ジェンダーの多様性という点で、アドテク界の評判は決して芳しくない。伝統的に男性が支配してきた広告・テクノロジー界の融合は、双方の多くの欠点を継承した。広告界のそれはボーイズクラブ的体質、テクノロジー界は閉鎖的で、時に他者を見下すような文化。そしてアドテク界は、「贅沢さ」に彩られた世界でもある。カンヌに浮かぶ豪華なヨットや高価な別荘、スターを招いたパーティー、露出度の高い服を纏った女性が並ぶカンファレンス・ブース……女性にとって、決して受け入れやすい文化ではないのだ。
だが最近、変化が起きつつある。こうした文化は今の時代にそぐわないと気づいた企業が、女性をもっと雇用し、彼女たちにとって働きやすい環境をつくる取り組みを始めたのだ。道のりはまだ長い。今も多くの女性が疎外感を訴え、女性スポークスパーソンもほとんどいない。その責任はもちろん企業自身、そしてメディアにある。ジャーナリストたちがもっと多くの女性スポークスパーソンのコメントを求めれば、企業にも良い刺激になる。Campaign Asia-Pacificもこの点を留意し、記事作成の際にジェンダーバランスのチェックを始めた。今後はさらに厳しく目を光らせていく所存だ。
では、アジア太平洋地域のアドテク界で働く女性たちはどのような現在位置にいるのだろうか。また、業界のどのような点が改善されなければならないのか。こうした課題を把握するため、我々は主要企業で地域責任者を務める女性管理職たちに幅広いインタビューと無記名アンケートを実施した。応えてくれた女性たちの多くは長年にわたって複数のアドテク企業で勤務した、豊かな経験と見識の持ち主だ。
そして、以下がその結果となる。
意外にもアドテク界で働く男女の比率は偏ったものではなかった。なんと半分以上(57%)が女性。しかし、女性管理職の比率となると33%だった。
それにもかかわらず、企業が行った賃金制度監査で「男女格差がなかった」と答えた者はわずか一人だけ。ちなみに、彼女は豪州の企業に勤めていた。
幸い、ジェンダー平等に対する取り組みはこの業界で当たり前になりつつある。「勤務先がそのための正規プログラムを採用している」と答えた者は71%で、その半数は「昨年から始まったばかり」という。ある回答者は、「こうした取り組みを先導しているのは大抵、女性のHR(人事)責任者」と話す。
また「結局、こうした取り組みはすべて女性たちの手に委ねられる」と話す者も(これは決してアドテク業界に限ったことではなく、最近のCampaignの記事『男性はジェンダー多様性の取り組みを、まだ女性に押し付けているか』でも指摘されている)。
アドテク界におけるジェンダー不均衡の要因は根深い。それは子どもの教育にまでたどり着く(同じく『アドテク業界、ジェンダー不均衡のルーツ』の記事で解説)。つまり学校では長年、女子には芸術、男子には科学・技術・工学・数学などを奨励してきたからだ。今、理系を目指す女子は増え、状況は変わりつつある。将来的に男女格差は埋まっていくだろう。
だが、不均衡には文化的側面もある。何人かの回答者が指摘したように、「この業界は『マッドメン』(1960年代のニューヨークの広告界を描いたTVドラマ)時代の名残を消すことができない」のだ。男性だけのランチやゴルフ旅行、仕事の後の飲み会は今も当たり前。女性、特に働く母親にとっては参加しづらい世界だろう。
また、「一部の男性は多様性の欠如をビジネスの課題として捉えていない」という声もあった。ある回答者は、「役員会のテーブルに自分と異なる人間が座っているからこそ、あらゆる分野の成長につながる −− こうした真実を分かっているリーダーがほとんどいない」ときっぱり述べる。
役員会が男性偏重であれば、多くの女性は役員になれる機会が均等ではないと感じる。ただし、一般社員の雇用に関しては4分の3が「女性は増えている」と答えた。
しかし、「女性ゆえに昇進できないと感じる」と半分以上が答えたこともこうした理由からだ。ある回答者は、「役員になるまで女性を意識しなかったが、なった途端に明らかな偏見と直面した」と話す。
また、職場で同僚男性から「なんらかの形で差別を受けた」と答えた者は半数。例えば、「自分の考えを述べると『感情的』と批判された」り、アイデアを出すと「それを盗まれて手柄を横取りされた」り。あるいは、「発言やイベントに出席する機会が同僚男性より少ない」。ある者は、「男性管理職の何人かはビジネスをする上での『無意識のバイアス(偏見)』を分かっていない。それを指摘すると、『仕事が一緒にやりにくい』とレッテルを貼られてしまう」と話す。
最も深刻なのは、回答者の半数が職場でハラスメントを経験したり目撃したりしたにもかかわらず、「身の安全を確保しつつ、告発する手立てがなかった」と答えたことだ。ある者は「些細なハラスメントは日常的であり、女性は性差別的・侮辱的な発言を一方的に受け止めるだけ」と指摘。こうした状況が当たり前であってはならず、企業は即座に対策を施さねばならない。
業界で働く女性の在職期間が短いのは、往々にしてこうした問題が原因だ。ほぼ半数近くは、「敬意やサポートを得られなかったために退職した女性を見てきた」と答えた。
「こうした課題と、それへの取り組みへの必要性を業界は認識している」と大多数が答えたことは、一筋の光明と言える。だが、必要なのは口先だけの言葉ではなく、具体的行動だ。男女の収入格差の見直し、役員のクオータ制導入、無意識のバイアスの克服、若手女性社員への指導プログラム、ハラスメントの定義づけと告発を可能にするシステム……取り組むべき課題は山積する。「お金こそ力になる」 −− ある者は簡潔にこう述べる。「多様性と包摂性のあるイベントにのみ協賛や参加をするよう、すべての企業に求めたい」。
変革への一歩として、こうした取り組みを男性が先導したら、どんなに素晴らしいだろうか。
(文:ジェシカ・グッドフェロー 翻訳・編集:水野龍哉)