「全てがデジタルの時代に、今もテレビ中心のビジネスをしている」 −− 電通を中傷する人々は、好んでこういう科白を使う。確かに同社の広告界での権勢がテレビによって築かれたことは間違いない。だが内外の広告代理店と比べても際立つのは、同社におけるオリジナルコンテンツなどの分野の成長だ。
この1月の人事で吉崎圭一氏が35人の執行役員の1人に選ばれたことは、同社の将来におけるコンテンツビジネスの重要性を物語る。同氏の名刺には「執行役員」の肩書きと並び、やや控えめに「プライム・エグゼクティブ・プロフェッショナル(EP)」という表記が。実際に同氏が携わるのは電通コンテンツビジネス・デザイン・センター(CBDC)の運営だ。クライアントサービスが主ではなく、独自の収益を生みつつクライアントにも利をもたらす、新たなビジネスチャンスの創出を目的としている。
CBDCの創立以来、オリジナルコンテンツやパートナーシップ締結にどれだけ投資をしたかは開示していないが、電通がコンテンツビジネスを手がけるようになって既に60年が経つ。その草創期、まだテレビが娯楽のためのメディアとして見なされる以前は、はじめてとなるバラエティー番組の1つを制作した。そのきっかけは「人を楽しませたい」という利他的な動機ではなく、あくまでもテレビを視聴者、とりわけ広告主が求める媒体にするためだった。
こうした伝統を礎に、吉崎氏は2016年10月にCBDCを設立した。掲げたコンセプトは単なる「媒体」、つまりブランド優先の組織にしないこと。まずはクオリティーの高いコンテンツを制作、その後からブランドを絡める。こうした事業を大概のビジネスマンは収益を上げる機会と捉えるが、同氏はコンテンツ自体に情熱を注ぐ。広告主から距離を置き、独自のコンテンツを作ることがコンセプトの実現、言い換えれば視聴者から好意的に受け入れられる手段と確信するのだ。伝えられるところによると、電通の山本敏弘社長兼CEOは「他の部署もCBDCのアプローチに学んでほしい」と語っているという。
CBDCの立ち上げ以前にこうしたコンセプトを実現した例が、AKB48だ。プロデューサーの秋元康氏が発案したこのポップアイドルグループは、万人にとって「クオリティーの高いコンテンツ」とは決して言えないだろうが、日本の芸能界に大きなインパクトを与える現象となったことは否定できない。秋葉原の小さな劇場で慎ましくスタートしたAKBが日本を超え、海外でもブームを巻き起こすようになったのは、電通が関与して大手携帯通信会社をマッチングさせてから。この企業の新しい携帯用動画プラットフォームを活用してAKBはより広いオーディエンスを獲得し、動画サービスは収益を創出、双方に恩恵をもたらした。
吉崎氏は、こうした共同事業をより多く生み出そうと模索する。中でもマーチャンダイジングの観点から、アニメ分野に大きな潜在力を見出す。日本製コンテンツを海外のオーディエンス向きにアレンジするのもプロジェクトの1つ。「メガマン(Mega Man、日本のロックマンシリーズが原作)」のゲームのフランチャイズ権や、メディコムトイ社のフィギュアシリーズ「ベアブリック」をフィーチュアしたアニメなどを例に挙げる。
もう1つの重要な分野が、映画制作だ。現在電通は大友啓史監督と映画制作を進めており、同氏とともに別会社も設立。今後は大友作品を海外でプロモートし、ブランドとのコラボレーションも進めていく。また、大阪を拠点に総合的エンターテインメントビジネスを手がける吉本興業ともパートナーシップを締結、新たなベンチャーやアジア進出のサポートを担っていく。
電通の目指すゴールが、単なる「まとめ役」ではないことは想像に難くない。コンテンツのオーナーとブランドとの間でプロジェクトを管轄し、中心的役割を果たしていくのが狙いだ。「我々のアプローチは強力な知的財産と協働すること。もちろんブランドには選択権がありますが、我々が知的財産を管轄すれば、ブランドがオーナーと直接提携するよりもビジネスチャンスが大きくなります」と吉崎氏は事もなげに言う。
現在のクライアントとの具体的な事業に関する言及は避けたが、「ブランドがコンテンツに関与することは広告とはまったく違います」とも。「ブランドはコンテンツの内容に介入するべきではありませんが、そのクオリティーを高めることができる。極めて重要なのは、クリエイターと企業側が同じ価値観を共有することです。クリエイターはブランドとその価値を理解し、ブランドはパーソナライズでターゲット層を明確化し、それをクリエイターにきちんと伝える必要がある」。
コンテンツの中に直接ブランドが登場しなくても、マーチャンダイジング面での副次的効果や、ファッションのように爆発的なヒットが起きる可能性もある。もちろん、コンテンツが成功するかどうかを予測することは不可能だ。「AKB48の人気が今後どれだけ続くかは誰にも分かりません」。同氏はコンテンツビジネスの成功率を30%ほどだと捉えている。「最初から100%成功すると分かっていたら、面白いビジネスとは言えないでしょう」。
クライアントは若干冒険的にならざるを得ないが、「多くの企業がリスクと潜在的な利益を理解してくれています」。これから協働していくのは必ずしも企業のマーケターではなく、「ブランディングやコンテンツに関してマーケターのような先入観を持っていない、ほかのポジションにいる人々ではないでしょうか」。電通内では、コンテンツビジネスが占める戦略的役割が次第に増しているという。
将来的には、音楽とともにeスポーツとゲームの分野でより広い投資を考えている。日本ではまだゲームが「観戦するスポーツ」として認知されていないが、その大きな要因は時代遅れの法令にある。ゲームをギャンブル同様に扱うため、多くの国々のようにプレイヤーがプロになることができないのだ。だがこうした環境も変わりつつあり、日本政府は今年からプロとしてのライセンスを発行していく予定。ゲーム制作やコンテンツには3つの明確なメリットがあると吉崎氏は言う。
「1つは、とてもエキサイティングなこと。2つめは、ブランドとのマッチングが容易なこと。そして3つめは、コンテンツの報酬のシステムがたやすく構築できることです」。ここで同氏は、「ゲームであれ映画であれ、コンテンツが先にありき」というコンセプトを繰り返す。「社会にとって有益なこととブランドにとって有益なことは共存しなければなりません。電通にはクライアントを優先する部署もありますが、我々は社会のことを優先してコンテンツを扱っているのです」。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)