中国では、27歳以上の未婚女性を「剰女(センニュイ)」(「売れ残りの女性」といったニュアンスがある)と呼ぶことがある。このような言葉に対抗しようと、P&GのスキンケアブランドSK-IIは2016年、自分の意思で自分の人生を選択する女性をテーマにしたキャンペーン「Marriage Market Takeover(婚活マーケットを乗っ取ろう)」を開始した。広告会社フォースマン&ボーデンフォース(Forsman & Bodenfors)の協力を得て展開されたこのキャンペーンは、SK-IIが実施した中で最も人々の記憶に残る取り組みのひとつとなり、社会的メッセージを伝える広告の輝かしい成功例となった。
SK-IIは今も、「運命を、変えよう。-#changedestiny」というパーパスに根ざしたメッセージを発信し続けている。著名な日本人映画監督である是枝裕和氏を第1作に起用した映像作品シリーズの公開もその一環だ(予告編は下の動画で視聴できる)。さらに、この新シリーズの公開に合わせて、SK-IIはP&G初の映画スタジオ部門であり、コンテンツハブとしての役割も果たす「SK-II STUDIO」を始動。映画監督、アニメーター、ミュージシャン、コンテンツクリエーター達と共に活動していくことを明らかにした。
「私たちは美の固定観念に戦いを挑もうとしている」と、SK-IIでグローバルシニアブランドディレクターを務めるヨージン・チャン氏は、Campaign Asia-Pacificの取材に対して語った。「何が人を美しくするのか、その定義は多岐にわたっている。しかし残念ながら、女性の場合はその定義が予め決められてしまっていることがある。また、容姿や行動、あるいはあなたの感じ方に左右されてしまうこともある」
チャン氏がブランドの取り組みを通じて強く訴えたいのは、「運命は偶然に左右されるものではなく、選択によって切り拓ける」ということだ。また、「私たちは責任あるブランドとして、問題に光を当て、適切な会話を喚起し、できれば適切な行動を引き起こすことによって、コミュニティのためにより適切な貢献ができると考えている」とも述べた。
SK-IIのパーパスは、「肌(スキン)」「生活」「地球」という3つの柱で構成されている。「肌」という柱があるのは、スキンケアブランドとして当然のことだろう。そこに「生活」という柱が追加された理由は、ターゲットオーディエンスが常に社会的圧力や周囲から期待される行動に縛られるなか、こうしたテーマに関して意見を共有する必要があると感じたからだ。一方、「地球」は最近追加された柱で、サステナビリティ(持続可能性)や地球上で果たす役割に責任を持つことを意味する。
もっとも、パーパスに関してはCampaignがしばらく前から取り上げてきたテーマであり、ブランドが女性のエンパワーメントを目的として掲げるといった話は目新しいものではない。むしろ、女性向けのスキンケアや女性向けファッションの世界は、空疎な言葉で溢れているというのが実状だ。
だが、SK-IIのパーパス戦略にはユニークな要素があるとチャン氏は考えている。なかでも特徴的なのは、女性がさまざまな社会的圧力に直面している現状を認識していることだ。「肌の美しさに関する話題だけでなく、幅広いテーマについて発言している点でかなりユニークだ」と同氏は言う。
さらにチャン氏は、SK-IIは立派な主張や呼びかけだけで満足せず、彼らの懸念を行動に移すことにも取り組んでいると説明した。同社が3月23日に「#CHANGEDESTINY」ファンドを立ち上げ、寄付やパートナーシップのスキームの提供を開始したのはその一例だ。
SK-IIのグローバルCEOを務めるサンディープ・セス氏はCampaign Asia-Pacificの取材に対し、「業界の『右に倣え』という風潮も、社会に変革をもたらすために必要なら、必ずしも悪いことではない」と語っている。「むしろ、業界の他のブランドやライバル企業が加わって、このテーマについて声を上げてくれた方がいい。そうすれば、ムーブメントを起こせるからだ」
セス氏はまた、自分たちが掲げるパーパスはブランドのDNAや価値観に根ざしたものであり、キャンペーンのコンセプトは収益性よりもこうした価値観に基づいて作られていると話す。「私たちは、チャレンジする分野とチャレンジしない分野をきわめて明確に区別し、常に自らの基本的な価値観に従って活動している」
文化的な側面へのチャレンジは、すべてのブランドが容易にできることではないだろう。だがセス氏は、SK-IIにそれができるのはクリエイティブな勇気があるからだとは考えていない。重要なのは「大切なことのために立ち上がる」ことだと、セス氏は述べている。
「私たちは、力で物事を解決したり抗議したりするためにこうした活動をしているのではない。キャンペーンで婚活市場を取り上げたからといって、結婚に反対しているわけではなく、ただ自分で選択することの大切さを主張しているだけだ。私たちがやろうとしているのは、このような暗黙のプレッシャーを浮き彫りにし、人々が状況を解決するための手助けをすることだ」(セス氏)
では、収益性を考慮しないのであれば、SK-IIは何を成功の基準としているのだろうか。SK-IIはこの点について詳しく語っていないが、「最近はKPIの話が多すぎる」とチャン氏は考えている。最終的には、ターゲットオーディエンスがブランドをどのように見て、どのように感じているのかという話に行き着くが、それが直接売上に結びつかないこともあると同氏は言う。
「私たちが獲得したいと思う資質は多岐にわたるが、まずはオーディエンスとのあいだで互いに信頼できる関係を築きたいと考えている」とチャン氏は言う。「また、失敗したからといって逆効果だったというわけではない。期待していたほどのスパイクが見られなかったというだけの話だ。なので、それは問題ではない」
いくつかのキャンペーンを振り返り洞察した中でチャン氏を驚かせたのは、最終的にそれらのキャンペーンが非常に広い範囲に浸透したことだ。たとえば、婚活市場を取り上げたキャンペーンは中国で見られるひとつの風潮に対抗することを意図したものだったが、「人々がさまざまなレベルで共感できるものだった」ため、この地域全体に広まった。このことは、他の市場にも展開できる普遍的なテーマを取り上げる前に、まずは地元に目を向けるというチームの戦術にも影響を与えている。
SK-IIでシニアブランドコミュニケーションディレクターを務めるフー・シューチー氏によれば、こうしたことすべてが、パーパスという長期的な無形の価値について考えるきっかけとなっているという。「今のような時代だから、地域ブランドが短期的な売上やプロモーションの拡大に取り組むようプレッシャーを受けていることは認識している」とフー氏は言う。「しかし、私たちは自らのパーパスに根ざした活動を続けている。皆が時流に乗っているからといって、私たちが短期的に成果を上げたいという誘惑に駆られることはないでしょう」