Emily Tan
2018年5月29日

ピュブリシスのAI「マルセル」は、いかに誕生したか

ピュブリシスグループは5月24日、AI(人工知能)を用いたプラットフォーム「マルセル(Marcel)」をついに発表した。

ピュブリシスのAI「マルセル」は、いかに誕生したか

ピュブリシスグループは5月24日、AI(人工知能)を用いたプラットフォーム「マルセル(Marcel)」をついに発表した。

同社は昨年6月、巨大な組織の業務効率化を目的にAIプラットフォームへと投資するため、マーケティングと広告の予算を1年間計上しないことを表明。業界内に衝撃を与えた。

内部から反対の声もあったようだが、同社チーフストラテジーオフィサー、カーラ・セラーノ氏はCampaignに対し、「この決断は同グループで実施した人材に関する調査を受け、全従業員8万人の要望に応えるためのもの」と説明した。

若い社員はスマートフォンと共にある生活スタイルのように、数クリックで何でもできる働き方を求めている。一方、ピュブリシスでの仕事のやり方は、この10年ほとんど変わっていないのが実情だ。

マルセルの登場は必要に迫られた「働き方改革」なのだと、ピュブリシスのアーサー・サドーンCEOはマルセル発表時の声明内でコメントした。

「改革の必要性は、これまでになく高まっています。私たちはすぐに行動を起こしました。データ、クリエイティビティー、そしてテクノロジーの間の境界線を壊し、(ピュブリシス・ワンの設立によって)グループ内の縦割り構造を是正しました。そして今、マルセルの活用によって、人材とチャンスの間にある壁をぶち破ろうとしているのです」

また、「マルセルは顧客、社員そして広告界に対するピュブリシスのコミットメントの証です。私たちは変革をリードし、永遠に影響力を持ち続けるでしょう」とも語る。

マルセルの開発のために、広告界の大イベントへの参加を1年間見送るという決断は物議を醸したが、「会社の決断を確実に進めるために、必要な措置だったと考えています」と振り返る。

マルセルの機能

ピュブリシスがマルセルに強く望むのは、「全社員8万人の力」に社員一人一人がアクセスできるようになることだ。

このたび紹介された機能は「機会(opportunity)、生産性(productivity)、接続性(connectivity)、そして知識(knowledge)」に集約される。

機会と接続性とは、進行中のプロジェクトや企画プレゼンに社員が貢献できる方法を、マルセルが複数提供すること。力を貸してくれそうな人をマルセルを使って探したり、マルセルに推薦してもらう。あるいはマルセルを通して、社員がアイデアを提案することも可能だ。マルセルは社員の予定表とも連動し、社員の仕事量や時間的な都合の他、行動パターン、ニーズ、願望、経験などを考慮に入れ、適切な助言をすることができる。

他にも、勤務時間表や経費明細書の作成など、面倒な手作業から社員を解放してくれる。マルセルがこれらを自動的に作成してくれるわけではないが、基本となるものを提供してくれるので、社員はこれを調整して仕上げるという仕組みだ。

また、ピュブリシスグループのあらゆる作品や資産が保存され、そこから社員がインスピレーションを得たり、顧客のこれまでの作品を見たり、リサーチすることもできる。カンヌライオンズとも提携し、2002年から2018年までの20万件に及ぶ受賞作品のアーカイブが利用可能だ。

マルセルにできること

これらを可能にするため、ピュブリシスは「企業ナレッジグラフ(EKG)」を独自に構築する必要があった。完成したEKGは50億件を超えるデータファイルを包含し、その相互関係をグラフで表現する。その上でデータを有効活用できるよう、マルセルはAIを駆使し、データ処理とフィルタリングの後に整理する。

ピュブリシスのテクノロジーならびにAIのパートナーとして今年1月末に契約を結んだのは、同社に働きかけたマイクロソフトだった。

「ある日、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOから電話があり、マルセルに興味がある旨を伝えてきました」とサドーン氏はCampaignのインタビューに答えた。「私たちは朝食を取りながら話をし、私は彼の話に大変興味を持ちました。マイクロソフトが進めていることと、私たちがマルセルで実現しようとしていることがとても似ていたのです。ナデラ氏がここパリで、当社の発表の場に参加してくれているのは、そのためです。彼がマルセルのプロジェクトに強い信念を持ってくれたおかげで、この5カ月間、私たちは最良のAIエキスパートの支援を受けることができました」

サドーン氏によれば、必要なシステムの構築はピュブリシス・サピエントが担当し、スケールの拡張はマイクロソフトが担当したとのこと。

「作業チームは2月以降、1日に2回も打ち合わせを行いながら週7日、連日連夜働いてくれました。早急に業界を再構築する必要性を、共有していたのです」

マルセルの使い勝手

ピュブリシスの社員にマルセルを使用せねばならないという義務はなく、マルセルによるやりとりやデータ提供は自主性に任せるとサドーン氏は語る。

「従わねばならないコンプライアンスではなく、エンゲージメント(貢献意欲)と言えるでしょう」とCampaignに語るのは、同社チーフクリエイティブオフィサーのニック・ロー氏。「エネルギーとクリエイティビティーは、エンゲージメントから得られるもの。マルセルによって社員間の関係が構築され、仕事もより良いものになれば、社員は当然これを使いたがるはずです。マルセルがそのように機能しないのであれば、改善する必要があります」

マルセルはまず、アンドロイド/iOS対応のアプリとしてサービスを開始し、その後はデスクトップPCや、それ以外のインターフェースにも必要に応じて対応する予定だ。

マルセルの作業チームが掲げる目標は、使い勝手をコンシューマー向けアプリと同レベルにまで高めること。音声入力とテキスト入力での操作が可能で、ユーザーからの質問に合致する情報が膨大になる場合にはAIエンジンが精査してくれ、ユーザーがつながりたい人とすぐにつながれて、目標達成できるよう支援する。

関連性の高そうな人材や情報を見極めて提供することも、マルセルは可能だ。社員の役割と関心事に合わせ、平日はダイジェストの形で6回配信。受け取った後のユーザーの操作やフィードバックをもとに、より関心に添った配信内容へと改善していく。

本格運用に向けて

現在、マルセルは100人の社員によって、アルファ版のテスト運用中だ。6月には仕事の役割や勤務地などを基準に選ばれた、傘下エージェンシーの千人の社員がベータ版の利用を開始し、改良のためのフィードバックをしていく。

最近行われた投資家向けイベントでも説明されたように、ピュブリシスは2020年までに社員の9割にマルセルを行き渡らせることを目標としている。

ベータ版に搭載される機能:

  • ユーザーのプロフィールが確実に完成するよう支援する、トレーニングの仕組み
  • 各ユーザーがマルセルに慣れるための訓練モジュール
  • 社員がリアルタイムでフィードバックできる機能

ピュブリシスグループ全体に向けた最新版が2019年1月に公開されるまでの間、いくつかのアップデート版が登場すると予想されている。

(文:エミリー・タン 翻訳:岡田藤郎 編集:田崎亮子)

提供:
Campaign UK

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