2018年に我々が学んだことは、ジェンダーにまつわる話が一段と熱を帯びたということです。ブランドのキャンペーンは、ジェンダー問題の「進歩」についての議論を活性化しました。英国ではASA(英国広告基準局)が、有害なジェンダーステレオタイプ(性役割の固定観念)を6月から禁止することになり、広告の規約に大きな影響が出る可能性があるなど、広告のルールが変わりつつあります。
カンターは1月に、消費者の広告に対する反応を調べた「2019年アドリアクション調査」を発表しました。それによるとアジアの消費者の約3分の2が、自国の広告のほとんどが有害なジェンダーステレオタイプを、絶やすどころか助長していると認識していることが分かりました。例えば、東南アジアでは男性の66%が食料品を購入しているにも関わらず、食料品広告の74%が女性を対象にしているのです。
#BalanceforBetter(より良いものへの調和)をテーマとした今年の国際女性デーを間近に控え、すべてのブランドはジェンダーに関する姿勢を見直すことが不可欠です。何もせず傍観している余裕は、誰にもありません。
そもそもなぜ取り組むのか? それは成長のため
今や消費者は、信頼のおけるブランドパーパス(ブランドの存在意義)を当然のものとして期待しています。アジア太平洋地域の消費者の60%は、彼らの考えに沿ったブランドから購入する傾向があります。さらに、信用できそうな女性が登場する広告は、他の広告より効果的であることも分かっているのです。
一例として、インドにおいてボーダフォンはこの10年間、インクルーシブ(受容的)で多様性のある組織づくりを目指してきました。すべて女性によって撮影された2018年のキャンペーン動画「Ab Rukein Kyun(なぜ私たちは今立ち止まるのか?)」は女性が自信を持って外に出て、その夢をかなえる姿を描いたものです。それが、この類としては初となる、女性を対象にした携帯電話の安全サービス「ボーダフォン・サキ(Vodafon Sakhi)」や、ジェンダーの障壁についての意識啓発を目指すアンドロイド版ゲームアプリ「Girl Rising(立ち上がる女性)」へとつながっていきました。
カンター・ミルウォード・ブラウンのデータベース「Link」によれば、この種の広告を見る人たちの顔を表情分析の手法で分析すると、広告がもたらすポジティブな驚きによって、表情がより豊かになるとのことです。
信用できそうな、固定観念にとらわれない女性が登場する広告は、見る人の信用度を大いに高め、購入意欲を刺激し、短期的な販売促進につながります。カンター社の調査「 BrandZ」(世界最大のブランド資産のデータベース)によると、ジェンダーのバランスがとれたブランドの価値総額は、そうでないブランドより90億米ドル(約1兆円)も上回るそうです。アジアにおいては、日本のブランド「無印良品」が、クリーンでニュートラルな美的価値観によりジェンダーバランスの評価が高く、韓国のブランド「現代自動車」と「サムスン電子」は男女双方から高く評価される広告作りを得意としています。
たやすいことのように思われがちですが、女性に積極的に訴えかけるブランド作りの道は決して楽なものではありません。ポジショニングの見直しが成功した例を一つ挙げましょう。物質主義の象徴との批判もあったバービー人形は2016年、それまでのイメージを払拭しました。(さまざまな体形や、多様な職業をモデルにしたバービーを発表するなど)子どもたちに「あなたは何にでもなれる(You can be anything)」と勇気づけたのです。一方、「ジェーンウォーカー」のようにマーケティングに失敗した例もあります。女性にもっとウイスキーに親しんでもらおうと、スコッチウイスキー「ジョニーウォーカー」の販売会社が、2018年の国際女性デーに合わせて限定版「ジェーンウォーカー」を発売したところ、販売直後に激しい反発が生じたのです。この商品が、ジェンダー不均衡の問題解決に何ら貢献していないのに、恩着せがましく、女性運動を勝手に利用しているだけだと、人々は冷笑したのです。
ジェンダー問題にうまく取り組む秘策とは何でしょうか。世界的に議論が盛り上がる中でブランドは、事業を展開している国で人々がどのような会話を交わしているのかに注目することが大切です。キャンペーンがいかに意味のあるものであっても、それがどのように受け入れられ判断されるのかに、国ごとの微妙な文化的ニュアンスが影響を与えるのです。このため私は、テーマを推し進める前に戦略的なアプローチをするには、その国の人たちにとって何が重要なのかをしっかり理解することが肝要だと信じています。これは特にアジア地域において言えることです。そして一度決めたら長期計画としてコミットすること、ただし状況の変化に対応できるよう備えておくことです。私からのアドバイスは、次の3点です。
1.長期のコミットメントを掲げること
インドの飲料会社「タタティー(Tata Tea)」は、家父長制度が深く浸透しているインドで、社会問題の解決に向けた活動を2008年から数多く展開しています。マニフェスト(政権公約)を世界で初めてクラウドソーシングによって制作し、女性問題に光を当てると共に、学校で「ジェンダーセンシティビティー(ジェンダーに対する感受性)」のカリキュラムを義務化するよう要請するため180万人から署名を集めたのです。同社の広告は「不平等は学習して獲得されるもの。平等は教えなくてはならないもの」と、親が子に対し果たさねばならない役割を示しています。ジェンダーポリシーを貫き、行動変化を生み出すコミットメントの揺るぎなさにおいて、同社は傑出しています。
2.一貫した意見を持つこと
ナイキはこの40年間、男女平等をその中心に据え、世界中の女性に勇気を与えてきました。70年代には女性が長距離走への参加を認められるよう支援し、昨年の全仏オープンテニスでは、セリーナ・ウィリアムズがボディスーツでの試合出場を禁止された後、ソーシャルメディアで彼女をサポートしたのです。
You can take the superhero out of her costume, but you can never take away her superpowers. #justdoit pic.twitter.com/dDB6D9nzaD
— Nike (@Nike) August 25, 2018
BrandZによると、挑発と攻撃の紙一重の差で巧みに訴求するナイキは、2018年には前年比113%の成長を記録、そのブランド資産は3850万米ドル(約43億円)に達しました。
パーソナルケア分野で名を知られたダヴも、長年女性を支え続けてきたブランドです。2004年以降、感情に訴えかける広告キャンペーンを通じて「本物の美しさ」を標榜しており、時代の変化に合わせてそのコミットメントを強化しています。直近では「ダヴは写真加工をしていません」というマークを発表しました。手を加えられた画像が広告で使われることで、実現不可能な美しさが基準として固定化してしまう悪影響に、一石を投じるものです。ダヴの世界的な成功の一端は、国ごとに考慮されたアプローチにあります。インドにおいては文化的な感性とぶつからぬよう、キャンペーンをトーンダウンさせ、女性にはテレビでなく印刷媒体でアプローチしているのです。
3.機敏であること
中国のライドシェア大手「ディディチューシン(滴滴出行)」は4.5億人の顧客と2100万人の運転手を有していますが、女性客が運転手に殺されるという事件を受けて昨年8月に相乗りサービスを停止し、二人の管理職を解雇しました。同社はその後、登録プラットフォームを大幅に変更、すべてのプロフィール写真を差し替え、(男性運転手が登録女性客の外見について記載可能だった)「魅力度」評価を一掃したのです。この一連の騒動により同社は昨年、5億米ドル(約560億円)を超える損失を被りましたが、その後もタクシーサービスの46%のシェアを維持し、投資対象としても人気を誇るなど、中国の顧客の心を掴むことに成功しています。
2019年、消費者はブランドが変化を促進することを期待しており、新たなスタンダードが作られることを求めています。論争を引き起こすリスクをあえて冒すブランドは、批判に直面することはあっても、ジェンダー問題に取り組むことは長期的には利益をもたらすでしょう。ただし、注意深く取り組む必要があります。一方のジェンダーを擁護することが他方を疎外することとは限りませんが、ブランドはジェンダーバランスについて、自分たちの立ち位置を明確にしておかねばなりません。
文:アニタ・ラオ・カプール 翻訳:岡田藤郎 編集:田崎亮子)
アニタ・ラオ・カプール氏は、カンターのインサイト部門で北アジア、東南アジア、太平洋地区を担当する地域リーダー。