イーロン・マスク氏がツイッター社の所有権を握った今、ダイバーシティー(多様性)に取り組む団体がマイノリティーの安全について懸念を示している。
テクノロジー企業を率いる大富豪のマスク氏が、初めて買収の意向を表明したのは今年4月のこと。その際に、コンテンツモデレーション(不適切な投稿の監視)の緩和や、暴力を扇動したという理由によるトランプ前米大統領らのアカウント凍結の撤回など、ツイッター社を積極的に変えていくことを約束していた。
コンテンツをめぐる厳格なルールは、ソーシャルメディアを「極右と極左のエコーチェンバー(自分と似た意見ばかりが増幅される空間)」に変えるリスクがある。買収の意図はツイッターを、政治的に対立する者の議論を促進する「デジタルな公共の場」にすることにあると同氏は主張した。
買収が最終決定した先週木曜(現地時間)、マスク氏は言論の自由に対する自身のスタンスへの広告主の不安を和らげるべく、ツイッターが「自由奔放な地獄絵図になることはない」と投稿した。広告はツイッターの収益の約9割を占めている。広告主たちは、セーフガードが撤廃されることがあれば広告を引き上げると迫っていた。
しかし、「鳥は自由になった」とマスク氏が表現するように、右翼の評論家たちの動きは活発だ。最近テネシー州で反トランスジェンダーの集会を催した右派の政治評論家マット・ウォルシュ氏は、ツイッターが「解放」された今、「取り組みをさらに強化する」と約束した。
We have made huge strides against the trans agenda. In just a year we’ve recovered many years worth of ground conservatives had previously surrendered. The liberation of Twitter couldn’t have come at a more opportune time. Now we can ramp up our efforts even more.
— Matt Walsh (@MattWalshBlog) October 28, 2022
また、マスク氏のこれまでの言動から、ツイッター社内の多様性が軽んじられることになるのではとの懸念もある。同氏の電気自動車会社であるテスラでは今年6月、一連のレイオフの一環としてDE&I担当のリーダー2名が去った。同社は過去1年間で、人種差別やセクシャルハラスメントで複数の訴訟を起こされている。
マスク氏はツイッター社でのレイオフをさっそく開始し、パラグ・アグラワルCEO、ネッド・シーガルCFO、ビジャヤ・ガッデCLOの3名を直ちに解雇。さらに、大規模な人員削減を実施するともいわれる。マスク氏は以前、ツイッター社の従業員を最大75%解雇するつもりだと語っていた。
メディアモニタリング団体や、女性やクィアの人々のための擁護団体は、マスク氏によるツイッター社獲得の危険性を訴求する連合団体「ストップ・ザ・ディール」を結成した。
買収契約が締結した今、Campaign USでは同団体のメンバーに意見を聞いた。彼らが懸念するのは、社会から周縁化されたコミュニティーに対するツイッター上での嫌がらせや暴力がエスカレートすることだ。そして、ヘイトスピーチへの対処や凍結アカウントの解除を防ぐため、広告主企業に影響力を行使するよう呼び掛ける。
以下に各メンバーのコメントを紹介する。
GLAAD
GLAADはメディアモニタリング団体で、エンターテインメント、ニュース、デジタルメディアを通じたLGBTQIA+コミュニティーの認知度向上を目指す。ストップ・ザ・ディールの創設メンバーの一つだ。
「すでにソーシャルメディアはLGBTQIA+の人々にとって危険な場所。マスク氏が過去に反LGBTQIA+コンテンツを擁護してきたことを考えると、同氏によるツイッター社買収は厄介」と、GLAADのスポークスパーソンは述べる。
「ヘイトや嫌がらせのコンテンツに対するツイッターの既存のルールは、プラットフォームのオーナーが誰であろうと維持されるべきです。既存のルールやモデレーションが維持されない場合、ツイッターに出稿する広告主は、憎悪や嫌がらせを助長する反LGBTQIA+のコンテンツと自社ブランドが関連付けられることを深刻に憂慮するべきでしょう」。
ウルトラ・バイオレット(UltraViolet)
ウルトラ・バイオレットは、性差別と戦い、政治やメディア、ポップカルチャーにおいて女性像が正確に反映されることに重点を置く擁護団体だ。コミュニケーションディレクターのブリジット・トッド氏は、次のように述べる。
「プラットフォームとして最善の努力をしていると広告で訴求しているにも関わらず、暴力的な脅迫、ヘイトスピーチ、偽情報がソーシャルメディアで急速に広がり続けています。イーロン・マスク氏やマーク・ザッカーバーグ氏など大富豪にとって、第一歩にすぎないことは明らかです。マスク氏はかつて、ツイッターでの投稿内容がいかに事実と異なろうと、暴力的で扇動的であろうと、『合法』である限りは禁止されるべきではないとコメントしていました。同氏によるツイッターの買収は、パンドラの箱を開けたのです。
イーロン・マスク氏がツイッター社を買収したことで、特に黒人女性や有色人種女性、トランスジェンダーの人々に対する広範囲な嫌がらせや暴力の脅威は、再び歯止めがきかなくなりそうです。
ツイッター社はコミュニティー規定を何年もかけて確立し、違反したユーザーにはアカウント凍結などで対処してきましたが、マスク氏は大幅に見直すでしょう。これが先例になって他のソーシャルメディアプラットフォームが追随し、非常に危険な負の連鎖を引き起こす可能性があります。
私たちはマスク氏、ツイッター社の幹部や取締役会、ツイッターの広告主に対し、ドナルド・トランプ氏や暴力的な右翼過激派、白人至上主義者のアカウント凍結を継続するよう要請します。さらに、人種差別主義者や、女性差別的な偽情報、そしてこれを故意に拡散した人々への措置を、より一層の緊張感を持って進めることを求め続けていきます。
議会が緊急の対策を取らなければ、ソーシャルメディアプラットフォームは米国国民と民主主義に危険をもたらし続けるでしょう。中間選挙のわずか2週間にイーロン・マスク氏がツイッター社の実権を握り、最悪の事態はまだこれから起こる可能性があります」。
サム・オブ・アス(SumOfUs)
サム・オブ・アスは、気候変動、労働者の権利、汚職などの問題への責任を負うよう企業に要請する、世界規模の非営利団体だ。最近では、ソーシャルメディア上の誤情報の減らすためのキャンペーンを実施した。
「マスク氏やザッカーバーグ氏など巨大テック企業のビリオネアは、利益を追求し、言論の自由を盾に民主主義を破壊しています。買収成立からわずか数時間で、右翼過激派たちは下劣なヘイトスピーチや有害な陰謀論をまき散らすため、プラットフォームに戻ることを強く求めています」と、キャンペーンディレクターのヴィッキー・ワイアット氏は語る。「ここ数年で学んだことがあるとすれば、傲慢なテック企業幹部にプラットフォームの管理は委ねられないということ。規制機関による介入が必要です」。
アカウンタブル・テック(Accountable Tech)
アカウンタブル・テックは、監視広告(ユーザー追跡を基盤とするターゲティング広告)の禁止や、モノポリーの解体、選挙の公正性を保つための対策といった責任をテック大手に果たさせることを使命とし、さまざまなキャンペーンを展開している。
共同創設者兼エグゼクティブディレクターのニコール・ジル氏は「今日は不吉な日」とコメントする。「イーロン・マスク氏は重要なセーフガードを撤廃し、暴力を繰り返し扇動してきたユーザーの凍結を解除し、誤情報を拡散する過激派にメガフォンを渡すことを表明した、危なっかしいビリオネア。そんな彼が、世界で最も強大なコミュニケーションプラットフォームの一つを、完全に自由にできる裁量権を手に入れたのです」。
デジタルヘイト対策センター(Center for Countering Digital Hate)
デジタルヘイト対策センターは、オンラインプラットフォーム上でのヘイトや誤情報の拡散を明るみにするため、調査を実施している。
CEOのイムラン・アーメッド氏は「世界は新しいビリオネアの救世主を必要としていると、マスク氏は考えているようです。しかし、より良いソーシャルメディアに必要なのは、民主的なアカウンタビリティー(説明責任)をより担保することであって、これを減らすことではありません」と語る。「マスク氏は『自由奔放な地獄絵図になることはない』と公言しました。しかし言論の自由は女性、有色人種、LGBTQIA+や社会から周縁化された人々のコミュニティーをオンラインの場から追い出すような、攻撃の自由を意味するものではない。このことを同氏は、今も理解できていません」。
(文:ブランドン・ドーラー、ジェシカ・ヘイゲート、翻訳・編集:田崎亮子)