空間デザインとデジタルコンテンツを手がける豪州のスタートアップ企業「マッシュアップ(MashUp)」は、2015年の売上が100万豪ドル(約9000万円)程だった。だが同年、デロイトに買収されると、18カ月後には一気に400万豪ドルに。専門性の高いサービスで世界最大のネットワークを誇るデロイトの効果は絶大だった。
「(マッシュアップは)より幅広い顧客層、特にシニア層にアクセスできるようになった。我が社は新しい思考と才能を手に入れ、市場でのブランドとしての価値が変わりました」と話すのは、デロイトデジタルでアジア太平洋地域を統括するフランク・ファラル氏。
デロイトはこの数年、デザイン会社の買収に何億ドルをも投じてきた。その対象となったのは、アニメーションや映画、インフォグラフィック、テキストなどの活用で消費者に“ストーリーテリング”をする「エクスプレイナーズ(The Explainers)」社や、VR(仮想現実)ビジネスを展開する「キッドネオン(Kid Neon)」など。これによりデロイト・オーストラリアは2016年5月末までの会計年度に、前年比15%増の15億3000万豪ドルという過去最高の収益を上げた。
「我々にとっては、2002年に買収したデジタルエージェンシーが初めてのクリエイティブ企業でした。今や豪デロイトは300人のデザイナーを擁しています。クリエイティブ分野との関わりは、今に始まったことではないのです」とファラル氏。同社は現在、モバイルアプリケーションから顧客体験のインターフェイス、空間デザインまで幅広い事業に取り組んでいる。 「コンサルティング会社が今の時代に適応するには、ある程度のクリエイティビティーとデザイン力が必要なのです」。
活発な買収
クリエイティブ及びデザインエージェンシーの買収に積極的な会計事務所やコンサルティング会社は、デロイトだけではない。アクセンチュアやIMB、KPMG、マッキンゼー・アンド・カンパニー、PwCなども然り。 この5月、アクセンチュアは豪広告代理店「ザ・モンキーズ(The Monkeys)」と関連のデザイン会社「モウド(Maud)」の買収を発表した。パンチの利いた刺激的作品を生み出すことで知られるザ・モンキーズは、2016年にCampaignの「オーストラリアン・クリエイティブエージェンシー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。アクセンチュアの評価は確実に高まると見られる。また、この買収で同社のテクノロジー、クリエイティブ、コンサルタント業務が合理化され、クライアントに対してシームレスでエンドツーエンドのサービスが提供できるようになった。同社でデジタルとクリエイティブに携わるスタッフは、今や世界で1万8000人に及ぶ。
「クラリティー(Clarity)」共同経営者で、モンキーズとモウドの売却の際にアドバイザーを務めたベン・トリー氏は、「こうした企業の拡張は、既存の価値基準を打ち壊すようなテクノロジーの進化に呼応するもの」と語る。 「調査会社『ガートナー(Gartner)』が数年前に予測したように、今では最高マーケティング責任者(CMO)が最高情報責任者(CIO)と同じくらいITに時間を費やす。ITとマーケティングの一体化は、従来の広告代理店やメディア関連企業と、デジタルビジネスコンサルティング、システムインテグレーション、アウトソーシングなどを手がける企業との競争が非常に激しくなっていることを意味します」。「今や6大マーケティング・グループのうち、世界的なデジタルネットワークのトップ5に入るのは1社だけ。市場は(コンサルティングとIT企業に)完全に食われていますね」。
「しかしこれらの企業は、ブランド戦略や広告のクリエイティビティー、マーケティングなどを理解せずにクライアントのCMOと深いパイプを築いたり、エンドツーエンドのサービスを提供したりはできないと気づいたのです」
「言い換えれば、顧客体験をどれだけ最適化しても、ブランド戦略とコンテンツがお粗末であれば決して成功しないということです」
オグルヴィレッド(OgilvyRED)でアジア太平洋地域を統括するルーシー・マッケイブ氏は、「消費者のブランドへの対応の変化がこの動きをもたらしている」と語る。同氏は“ウーバー効果”を例に挙げ、「広告界で今起きていることを見ると、航空から銀行業界まであらゆる分野で大きな変動が起きていることが分かります」。
「これは従来型のビジネスに大きなプレッシャーを与えています。どのブランドもデジタル化を推進し、新たな顧客体験を開発しようとしている。顧客とのインタラクションのプラットフォームが主にスマートフォンであるアジアでは、特にそれが顕著です」
以前は広告を掲示する場はテレビが主役だった。今では顧客体験のインターフェイスからオンラインのポップアップ広告まで、デジタルフォーマットのマーケティングが急速に市場シェアを拡大させている。
「かつては十分な予算と優れたクリエイティブのアイデアがあれば、テレビ広告を通じてブランドの知名度を高めることができました」とマッケイブ氏。「しかしながら、インタラプションマーケティングはもはや通用しません。故に、誰もがテクノロジーデータに基づいたソリューションを見つけようと懸命なのです」。
ファラル氏は「デジタルチャンネルとソーシャルメディアにより注力し、クライアントの販促活動をサポートする」ことにその活路を見出す。「従来型の広告を一部減らし、次世代型の広告に重点を移しています」。
その一例が、デロイトデジタルが南オーストラリア州政府観光局と共に作ったインタラクティブな動画「Barossa. Be consumed. (バロッサを楽しもう)」だ。更にオーストラリア・ニュージーランド(ANZ)銀行のために、この1月の全豪オープンテニスに向けてVR(仮想現実)ゲーム「ANZブレークポイント」を開発。会場内のグランドスラム・オーバルには広さ54㎡の装置が設けられ、参加者たちは通常のテニスラケットを使ってインタラクティブなゲームを楽しんだ。
パイの分け前
では、ブランドの宣伝広告費という「パイ」(昨年は世界で総計5790億米ドルに上った)の分け前を得ようとするコンサルティング会社が、既存の広告代理店にとって真の脅威となりうるのか −− 重要なのはこの点だ。
「必ずしもそうではないでしょう」とマッケイブ氏。 「メディアはよく、コンサルティング会社対広告代理店という図式で報道をします。しかし両者は必ずしも敵対しているわけではなく、こうした表現は賢明ではありません」。
クリエイティブエージェンシーにとっては、むしろ業務見直しの契機になっているようだ。彼らはコンサルティング会社と競うため、独自の戦略的エンドツーエンドサービスの開発に力を入れている。 2016年に設立されたオグルヴィレッドは、テクノロジーの活用で変革を推進しようとする企業がコンサルティング部門を立ち上げた一例だ。
2016年、オグルヴィレッドは豪州で「ミロ」の新しいサービスプラットフォーム、「ミロ・チャンプ・スクアッド・プログラム(MILO Champ Squad Programme)」をスタートさせた。これは子供の肥満対策のため子供用ウェアラブルバンドと保護者向けアプリを組み合わせたキャンペーンで、今では世界中に広がっている。このプログラムが画期的なのは、ミロに新しい貴重な収入源と流通チャンネル(特に家電量販店大手ハービー・ノーマン)をもたらしたことだ。
だが、豪州の独立系コミュニケーション・デジタルエージェンシー「フルーイド(Fluid)」のマネージングディレクターであるマイク・ベック氏は、「コンサルティング会社は確かに広告代理店がカバーする領域に進出していると言えるかもしれません。ただ、その守備範囲をあまり広げない方が得策でしょう」と語る。
「クリエイティブエージェンシーを買収しても、優れたスタッフや経営陣がいなくなればその会社は別のものになってしまう。そこに大きなリスクが潜んでいます。クリエイティブエージェンシーを傘下に置くのは、とても難しいことなのです」
シドニーに拠点を置くWPPグループの「ワン・ケント・ストリート(1 Kent St)」でクリエイティブディレクターを務めるサイモン・コリンズ氏も同意見だ。「会計事務所は1980年代に、クライアントである代理店が昼食代にいくら使っているかを知りました。それ以来、広告業界のパイを手に入れようと躍起なのです。しかし単にやり手のクリエイティブディレクターを雇ったり、成功したクリエイティブ企業を買収したりするだけで良いビジネスモデルを作れるかどうかは、いまだ不透明です」。
「その要因は文化的側面にあります。素晴らしい広告というのは皆、数値で表したり測ったりできないものが核心にある。たとえ『ガン・レポート(The Gunn Report)』がどのような数字を出したとしてもね。だから会計事務所が出す提案の多くは、クライアントが求めるものとかなりズレが生じるでしょう。まあ、会計事務所がクリエイティブコミュニケーション事業に参入するというのは、建築事務所が移動サーカスのビジネスを始めるようなものだと思いますよ」
細分化した市場
クリエイティブ面での成長を目指すコンサルティング会社にとって、アジア市場は大きな難関だ。「アジアは非常に細分化されています。シドニーにあるような強いクリエイティビティーは、シンガポールや香港には見られません」とファラル氏。
「我が社は現在買収先を探していますが、適した会社がなかなか見つかりません。将来性を鑑みると、値が高すぎる会社も見受けられる。アジアは能力面でまだギャップがあります。我々はより一層の成長を目指していますが、アジア市場でそれを達成するのは非常に難しいと感じています」
同じグループ内に異なる企業文化を取り入れる、という難しさもある。 「クリエイティブ企業を初めて買収するときは、多くの課題が生まれます。異なる働き方や服装の人々を受け入れるため、これまでの文化を変えねばなりませんから。しかしそうした人々が一定数になれば、統合もしやすくなるでしょう」。
だが結局のところ、ファラル氏はそれほど先行きを心配していないようだ。 「クリエイティブエージェンシーはテクノロジーの構築やビジネスの戦略化といった面で我々コンサルタント会社に歩み寄り、我々は販促活動やマーケティングで彼らに歩み寄る。我々はクリエイティブエージェンシーを苦労させたり、心配させたりしているかもしれませんが、市場には双方にとっての居場所があるのです」
(文:文:クラリッサ・セバグ=モンテフィオーレ 編集:水野龍哉)