カンヌライオンズまであと1カ月足らず。期間中、広告業界関係者はカンヌのクロワゼット通りを闊歩し、さまざまなマーケティングキャンペーンを手掛ける広告業界人たちが、ステージを誇らしげに歩き、数々のトロフィーを手にすることになるだろう。
コミュニケーション・エージェンシー、テイラー・ヘリングの共同創業者でもあるジェイムズ・ヘリングCEOが、Campaignの姉妹サイトPRWeekで、2022年のカンヌライオンズでグランプリに輝いた32作品のうち28作品が、パーパスをテーマにしたものだったと指摘した。
ヘリング氏は、ブランドパーパスそのものを問題視しているわけではない。広告主やエージェンシーが、真のパーパスに基づいたキャンペーンではなく、賞のために作成されたキャンペーンを実施する傾向が強まっていると指摘したのだ。「排水口クリーナーは、単に排水口クリーナーに過ぎないともいえる。デンタルフロスに崇高な使命感など必要ないのではないか」とヘリング氏は書いている。
ヘリング氏はさらに、社会が必要としているのは、「現実の人々の心に響く本物のキャンペーン」であり、「業界うけする、賞狙いのキャンペーン」ではない、と主張する。
ヘリング氏は、「Z世代は意識の高い人を嫌う」とも書いている。それは、(いわゆるオルタナ右翼がよく攻撃するような)本気で理念を信じる人への嫌悪ではなく、「理念を不誠実に利用しようとする人」への嫌悪だ。
ロンドンを拠点とする広告研究所(IPA)は、2022年に発表した報告書の中で、ブランドパーパスに批判的な意見を取り上げると共に、ブランドパーパスの有効性について厳密な検証を求めた。そして、この議論を活性化するための5つのステップを提示している。例えば、「パーパスに関わるあらゆる指標、特に、非財務的な成果」に基づき評価されること、そして「場合によっては、ブランドパーパスについて語らないという選択」も含まれること、としている。後者については、ギネスやジョン・ルイス(英国の百貨店チェーン)を例に挙げて、「企業としてパーパスに取り組んでいるが、パーパスを広告には利用していない」と説明している。
ヘリング氏に言わせれば、ほとんどのパーパスキャンペーンは「退屈」であり、「置き換えが可能」だ。「絵空事はあってもいいが、決して退屈であってはならない」のだ。
そこでCampaignは、広告業界関係者に向けて、埃をかぶっているこれまでのカンヌライオンズの金賞(ライオンの像)と共に、ブランドパーパスも棚に戻すべきだろうか、と問い掛けてみた。
リチャード・ブリム氏
アダム&イブDDB 最高クリエイティブ責任者
無価値なブランドパーパスは、そもそも話題にすべきではないし、世に出るべきものでもありませんが、実際、そのようなものが大量に出回っていることは確かです。業界がそれをトレンドのひとつとして扱っているためで、私はそこに問題があるのだと思います。しかし、私たちはこの状況にうんざりしています。状況は変わるでしょう。とは言え、真のブランドパーパスは、適切に実行されれば、全社で取り組むべき、ビジネスに深く根差した有効な戦略であり、称賛されるべきものです。
ダヴやパタゴニアなどは、真の意味でパーパスを実践しているブランドです。彼らは、この業界でよく見られる「何か目新しいものがほしいだけ」という姿勢とは一線を画しています。
とても難しいことですが、カンヌライオンズの審査員は、見たこともないような、刺激的で革新的で、卓越したアイデアを探すべきです。しかしそのためには、もっと深く掘り下げる必要があります。単なる理念に賞を与るべきではありませんが、私は審査員として、途方もないアイデアを巡って議論したことがあります。審査員たちは、こういったアイデアが、インターネットに火を付け、大きなムーブメントを起こし、何兆ものオーガニックなインプレッションを獲得してきたことを思い出すべきです。教えてください。我々は皆、それを求めてきたのではないのですか。
最も重要なのは、それが、ビジネスや現実の問題に根差した本物であるということです。ちょっとしたアイデアに、無理やり理念をねじ込んだようなものではいけません。一旦完成したなら、自問してみるべきでしょう。自分ならどう感じるか、何か残るものがあるだろうか、うらやましく感じるような作品だろうか、と。パーパスがあろうとなかろうと、最高のアイデアが常に勝つべきでしょう。しかし個人的には、ちょっと羽目を外した作品も見てみたいと思います。
デビー・エリソン氏
VMLY&Rコマース グローバル最高デジタル責任者
パーパスやブランドの価値を「一旦脇に置いて」、品質、機能競争やコスト競争に突入したブランドは、厳しい戦いを覚悟したほうがよいでしょう。
生活危機のなかでは、各ブランドは、人々の生活に真に意味のある役割を果たす必要があり、今がその大切な時期です。英国の人々は歯科医療の危機に直面しているため、デンタルフロスにも高い使命感が求められます。人々は暖房か食事かの二者択一を迫られており(つまりエネルギー、食料品、日用消費財ブランドも同様です)、バーゲン価格だけでは解決できない状況です。
真の変革を起こすには、ブランドが、パーパスを実際の利益と結び付け、価値を行動と結び付けることが必要です。例えばユニリーバは、インドの消費者に向けて、競合ブランドのプラスチック容器や自社のパッケージを活用して、柔軟剤「コンフォート」などを充填する「スマートフィル」を提供しています。そうすることで、プラスチック汚染と闘い、環境保護に貢献しながらも、85%のリピート購入を実現しています。創造性があれば、それが可能なのです。そして幸いなことに、私たちは間違いなく創造性をもっています。
エテ・デイビス氏
電通クリエイティブ EMEA担当最高執行責任者
確かに、不自然な作品、本物でない作品、ブランドやその顧客と無関係な作品に、賞を与えるべきではありません。特に、長期的な影響が考慮されていない場合はそうです。
しかし、パーパスについての一般的な会話はやや単純化されすぎていて、パーパス主導のブランドの取り組みを、プロボノ(無料奉仕)やチャリティーと混同する危険性があります。ブランドは、政府などよりも信頼されていて、潜在的影響力があることを私たちは認めています。「文化を形づくり、文化に影響を与えて」きたこと、何百万人もの行動を変えられることを、私たちは評価しています。もしこれが真であるならば、私たちの業界、なかでもブランドやエージェンシーは、「真にポジティブ」であるべきです。
さらに、パーパス主導の仕事は効果的であり、パーパス主導のブランドは競合他社を上回り、従業員や顧客の満足度も高い、という経験則にもとづく証拠もあります。パーパスは、ビジネスにとって紛れもなく有効なのです。
一方、「パーパス疲れ」のため、卓越したアイデアに対する静かな反発があるのも確かです。その妥当性、魅力、貢献度を絶えず問い続けている業界として、私たち自身のパーパスは、その創造性を、ビジネスや人、社会のために役立てることではないでしょうか?
言うほど簡単ではありませんが、これは私たちみんなが努力すべき課題です。
ニッキー・ブラード氏
マレンロウ・グループ英国法人 グループ最高クリエイティブ責任者
ブランドの「正義」が退屈なものになっている、というコメントをよく見かけます。パーパス主導の取り組みは賞のネタにすぎない、という主旨です。
本当でしょうか?
上辺だけを取り繕う「パーパス・ウォッシング」が、嫌悪すべきものだというのは全く同感です。しかし私にとっては、「パーパス・バッシング」も同様に問題です。
個人的には、大きな変化のために、大きな予算を投じる用意がある大手ブランドには、拍手を送りたいと思っています。パーパスは、「あった方がいいもの」ではありません。ほとんどのブランドにとって、パーパスは、ブランドの存在意義と革新性を保証してくれる鍵です。
パーパスは進歩を後押しします。パーパスは、仕事を推進するための戦略的な接着剤であり、クリエイティブの着火剤です。そして、もし私たちの業界が、海洋プラスチックを減らしたり、自立した女性を増やしたり、人の痛みを理解したりすることに、貢献できるのならば、それは本当に素晴らしいことだと思いませんか?
カンヌライオンズの勝者が、「恐れ知らずの少女たち」ではなく、「デンタルフロス的なもの」になることを、懸念している人がいるのならば、それは、私たちがデンタルフロスのために、もっと良い仕事をすべきだということなのです。
マーク・エルウッド氏
レオ・ブルネット エグゼクティブ・クリエイティブディレクター
そう、この語り尽くされたテーマで……まず私が言いたいことは、すべてのブランドには、間違いなくパーパスがあるということです。そのパーパスとは、何かを「売る」ということです。それが、車であれ、余暇であれ、日用品やアプリであれ、とにかく何かを売ることです。
もちろん、広く社会に貢献する真のパーパスを持つブランドもあるでしょう。パーパスが無価値なものになりつつあるのは、それが、ブランドの本質に組み込まれていないからです。そのパーパスは、カンヌライオンズのためだけに採用されたものではないでしょうか?2023年の審査員には、ぜひその違いを見極めてほしいと願っています。
真のパーパスを持つ作品の好例は、2022年のカンヌライオンズで賞に輝いたレオ・ブルネット・シカゴの「The Lost Class(ロスト・クラス)」です。この作品は、学校の銃乱射事件で子どもを亡くした家族が設立したNPO「チェンジ・ザ・レフ」が、クライアントです。この勇気あるクリエイティブは、真に称賛に値します。
ブランドパーパスをテーマにした作品は、確かに表彰台に上がる資格があります。しかしそれは本当に、ブランドの本心から生まれたものでしょうか?それこそが、カンヌライオンズの審査員が答えなければならない問いなのです。