キャンペーン:If we made it (もし制作していたら)
ブランド:ニューキャッスル・ブラウンエール
ブランドオーナー:ハイネケン
広告会社:ドロガ・ファイブ
市場:アメリカ
チャネル:ソーシャルメディア、オンライン動画、店舗内、テレビ
このケーススタディーでは、スーパーボウル(アメリカンフットボールリーグの優勝決定戦)の高騰し続ける広告料金をパロディーにしたニューキャッスル・ブラウンエールが、実直かつ実質本位のブランドイメージを体現した様子を見ていく。
潤沢な予算を持つ競合に押し出され、テレビCM枠を買う予算もないニューキャッスル・ブラウンエール。デジタルネイティブ世代をターゲットに、「違いの分かるビール好き」の間で大々的にブランドの認知度を上げることが、広告会社の課題だった。
アメリカで年間最もビール消費量が多くなるイベントが、スーパーボウルだ。マーケティングの仕掛けが至る所にちりばめられ、それをうまく逆手に取れば簡単に目立つことができる。このキャンペーンは最終的に11億インプレッションに達し、主要なブランド健全性指標も大幅に向上。『フォーブス』は「スーパーボウル最強のCM。しかもスーパーボウルのスポンサーですらない」と絶賛した。
背景
ニューキャッスル・ブラウンエールは1927年創業当初、「ジョーディーズ」と呼ばれるイングランド北部ニューキャッスルの労働者階級のビールだった。彼らにとって、炭鉱で長い一日を終えた後の楽しみといえば、うまいニューキャッスル・ブラウンエールを一杯やることくらいだった。
ニューキャッスル・ブラウンエールがアメリカに進出したのは25年前。広告予算は常にごく限られていたが、味気ないビールばかりのアメリカで注目を集めるのは、たやすいことだった。しかし、クラフトビールが増えるにつれ消費者の舌も格段に肥え、今やニューキャッスル・ブラウンエールも数あるビールの一つに過ぎなくなった。
ターゲット層
ニューキャッスル・ブラウンエールには一定のファンが付いていたが、もっと多くの人々に気に入ってもらう必要があった。見掛け倒しのビールのマーケティングに挑むにあたっての切り札は、その特徴的なナッツの風味と立派なボトルの背後にある、ブランドの率直な姿勢だ。
ニューキャッスル・ブラウンエールは、原料にこだわったビールを好む「ビール通を振りかざす人」を対象から外した。そして、学生時代に飲んでいた切れ味の悪い有名ブランドのものよりも、うまいビールを求めている気取らない若い層を「過渡期のビール好き」と定義付け、ターゲットに定めた。
戦略
ニューキャッスル・ブラウンエールの広告はテレビよりデジタルチャネルの方が効果的だと、さまざまな指標が示していた。またニューキャッスル・ブラウンエールを話題にする人は、実際に購入する傾向があった。これを踏まえ、残っている広告予算の全てをデジタルに投入することが決まった。狙いはシンプルで、全米で最も話題に上るビールになることだ。
実現するのは、もちろん簡単なことではなかった。ニューキャッスル・ブラウンエールが自ら情報発信するだけでは、あまり大きな成果は望めない。そこで、人々が大きな関心を寄せるものは何かを見極め、人々の会話の中にニューキャッスル・ブラウンエールのブランドを巧みに差し込む方法を見出すのが、最良の方法であるように思われた。
そして、世の中はスーパーボウルの話題で持ち切りになることが分かった。アメリカ人が自ら広告を探し、それをオンラインで共有し、話のネタにする1年で唯一の日だ。ニューキャッスル・ブラウンエールは、ビールのマーケティングのまやかしに殴り込みをかけるというアイデアを忠実に遂行し、話題を乗っ取る必要があった。しかし「スーパーボウル」という言葉の使用すら許可されない状況下では、難航が予想された。
ニューキャッスル・ブラウンエールにとっては、スーパーボウルの1週間前が勝負だった。当日の夜では遅すぎる。ありがたいことにスーパーボウルは今や1週間にわたるイベントで、広告主はどこも1本400万ドルもかかるCMの効果を最大化しようと必死になる。ニューキャッスル・ブラウンエールは事前に競合他社の動向を徹底的に調査し、スーパーボウルのマーケティングの「法則」を見出した。
「もし制作していたら」
ニューキャッスル・ブラウンエールの出した答えは、潤沢な予算があれば実現したはずのキャンペーン、そして、売れたはずのビールを題材にしたパロディーだ。大型スポーツイベントには付き物の、過剰なビールの広告とマーケティングをからかう、という構想だ。
小規模な広告で効果を最大限に引き出すには、適切なタイミングで適切な場所に広告を出す必要がある。ニューキャッスル・ブラウンエールは15種類のコンテンツを制作し、スーパーボウルに向けて毎日1つずつリリースした。
ニューキャッスル・ブラウンエールが用意したのは、予算さえあれば制作できたはずの、心を揺さぶるような素晴らしい大作CMの絵コンテ版と、制作の一歩手前で断念したその大作CMの予告編だ。さらには、広告に出演していたはずのアナ・ケンドリックなどセレブの舞台裏インタビューや、絵コンテ版への反応を見る実際のグループインタビューの様子も収録した。
いずれのコンテンツも、競合他社がどのタイミングでどこに出てくるかを計算し、打倒するために作られた。また、キャンペーン全体が秒単位で計画されていた。
出稿
ニューキャッスル・ブラウンエールは次に、突破口を開くためのパートナーを選んだ。その例が、アンチマーケティングのコミュニティが有名なソーシャルニュースサイト「Reddit」だ。スポーツチャンネルの「ESPN2」ではひねりを加え、実際には制作しなかったCMを宣伝する謎めいたCMをオンエアした。ブログネットワークの「Gawker Media」には、あらゆるネイティブ広告を茶化した「ネイティブ広告」を出した。さらにFacebook、Twitter、YouTubeの興味・関心によるターゲット設定機能を駆使して、適切な視聴者にコンテンツを表示させた。
視聴者が同キャンペーンの他のコンテンツも見るように、各コンテンツはこのキャンペーンのハブであるウェブサイト「IfWeMadeIt.com」に誘導する。このウェブサイトはキャンペーンの全体像をつかみ、アーンドメディアの機会を増やす上で特に重要だった。
結果
ニューキャッスル・ブラウンエールは、考えられないようなことを成し遂げた。競合各社の広告費と比べてほんのわずかな広告予算だったにも関わらず、スーパーボウルで最も話題を呼んだビールブランドの一つになった。そのページビューは1000万以上、メディア報道は600以上、インプレッション数は11億以上になった。
公式スポンサーである競合各社の35分の1の支出で、ブランドが話題に上る割合は競合平均187%アップに対し、ニューキャッスル・ブラウンエールは416%アップを達成。キャンペーン後2カ月でブランドの認知度は5%向上。ブランドの信頼度は29%改善し、購入を検討する割合が18%上がった。
もちろん、これらは全て実際の業績に反映されなければ意味がないのだが、コアマーケットでは販売数量が22.2%伸び、試しに飲んでみようという新たな購入者層は11%増えた。ニューキャッスル・ブラウンエールを定期的または時々購入するという人も、25%増えている。
得られた教訓
毎年スーパーボウル開催時期が近付くと、マーケター、ジャーナリスト、業界関係者の間では議論が起こる。スーパーボウル期間中の広告は本当に効果があるのか、30秒400万ドルのCMは実際にブランドにメリットをもたらすのか、と。ニューキャッスル・ブラウンエールの「もし制作していたら」キャンペーンを見ると、あらゆる広告主が少々間抜けに思えてくる。気の利いたアイデア、ユーモアのセンス、よく練られた計画が揃えば、大型スポーツイベントに伴う巨額のメディア投資やスポンサーシップと同等か、それ以上の効果があることを、このキャンペーンは証明したのだ。
(文:WARC 翻訳:鎌田文子 編集:田崎亮子)
このケーススタディーは、ロンドンに拠点を置くマーケティング・インテリジェンス・サービス会社WARCのご厚意により、キャンペーン・ジャパンに提供されました。 |