もしかすると広告代理店には、50歳になってもオフィスに出勤してくる厚かましい社員たちを「消してしまう」秘密部隊でも存在するのだろうか? ロンドンの広告代理店のフロアを歩いていると、ついこんなことを考えてしまう。
上級職を除けば、広告代理店に勤める社員のほとんどは35歳以下だ。英国の広告会社団体IPAの最新の調査「エージェンシー・センサス」によれば、全加入企業の社員の平均年齢は33.7歳。この若年化傾向は2009年から続く。
「我々の業界は、あまりにも若さを重視し過ぎています」。こう語るのは、BBHの創業者ジョン・ヘガーティ卿。同氏を特集したニューヨーク広告クラブ制作の映画シリーズ「インスピレーション」のお披露目後、氏がCampaignの取材に応えた。
「皮肉で言っているわけではありませんよ。私自身、25歳のときにはありとあらゆる場面で自分の若さを切り札にしていました。その頃は若く、怒りに満ち、クリエイティビティーに燃えていた。それで全てがうまくいっていたのです」
「若さが武器」に非ず
常に新しいものに目を配っていれば、新鮮で現実的なアイデアが生まれやすい。これは広告業界において非常に大きなメリットだろう。その一方で、これまで広告界が築いてきた伝統や実績をあっさりと無視し、その経験を軽んじてしまうという弊害にもなる。
ヘガーティ氏がこの世界に入った頃は、今とは状況が異なっていた。同氏は当時50代だったビル・バーンバック氏に触発され、コレット・ディッケンソン・ピアース(CDP)社の伝説的クリエイティブディレクターで、バーンバック氏と同世代のコリン・ミルワード氏に師事した。「私たちは彼を崇拝していました。彼は神のような存在だったのです」。
「そういった特別な存在は、今なら酷使されて燃え尽きてしまうか、煙たがられるかのどちらかで、業界人は活力ある若いクリエイターを好みます」
こうした傾向は、「他のクリエイティブな世界では見られない」とヘガーティ氏。例えば、87歳にして現役の建築家であるフランク・ゲーリー氏。「建築界では誰もフランクに、もう設計は辞めて24歳の若手に道を譲れ、などと進言する者はいません」。
年をとると若い消費者の心を掴むような広告が作れなくなる、という見方にもヘガーティ氏は批判的だ。「ハリウッドでクエンティン・タランティーノに、『どうしたら25歳の若者が喜ぶような映画を作れるのか』などと尋ねる者はいません。ところが広告業界には、いるのです」。
「財産」の共有
こうした経験を軽んじる姿勢が、広告業界の「遺産」に対する無知につながっている。ファッション界の人間ならばココ・シャネルの作品はすぐに見分けがつくだろうし、画家であればレオナルド・ダ・ヴィンチの絵は難なく識別できるだろう。しかし広告界にはこのような「共有の知識」がない、とヘガーティ氏は指摘する。
「英国の広告代理店のクリエイティブ部門に行って、『ジョン・ウェブスターの作品を見たことがあるかい?』と聞いてごらんなさい。きっと、『ジョン・ウェブスターって誰ですか?』という返事が戻ってきますよ。彼は過去50年で最も優れたテレビ広告を生み出した人物ですが、今のクリエイターたちには無縁の存在でしょう」
さらに、「彼らのほとんどは、カンヌ・ライオンズの過去50年のグランプリ受賞作品を見たことがないでしょう」とも。「『戦争と平和』を読めとか、図書館に1週間こもって素晴らしい芸術運動の世界に浸れとか、そういうことを言っているわけではないのです。50分もあれば、過去50年の広告の歴史が学ぶことができる。これは素晴らしい教育なのです。過去の広告は、コピーや発想、デザインの『宝石箱』ですから」。
広告界は、過去を研究する文化を失ってしまった。「この業界で私たちはどこから来たのか、これからどこへ行こうとしているのかという視点を失っているのです」とヘガーティ氏。
育み、守り、導く
広告業界で活躍するクリエイターたちの「現役寿命」を延ばすには、人材の育成と保護、そして指導が欠かせない。そして彼らが長期的な視点でキャリアを積めるよう、代理店の営業担当者はブランドマネージャーのような役割を担うべきだ、とヘガーティ氏は指摘する。
「クリエイターは自分のキャリアの管理があまりうまくない。ほかの会社から高給をちらつかせられれば、『自分はこんなに稼げるんだ』と思ってすぐにそっちへ移ってしまうでしょう」
「でもお金に釣られて会社を移ると、これまでよりレベルの低い人たちと働き、仕事のレベルも下がってしまうというようなことが多々あります。自分の実力を維持していくためには、トップレベルの環境で仕事を続けなければならない。そうすることで力も伸び、可能性も広がるのです」
「クリエイターは業界に都合のいいように利用され、酷使されています。広告の世界で一番のお金持ちは誰ですか? 残念ながらクリエイターではありません。ほかのクリエイティブな業界に目を向けてみてください。建築界ではどうでしょう。一番お金を持っているのはフランク・ゲーリーの財務担当者ではなく、フランク・ゲーリー本人ですよ」
さらにヘガーティ氏は続ける。「広告業界は、クリエイターが真に価値のある人材であることを再認識する必要があります。かつてはビル・バーンバックやコリン・ミルワード、ジョージ・ロイス、デイビッド・アボットといった大物たちがいました。今はカンヌの表彰式の舞台で賞を受け取るのは、大手広告代理店のトップたちですよ。彼らは、人生で1度もまともなアイデアを生み出したことがないような連中です。数字をうまく操作できるという理由だけで、業界は彼らをのさばらせてきた。いずれはこうした連中が、広告ビジネスを滅ぼしてしまうのではないでしょうか」。
キャリアの維持
クリエイターとしてキャリアの維持が至難の業なのは、「広告のクリエイティビティーに対する需要が独特だから」とへガーティ氏は言う。つまり、広告界では同じアイデアは2度と使えないのだ。音楽界を見てみれば、ミック・ジャガー卿はいまだに48年前に書いた「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」で観客を楽しませている。それに反して、広告のクリエイターたちは毎日のように新しいアイデアを生み出さなければならない。ヘガーティ氏は1985年に「コインランドリー」という素晴らしいリーバイスのCMを作ったが、そのアイデアを他のクライアントに使うわけにはいかなかった。
同氏は、ほとんどのクリエイターたちにとって最高の作品を生み出せる旬の期間は「10年しかない」と言う。では、その時期が過ぎてしまったらどうすればいいのか。「世の中との関わりを保ち続けることが大切です。好奇心を持ち続け、皮肉屋にならないこと。冷笑的になることは、創造力にとって死を意味します。そして、優れた人々に囲まれて仕事を続けること」。
「己に自信を持ち、己を信じる。自信が持てないと、どうしても無難な路線に走ってしまいますから」。
さらに、「クリエイターは1日中パソコンの画面を見ていないで、もっとほかの刺激を求めるべき」とも。「クリエイターは、アイデアを生み出す『暗号の解読者』とも言えます。ありとあらゆるものを吸収すれば、あるときそれが力となって新しい解釈を生むことができる。刺激なしで、何を生み出せるというのでしょう」。
そして最後に、こう問いかけるのだ。「自分自身がユニークな存在でいるために、あなたは何をしていますか?」。
(文:ケイト・マギー 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)