トム・クルーズ主演の映画『マイノリティ・リポート』では、主役のジョン・アンダートンの名をデジタルビルボードが呼び、ギネスビールやアメリカン・エキスプレスといったブランドを訴求していた。映画の中で、パーソナライズドマーケティングの未来がもたらす可能性が描かれてから、まだ20年も経たない。
このような屋外広告は、まだ実現されていない。それにも関わらず、ガートナーが先週発表したレポートによると、マーケターはパーソナライゼーションに消極的になっていくだろうというのだ。
同レポートによると、調査に協力したマーケターの8割が、費用対効果の低さや顧客データ管理のリスクを理由に、2025年までにパーソナライゼーションへの投資をやめるという。
一人ひとりに合わせたメッセージングは今や、プログラマティック広告やダイレクトマーケティングの領域をはるかに超えて拡大し、アドレサブルTV(世帯ごとに広告配信できるテレビ)や音声起動機器が台頭してきている。しかし、もし予測の通りになれば、これまで何年も続いてきたパーソナライゼーションの潮流は覆されることとなる。
パーソナライゼーション不人気の背景にあるものは何か? そしてマーケターはデジタルマーケティングの戦略として、パーソナライゼーションをやめるべきなのか?
マーク・エヴァンス氏
(ダイレクト・ライン・グループ マーケティングディレクター)
パーソナライゼーションを放棄するだろうというガートナーの予測は、極論すぎると思います。プライバシーへの懸念の高まりやGDPR(EU一般データ保護規則)、クッキー制限、データ管理などによってパーソナライゼーションが脅かされているように見えることへの、自然な反応でしょう。
しかし既に中国で変化は起きています。中国のデータを取り巻く環境は独特ですが、保護への幅広いニーズを満たすために、顧客にパーソナライズされたサービスを提供するという例が出てきています。我々はDtoC(商品やサービスを顧客に直接届ける)ブランドとして、顧客について多くを知っています。そしてパーソナライゼーションを賢明に追求した先には、大きな価値が得られるものと考えています。
デイビッド・クームス氏
(チェイルUK ストラテジックサービス責任者)
マーケターが今後5年間でパーソナライゼーションを放棄するとは到底思えません。むしろ、全く逆の動きになると考えています。過去数年間で、パーソナライゼーションの力を浮き彫りにする調査が多数行われてきました。パーソナライズされた商品・サービスや経験を提供するブランドはそうでないブランドの2~3倍速く成長するという調査結果(ボストン コンサルティング グループ)や、パーソナライゼーションが収益やリテンション(既存顧客との関係維持)を10~30%向上させながら10~20%の効率アップを実現するという調査結果(マッキンゼー)などが、その例です。
ケビン・ジョイナー氏
(クラウド プランニング&インサイト ディレクター)
UGC(一般ユーザーが生成したコンテンツ)と、パーソナライゼーションの失敗例を混同するべきではありません。実際のところ、酷い広告に対するユーザーの攻撃や、現在主流となっている個人情報保護の流れによって、従来型のパーソナライゼーションは減退していくでしょう。データ保護法や、SafariのITP(トラッキング防止機能)の度重なるアップデートは、3rdパーティークッキーの機能低下をもたらしており、従来型のパーソナライゼーションの機能も低下させています。
しかしパーソナライゼーションは進化していきます。我々はもっと違った、より良いアプローチへと移行するのです。1stパーティーデータと人工知能によって、マーケティングと商品・サービスは結びつき、よりパーソナライズされた関係性が(より少数の)ブランドとロイヤルカスタマーの間で構築されることを可能にします。
イヴァン・マズーア氏
(オメトリア CEO&創業者)
PRの話題作りとしてのパーソナライゼーション施策(名前をボトルのラベルに印字したり、著名なアスリートと並んでポーズをとるといったもの)は、すぐに使い古されて飽きられる可能性があります。それどころか、パーソナライゼーションは消費者と強固な関係を構築するスマートな方法であるのに、その本当の力が誤解されてしまう可能性もあるのです。パーソナライゼーションとは、顧客を真に理解し、あらゆるコミュニケーションを適切なものにし、なるべく邪魔にならないこと(例えば顧客が商品の補充を必要とする場合など)です。
うまく機能しているパーソナライゼーションは、気付かれることはありません――自分が「ブランドの思う壺になっている」と感じることはあるかもしれませんが。適切なタイミングで適切な情報を提供し、顧客の時間を節約できるブランドは、顧客の多忙な日常に無謀な大量送信メールで割り込んでくるようなブランドよりも、常に高い成果を出します。
サイモン・ポント氏
(ビッグブルー 共同創業者)
「パーソナライゼーションの終焉」は、問題の本質を見落とした誇張表現だと感じます。他の人々と同じように扱われたい人なんて、いるでしょうか? 一つの一般的なメッセージが、あらゆる人に同じだけの重みを持って伝わるなんて、誰が信じるでしょうか? オーディエンスごとに「目的に合った」メッセージが、「適切なタイミングで」届けられたときに効果が増大するというのが、「ターゲティング」におけるポイントではないでしょうか?
パーソナライゼーションは、理論的には常に有意義なもの。しかし、お粗末な悪いパーソナライゼーションは早く駆逐されるべきです。スマートさとは程遠いアルゴリズムを用いた稚拙なAIが、データの痕跡にすぐ飛びつき、目障りなメッセージをしつこく送ってくる様子はまるで、暗い中で誰かに家まで後を付けられているかのような、不快な気分にさせられるものです。
ニック・ミラー氏
(アルマジロ シニアストラテジスト)
もっとパーソナライゼーションを実施しなくてはという相談をブランドから受けることが増えています。そこで私が常に問い返すのは「なぜ?」、そして「どのように?」という点です。貴重なデータを提供してくれる消費者に、ブランドはプラスの価値をお返ししなくてはなりません。パーソナライゼーションとは「関連性のある情報」を提供することであって、ブランド側から送るコミュニケーションに個人名を差し込めばいいというものではありません。データは、消費者が得る経験や、視聴するコンテンツ、メッセージを受け取るチャネルを、消費者に合わせるために使うことができます。適切な目的のために、適切な方法で消費者の経験をパーソナライズできれば、プラスの費用対効果を実現できるのです。
(文:オマール・オークス、翻訳・編集:田崎亮子)