他の多くの巨大老舗ブランド同様、パナソニックも「活性化」を必要としている。Campaignの行う「アジア・トップ1000ブランド」では常に上位に名を連ねる、言わずと知れた世界的ブランド。だがパナソニックを象徴するものは何か、他の並みいる家電ブランドとの違いは何なのか、もはや一般消費者にとって定義することは難しいだろう。
むろん、パナソニックもこの点は承知している。そして、中小企業からの脅威が増していることも十分に認識している。中小企業は社内での様々な権力闘争に煩わされない分、イノベーションに集中できるという利点がある。昨年、サムスンは「事実上のスタートアップ」として組織をつくり直すという、いかにも実現不可能なプランを発表して業界を大いに困惑させたが、パナソニックがこうした試みを行わなかったのは正解だった。それでもパナソニックの経営陣は、若手の活用こそ競争力の強化とブランドの進化に不可欠、と見ている。
実際、それは何を意味するのか。パナソニックは3月に米国で開催される「サウス・バイ・サウスウェスト(SXSW)」で7つの事業アイデアを出展する。イベント参加者から意見を募り、願わくは事業に協力してくれる個人や団体を見つけるためだ。これらのアイデアは、同社が昨年発表し現在も進行中の「ゲームチェンジャーカタパルト(Game Changer Catapult)」というプロジェクトから生まれた。社内の若手開発者の声をより反映させていこうという試みだ。もっと簡単に言えば、アイデアがあれば誰でも公平にチャンスが与えられ、上層部に直接アピールできるという仕組みなのだ。初回の募集では44のアイデアが集まり、選考の結果7つに絞り込まれた。
そのいくつかを紹介すると、アーティストとコンテンツクリエーターをつなぐ高品質のナローキャスト・テレビシステム「アンビエント・メディアプレーヤー」や、栄養管理のソリューション、発酵と熟成のためのサービス、酒を冷蔵するためのIoT……などなどだ。
オープンな企業文化を
ゲームチェンジャーカタパルトの代表を務める深田昌則氏によれば、このプロジェクトはパナソニック内部にオープンな文化をつくる目的の一環。「今のパナソニックは研究開発のプロセスがサイロ型で、横のつながりがありません」。こうした状況を打開するため、同氏は社内マーケティングとコミュニケーションに焦点を絞った。異なる部署の社員同士が協力して上層部にアイデアを提案するこのプロジェクトは、一般社員たちだけでなく「内にこもりがちな経営陣にとっても、大切な学習プロセスになります」。
パナソニックは、他の業界との協働も模索している。深田氏によれば、現在は新たな保険のアイデアを開発するプロジェクトがアクサ生命と進行中だという。だが果たして、パナソニックに保険のノウハウなどあるのだろうか。同氏は、異業種からのアイデアを結びつけることに価値があるという。「脳の異なる部分が活性化するのです」。
「我々は今、レガシー企業からの脱却を目指しています。社内で決断を下す前に開発プロセスを外部に見せることで、不確実性に満ちた市場への適応力が鍛えられるでしょう。外部の世界とどのように関わるかというのは、常にパナソニックにとっての課題でした。すべてを完璧に社内で取り仕切ろうというのが、これまでの我々の典型的なやり方です。その結果、企業体質は極めて保守的になり、市場の動向からも遅れをとってしまった。ですから迅速に行動し、市場に素早く対応する術を学ぼうとしているのです」。
コンセプトの段階でアイデアを公開してしまえば、知的所有権を盗まれる恐れもある。だが深田氏は、特にそのことは気にならないという。「盗みたければ、盗んでもらって構わないのです。それよりも怖いのは、決断が遅れてしまうこと。これが最も重要なカギでしょう。決断が遅れた時点で、既に負けたことになる。でも我々は、この試みをより肯定的に捉えています。何か提案を行えば人々が集まり、インスピレーションの源になれるのですから」。
旧世代に挑む
ブランド的観点からすれば、パナソニックが「古い考えを持った、単なる伝統的企業ではないことを示したい」と深田氏。これは消費者へのアピールだけでなく、革新的な発想を持った社員の獲得にもつながっていく。日本では起業家やスタートアップ企業への投資がいまだに低調で、パナソニックのような大企業は才能ある個人に新しいチャンスを与え、開花させていくという重要な役割を担えるのだ。「自分で何かを始めたいと考える若者たちは、必ずしも会社を辞める必要はありません」と語るのは、プロジェクトのプラニングリードを務める鈴木講介氏。日本の企業や組織を支配してきた年配の経営陣に若者たちが立ち向かっていけるよう、「周囲が後押ししてやるべきです」とも。
ゲームチェンジャーカタパルトやSXSWへの出展でパナソニック・ブランドが一夜にして変わるわけではないが、正しい方向への1歩であることは間違いない。サンフランシスコの大手スタートアップでマーケティングヘッドを務めるヨー・バッソ氏は、「海外での成長とイノベーションという課題を抱える大手家電メーカーにとって、今回の動きは妥当なもの」と述べる。しかしブランド認知により意義のある変化をもたらすためには、イノベーションやノンリニアーな(直線的ではない)関係性、反復的思考、若手の発掘といったことに「全社を挙げて取り組まねばならない」とも。
経営学を専門とするカリフォルニア大学バークレー校のモーテン・ハンセン教授の理論によれば、パナソニックのような大企業は「機構的で、内部でイノベーションが生まれにくい」と同氏。対してスタートアップは有機的で、イノベーションやチャンスの見極めが速いという。「皮肉なことに、今日我々が知るパナソニックになるまで、パナソニックにはイノベーションを生み、成長を促す有機的土壌があったのです。組織が巨大化し、既存の分野の成長が鈍化し始めると、成長を外に求める必要性に迫られる。しかし、これがなかなかの難題なのです」。
バッソ氏は、スイスのコンピューター周辺機器メーカー「ロジテック」が同様の課題を解決するためにとった対応が「注目に値する」と言う。同社は既存事業を業績の良いものと成長過程にあるもの、さらに市場の存在しないまったく新しいものの3つに分割した。そして新規事業を担う組織には異なる報告体制を設け、責任者として起業家を常駐させたという。
パナソニックがブランドを再活性化させるためのもう1つの方法は、ユニリーバなどが行なっているスタートアップへの直接投資だ。サンフランシスコに拠点を置くあるハイテク業界関係者は、「大きな成果を上げたければ、狙いを定めてそれなりの資金を投入するべきです」と語る。スタートアップに投資する資金を10億ドル確保しておけば、「それだけでその会社の本気度が伝わるのです」。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:高野みどり 編集:水野龍哉)