエイティブブリーフにも答えを出すことができるでしょう」。

AIに作曲を教える論法やプロセスも、これと極めて似通っている。

AIで作曲を手がける「ジュークデック」の共同創業者でチーフオペレーティングオフィサーを務めるパトリック・ストブス氏は、クリエイティビティの「神性」に疑念を抱いているようだ。ストブス氏は正統な音楽教育を受け、ケンブリッジ大学の学位を持つ歴とした音楽家でもある。同氏は、「要するにクリエイティビティとは、特定の分野にどっぷりと浸かり、あらゆる情報を吸収して今までと異なる組み合わせを試す作業なのです」と語る。

「ミュージシャンは誰もが自分の専門領域を深め、パターンを分解し、それぞれが持つ効果を分析します。そして自分が求める効果を具体化するため、最適の組み合わせを見出そうとする。こうして学習を重ねていくのです」

ストブス氏は、同様の方法でAIに音楽を教え込んだ。「AIは音楽の膨大なデータセットを分析し、パターンを見出し、作曲に関するルールを察知します。そして、一連の可能性と法則を導き出すのです。例えば民族音楽の7割は主和音で始まり、8割がカダンス(完全終止)で終わる。こうした事例を学習し、コピーではなく、ルールに則って作曲するのです」。

AIは常に学習と改良を繰り返す。ジュークデックが作曲した音楽は2014年には人々から失笑を買ったが、2015年には好意的に受け入れられるようになり、2016年には人間が作ったものと区別がつかないほどのレベルに達した。

ジュークデックはユーザーの選ぶ嗜好やムード、ジャンルに合わせてほんの数秒で独自の音楽を生み出す。その多くはユーチューブの動画に使われているが、サザビーズやコカ・コーラ(メキシコ)といったブランドもジュークデックの手がけた音楽を使い始めている。最近では大手広告代理店との契約も果たした。

だからと言って、クリエイティブの人々はパニックを起こす必要はない。「少なくとも向こう3〜40年は大丈夫でしょう」と話すのは、クリエイティブテクノロジーとコンテンツ制作を手がけ、独自の「クリエイティブAI」部門を持つ「ハッピー・フィニッシュ」のチーフエグゼクティブ、スチュアート・ワプリントン氏。

「今の時点では、AIのアルゴリズムは制約のない課題を解決する能力はまだ備えてはいません。例えば、まったく白紙の状態から広告のコピーを生み出すことはできないのです。ただし、一定のパラメーターを設定すれば人間よりも解決能力に長けているでしょう」。

AIの生み出すアイデアや作品は味気ないだろう、などと考えるなかれ。「人間の感覚とは異なるクリエイティビティを発揮するのです。AI独自の、別世界のスタイルです」とワプリントン氏。

それでも、「AIに仕事を譲るのはまだ時期尚早」と言うのはジェイ・ウォルター・トンプソン(JWT)アムステルダムのクリエイティブパートナー、バス・コーステン氏。同社はオランダの金融グループ「ING」などの協賛で、17世紀の画家レンブラントの作品をAIによって再現する「ザ・ネクスト・レンブラント」というプロジェクトを手がけた。この試みの結果、「人間の持つ批評的思考力が、なお必要なことを確信しました」。

「コラボレーター」としてのAI

ハッピー・フィニッシュのAIチームは、AIをクリエイティブプロセス向上のための「コラボレーター」と位置づけている。実際、AIなしではダヴ(ユニリーバ)のキャンペーン「パーフェクト・ママ(Perfect mom)」や「ザ・ネクスト・レンブラント」は実現しなかっただろう。

腕の立つ画家が経験を頼りに、オランダの巨匠の作品を模倣することはできるかもしれない。だが、レンブラントの絵画にある魅力を再現することは困難だろう。なぜならそれは、レンブラント本人が描いたものではないからだ。AIはツールだが、レンブラントの作品を徹底的に研究し、吸収してしまう。言わば、AIがレンブラントになりきって絵を描くのである。

「AIの描いた絵を構成する800億ピクセル全てが、レンブラントのピクセルなのです。すなわち、時空を超えてレンブラントが再び描いたことになる。正確に言えば彼の新作ではありませんが、それを再構築したわけです。AIが彼と同化し、その手が描くであろう作品を再現したのです」(コーステン氏)

マッキャン・ワールドグループ ジャパンの「AIクリエイティブディレクター(AI-CD)」といえども、人手なしでは機能は果たさない。AI-CDのクリエイティブプランナーである松坂俊氏は、「発想から編集まで、全てのディレクションをAIができるわけではありません」と語る。「クライアントからのクリエイティブブリーフをもとに、初期の段階での大まかなクリエイティブディレクションをするだけです」。

AIにクリエイティブブリーフを理解させるため、クライアントにはアルゴリズム用の情報を所定の様式で提供してもらう。そしてAI-CDが出した大枠のアイデアをもとに、人のチームが制作プロセスを進めていくという手順だ。

コーステン氏は、「AIがクリエイティブ全般を担うのは考えにくいですが、クリエイティブディレクターにはなれるでしょう」と語る。「AIにあらゆるデータを投入すれば、様々な効果を判断させることができる。それを専門とするAIを実用化すれば、面白いでしょうね」。

AIに適応するクリエイティビティ

すでにオンラインマーケティングの分野では、「アドゴリズム」社の「アルバート」のようにAIのアルゴリズムが活躍している。アルバートは様々なクリエイティブ素材をいち早く組み合わせて吟味し、効果の最適化を図るのだ。

オンラインのランジェリーブランド「コサベラ」は、ソシアルマーケティングエージェンシーとの契約を解消し、その仕事を「アルバート」に委ねた。同社マーケティングディレクターのコートニー・コンネル氏は、AIによって「マーケティングチームのクリエイティブプロセスが刷新された」と話す。

「AIにはクリエイティブに関する型通りの情報だけではなく、様々な要素を与えます。アルバートは最初の2〜3週間で様々なコピーと写真の組み合わせを試し、最適化を図る。その答えが出ると、自分でキャンペーンのやり方を編み出すのです」

最も理解が難しい点は、AIが「私たちと違った視点で人間を捉えること」と言う。「人間の方が微妙な事柄に対して鈍感ですね」。

その例が、2年前にBMWが中国のメッセンジャーアプリ「ウィーチャット」上で展開したターゲット広告だ。「貧しすぎる」とレッテルを貼られた一部ユーザーは広告を見られず、激しい反発が起きた。

「AIのアルゴリズムに人の手が加わったことがその要因でしょう」とコンネル氏。「AIのパラメーターを設定し、正しい判断をしたと思っていたのは人間ですから」。

アルバートは学歴や所得といった大まかなデモグラフィックではなく、「ユーザーの微かな反応に基づいてターゲティングを行う」(同氏)。「ユーザーがサイト上でどのようなインタラクションをしているか、何をクリックしたか、何に興味を示したか……そういった情報を取り入れるのです」。

ピュブリシスのエージェンシー「チーム・ワン」のエグゼクティブクリエイティブディレクターを務めるアラステア・グリーン氏も、「人間の感情を読み取るのは、機械の方が人間よりもうまいかもしれません」と話す。同氏が率いるチームは、サーチ&サーチが主宰する「ニュー・ディレクターズ・ショーケース」に向けて「エクリプス(Eclipse)」と題したフィルムをAIだけで制作した。昨年のカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバルでは、人間が制作した19本の作品とともにそれが公開された。

グリーン氏はその制作過程をこう振り返る。「我々はAIが配役を決めるのをじっと見守っていました。実は既に、俳優の個性や相性を考慮して我々は配役を決めていたのです。そしてAIが『感情』や『動作』を基にしたデータから選び出した俳優は、我々が選んだ俳優とぴったり合致したのです。実に驚きましたね」。

コンネル氏も、AIの人間に対する観察力があまりにも優れているため、「自己の既成概念やチームの思考法を変えざるを得なかった」と言う。「はじめは、アルバートは私のアイデアを実現してくれる便利なツールだと思っていました。ところが、それだけにとどまらない能力を予感させるのです。私たち人間は、物事を一般化し過ぎる傾向があります。良いことではありませんね」。

ワプリントン氏は、AIを「マーケティングの聖杯(至高の目標、の意)」と表現する。「全ての消費者と1対1のコミュニケーションをとり、それぞれの人物像に合わせて語りかける。AIはそういう力を私たちに与えてくれるのです」。

だが、コーステン氏はこうした考えに懸念を抱く。「クリエイティブの人間が、『大枠のアイデアを作れば、後はコンピューターがやってくれる』と考えるようになってはおしまいです」。

その一方で、クリエイティブチームが大規模に1対1 のコミュニケーションを行うのは困難なことも同氏は理解している。「消費者がインタラクションしたくなるようなメッセージを込めて、クリエイティビティを大きなスケールで活用するにはどうすればいいのか。AIがある程度それに役立つのは分かりますが、頼り過ぎれば型にはまったものになってしまうのではないでしょうか」。

(文:エミリー・タン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

ダヴがAIを駆使してどのように「パーフェクト・ママ」を制作したのか、こちらの記事もあわせてお読みください。

提供:
Campaign UK

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