「我々は丸々一世代分のマーケターを失うことになるだろう。なぜなら、リーダーの多くが、デジタルやソーシャルのことをマーケティングと考え、消費者のインサイトに基づく360度の視点からマーケティングを考えなくなっているからだ」
――ワン・チャンピオンシップ(ONE Championship)、マーケティング戦略およびパートナーシップ担当シニアバイスプレジデント エリカ・カーナー氏
どうしてこうなってしまったのだろうか。
我々は、APAC(アジア太平洋地域)を中心とする、世界の30人以上のCMO(最高マーケティング責任者)に話を聞いた(以前の記事「Asia-Pacific CMOs struggle to align staff with new marketing challenges」を参照)。CMOたちは、自分たちが求める未来のマーケティングチームについて明確な意見を持っていた。それは、戦略的かつ顧客中心に考え、ビジネス課題や会社の目標に対し、強い影響力とインパクトをもたらす組織だ。だが、今のマーケターはいち早く成果を上げることばかりに気を取られ過ぎていると声を揃える。そのため、同時に多くのことを実行しようとして、データの洪水に溺れてしまっている。CMOたちは、未来のマーケティングリーダーたちが、本質的な戦略スキルを身につける機会を十分得られていないのではないかと危惧していた。
マーケティングの基本は変わらない。潜在顧客を把握して、ターゲットを設定する。そして彼らに訴求する内容を決め、それに合わせて企画立案とポジショニングを行う。ビジネス目標を達成するために、どこに露出すべきかを明確にし、それを予算内で実行できる方法を検討する。そして、その戦略が正しく機能しているかどうかを確認するために、何を追跡して測定するかを考えるのだ。
だが、その次の段階――具体論、戦術、実行、ソーシャルメディア、コンテンツ、インフルエンサー、配信チャネル、パートナーシップ――などは非常に混沌としてきている。マーケティングの責任範囲がますます曖昧になるなか、我々は関連性を維持し、最新のスキルに遅れを取っていないかを常に問われ続けている。今日のマーケティングマネージャーは、美味しそうな新しいお菓子を次々と売り出すお菓子屋さんの前で、なすすべもなく立ち尽くしているような状況だと言えるかもしれない。どのお菓子も、食べてみれば以前のお菓子よりもっと美味しいかもしれず、我々はその種類の多さに圧倒され続けている。
この混沌とした状況に、さらに目先の満足感が加わる。戦略がうまくいったかどうかが、ほとんどすぐに判明するからだ。エンゲージメントが足りなければ、キービジュアルを変えてみる。クリック率が今ひとつなら、チャネルを変えてみる。閲覧数が少ないなら、メッセージを変えてみる。だが、このように短期的な指標ばかりを追い求めていては、最終的なゴールを見失ってしまう危険性がある。マーケティングは本来、売上や利益を拡大し、企業の目標の達成に貢献するためのものだ。
「マーケターの仕事が組織全体で近視眼的になっている」我々が取材したCMOの1人で、ドール・サンシャイン(Dole Sunshine)のグローバルCMOであるルーペン・デサイ氏は言う。「短期的な思考と長期的な戦略のバランスが取れない限り、インパクトを与える能力という点において、マーケターの役割は低下し続けるだろう」
マーケターは今、崖っぷちに立たされている。大げさに聞こえるかもしれないが、これが厳しい現実だ。
ベターブリーフス(BetterBriefs)プロジェクトは、70カ国、1700人以上の回答者を得て実施した調査の結果をまとめた。最新のレポートによれば、マーケターの78%は自分が作成したブリーフは明確な戦略的方向性を示していると考えていた。これに対し、クリエイティブエージェンシーの中で、クライアントの作成したブリーフが明確な戦略的方向性を示していると答えた人の割合は、わずか5%に過ぎなかった。つまり、明確な戦略的方向性を持つマーケターは実は5%しかいないということだ。
筆者はエージェンシー側の肩を持つつもりはない。また、もっと戦略的に考えろと号令をかけ、ブリーフの質が大きく改善したとしても、それだけで我々を取り巻く混乱した状況が変わるとも思っていない。だが、明確な焦点と方向性を示す確固とした戦略を策定するための時間とスキルをマーケターに与えることができれば、恐らく膨大な無駄を減らすことができるだろう。
数週間前のことだ。我々はあるブランドのために市場への参入とポジショニングに関する戦略を策定し、そのブランドのエージェンシーにブリーフィングをした。すると、エージェンシーはこのクライアントに対し、「これほどよく練られた的確なブリーフを受け取ったのは数年ぶりだ」と話したという。我々にとって、これは嬉しい反応であると同時に、ショックを覚える言葉だった。我々はマーケティングブリーフの専門家ではない。ただ、市場を理解してターゲットにすべき消費者を見極め、その消費者と対話して関連性と魅力を高める方法を突き止めるために、数週間の時間と少しばかりのお金をかけることをいとわないブランドオーナーと仕事をしただけなのだ。
次の問題はトレーニングだ。あなたが最後にマーケティング戦略のトレーニングを受けたり、あるいはチームにトレーニングを実施したりしたのはいつだろうか。ちなみに、ここで言う戦略とは、デジタル戦略やコンテンツ戦略など、「戦略」という言葉を冠しただけのマーケティングチャネルやマーケティング戦術のことではない。筆者が話しているのは、マーケティング戦略のことだ(そろそろ筆者の言わんとしていることが明確になっていればありがたい)。
マーク・リトソン氏が運営するマーケティングのミニMBAコースは、2000ドル(約22万7000円)ほどで受講できる。2016年の開講から2021年末までのあいだに、およそ2万人がこのコースを修了している。卒業生は86カ国にまたがっているが、アジアからの参加者はその2%に満たない。繰り返すが、2%足らずだ。
さらに言えば、10種のトレーニングコースを修了したからといって、マーケターがいきなり尊敬されるビジネスアドバイザーになれるわけではない。だが、戦略策定に自信を持ち、ビジネス関係者と交渉し、彼らが行うべきこととその理由について支持を得て、現在の混沌とした状況から抜け出すことの助けにはなるだろう。
我々が取材したCMOたちは、この点を明確に指摘していた。業界は今、優れたマーケティング戦略のスキルと、実行力やビジネス成果をもたらす強固な組織力を失いかねない状況にある。CEO(最高経営責任者)であれ、現役のマーケティングリーダーであれ、あるいはマーケターを目指している人であれ、この現状を無視すれば、大変な危機に陥るということを忘れないで欲しい。
ジェニファー・ウォルフォード氏は、戦略的な独立系マーケティングリーダーのオープンなコミュニティであるネオン・リーダーズ(Neon Leaders)の創設者。