グーグルは、ChromeのサードパーティCookieを段階的に廃止した後、自社の広告製品内でユーザーをウェブ上で追跡するためにメールアドレスなどの識別子を使用することはないと発表した。
つまり、グーグルのデマンドサイド製品(Google AdsとDV360)を用いてグーグルが所有、運営するYouTubeなどのプロパティ全体に渡って広告を購入する広告主、およびグーグルのプロパティ外で広告のターゲティング配信と測定に同社のアドエクスチェンジAdXを使用している広告主は、ユニファイドID(Unified ID)、ライブランプ(LiveRamp)といったCookieに代わる識別子を使えなくなるということだ。
グーグルは代替案として、コホート(対象集団)ベースのターゲティングを推奨している。具体的には、グーグルの新しい取り組みであるプライバシーサンドボックスから生まれたFLoC(コホートの連合学習)で、3月中に公開テストが始まる予定だ。
しかし、グーグルの突然の発表は多くの人に誤解を与えた。グーグルが独立したIDソリューションの使用をブロックまたは禁止し、実質的にそれらを無効化させるものと考えられたのだ。しかし実際には、グーグル自身は、ユニファイドID 2.0(UID 2)のような業界全体の取り組みには参加しないが、ハッシュ化されたメールアドレスなどの識別子については、業界の皆がそれを望むなら使用を継続することができる。
マグナイト(Magnite)の最高技術責任者で、UID 2を運営するPrebid.orgの会長も務めるトム・カーショウ氏はCampaign Asia-Pacificの取材に応じ、「(グーグルの発表は)UID 2への直接的な攻撃と受け止められているが、それは違う」と指摘する。「グーグル対ライブランプおよびトレード・デスク(The Trade Desk)陣営という解釈は正確ではない。UID 2への影響はゼロだ」
アジア時間の3月3日遅くに行われたグーグルの発表後、トレード・デスク、マグナイトを含むアドテク企業の株価が平均12.8%下落した。それでも、カーショウ氏は「状況に対する認識が自己修正されれば」株価も自己修正すると確信している。
ただしカーショウ氏は、グーグルが業界の取り組みへの信頼を揺るがす狙いで、意図的に発表の真意を曖昧にした可能性はあると考えている。
「彼らはプライバシーサンドボックスを支持し、業界が推し進めるユーザーログインの取り組みに反対していることを表明しようとしている」と同氏は推測する。今回の発表は完全に明快というわけではなく、「まだ解明すべきことがたくさんある」と語った。
カーショウ氏は、グーグルがUID 2に参加しないと予想していた。実際、グーグルには「アドテク業界の取り組みを妨害する」パターンがあると指摘する。
「これは私たちにとって何ら目新しいことではない」とカーショウ氏はいう。「アドテクでよく起きるのは、業界全体があるソリューションに賛同すると、グーグルが別のことをやるという流れだ」
とはいえ、カーショウ氏は3日の発表を「完全にポジティブ」なものとして見ている。グーグルが業界に特定のものを押しつけるのではなく、自分たちは別のことをすると明言したからだ。
「私たち業界関係者は約1年にわたって彼らを非難し、プライバシーサンドボックスを使うつもりかどうかを明らかにするよう求め続けてきた」とカーショウ氏は説明する。「留意すべきは、グーグルユーザーの80%が常にログインしていることで、彼らには大きな強みがある。業界で懸念されていたのは、彼らがログイン情報を用いる一方で、私たちにはプライバシーサンドボックスを使わせるということだ。1年経って、彼らはようやく立場を明らかにした」
ファーストパーティデータは「最重要のソリューション」になる
グーグルには、人々がグーグルアカウントにログインしているとき、自社のプロパティでそれらの人々をターゲティングし続けられるという点で、やはり大きな強みがある。グーグルアカウントはファーストパーティデータと見なされるからだ。
グーグルは今回の発表で、独自のファーストパーティデータを構築するようブランドに呼びかけている。
グーグルの製品管理、広告プライバシー、信頼担当ディレクターであるデイビッド・テムキン氏は同社のブログへの投稿で、「顧客と強固な関係を築くことは、ブランドがビジネスを成功させるうえでこれまでもずっと重要だったが、プライバシーファーストの世界ではさらに重要性を増す」と述べている。
カーショウ氏によると、パブリッシャーのファーストパーティデータはCookie廃止後の世界でユーザーをターゲティングするための最も包括的なソリューションになるという。UID 2のような取り組みを通じたユーザーログインは「最も効果的なマネタイズ」をもたらすが、規模的には最小となる。一方、FLoCはソリューションとして「はるかに効果が低い」とカーショウ氏は考えている。Chromeブラウザに限定されるからだ。
「FLoCには極端な制約があるが、それはChromeブラウザに完全にコントロールされているからだ。ChromeはFLoCを過信しているが、1つのブラウザでオークションを実行することははるかに複雑だ」とカーショウ氏は指摘する。「プライバシーサンドボックスが匿名化されたコホートで行っていることには多大なメリットがある。唯一の違いは、私たちがChromeではなく、パブリッシャーがそのプロセスをコントロールすべきだと考えている点だ」
S4キャピタル(S4 Capital)のエグゼクティブチェアマン、マーティン・ソレル卿は声明を発表し、グーグルの決定は「ファーストパーティデータの重要性を強調する」もので、業界が「少なくとも25の大きなウォールドガーデン」がある世界に移行することを示唆していると述べた。
「各社のCMOは、これが何度も繰り返されてきたことだという点に留意すべきだ。ファーストパーティデータと、マーケティングの最前線に消費者の信頼とプライバシーを取り戻す方法こそが重要だ。」とソレル氏は呼びかけた。「今後数年で、デジタル消費者との関係性は、顧客体験との価値交換によって獲得されるものになるだろう」
本当にプライバシーへの配慮か、それとも独占への一手か
グーグルによると、代替的な識別子をサポートしないという決定はユーザーのプライバシーを保護するためだという。テムキン氏はブログの中で、メールアドレスに基づくPII(個人識別情報)グラフをはじめとするCookie廃止後のユーザートラッキングソリューションの多くは「プライバシーに対する消費者の期待の高まりに応えるものではなく、規制の目まぐるしい変化に耐えられるものでもない」と述べている。
だが業界の一部には、グーグルの動機はもっと利己的なものだという考えもある。データ管理プラットフォームの開発企業で、独自のIDソリューションを持つロテーム(Lotame)のCEO、アンディー・モンフリード氏は声明を発表し、グーグルはプライバシーを盾に、YouTubeや検索という「堀」を武器にしていると主張した。
「間違いなく、グーグルは消費者の『プライバシーに配慮する』企業というブランドを確立しようとしている。だまされてはいけない」とモンフリード氏は警告する。
一方で、たとえ規制によって対応を迫られたものだとしても、プライバシーを第一に考えるグーグルのビジョンは純粋だという意見もある。
「独占を目指す支配的な動きではないと思う」とカーショウ氏は言う。「彼らは自分たちがしていることを信じており、プライバシーを支持する姿勢を表明しているのだろう」
アドテク企業ブリス(Blis)のアジア担当マネージングディレクター、フィオン・ハインドマン氏はCampaign Asia-Pacificの取材に応じ、グーグルは先を見越しているのだと評した。「グーグルは見たところ、消費者のプライバシーを保護することを純粋に目指しつつ、現在と将来のプライバシー規制に先んじて対応することも狙っているようだ。同様に業界も、個人のターゲティングが過去の遺物になるであろうことを受け入れるしかないだろう」
ハインドマン氏は、実際の行動に基づく消費者のリターゲティングは、「今ではかなり冗長な業界慣行のように感じられる」と付け加えた。
「思うに、Cookie(クッキー)をビスケットに置き換えることが許されると考えていた業界関係者はかなり近視眼的だった」とハインドマン氏は指摘する。「同じ性質を持つものにすぐに置き換えられるのならば、なぜこのトラッキング方法を排除する必要があるだろうか?」
ハインドマン氏はその代わりとして、個人情報は利用せず、消費者の多次元的な行動、属性、特性を重ねることで得られる行動と特性の共通点に基づいてターゲティングするという手法こそが、業界が目指すべき方向のように思えると示唆した。
「それによって、広告企業が消費者の行動を把握したうえで、よく似た属性、行動を持つ消費者のグループを作り、ターゲティングする手法が阻止されるわけではない。グーグル自身もFLoCベースの分類で同じことを行っている」とハインドマン氏は付け加えた。
インテグラル・アド・サイエンス(Integral Ad Science)のAPAC地域担当シニアバイスプレジデント、ローラ・クイグリー氏はCampaignの取材に応じ、業界ではオーディエンスターゲティングからコンテクスチュアルターゲティングへの大きな変化が起きると予言した。「マーケターは、個人特定可能な情報の取得と利用に伴うすべてのデータを管理したり、プライバシー諸規制すべてに対応したりしようとするよりも、オーディエンスの代替としてコンテキスト上の関連性を利用する環境で広告を出す方がいいだろう」