今、ソーシャルメディア上で拡散している「United’s leaked training video(漏洩したユナイテッド航空従業員のための教育用ビデオ)」と題された動画。実際は1980年に制作されたコメディー「エアプレーン」の1シーンなのだが、離陸を前にヒステリーを起こした乗客の女性を、乗務員や他の乗客たちが乱暴に揺さぶったり平手打ちを加えたりするというものだ。
周知の通り、これは現実からかけ離れた話ではない。今月9日、シカゴ発ケンタッキー州ルイビル行きのユナイテッド航空3411便に搭乗していたベトナム系米国人医師、デビッド・ダオ氏が飛行機から引きずり下ろされた事件。もちろん同航空にとっては動画のような笑いごとでは済まず、アジアの人々の多くはこれを人種差別が原因と捉えている。オスカー・ムニョスCEOは11日、システム障害があったことを認め、「オーバーブッキングの際に空港治安当局者に乗客を降ろさせるようなことは、今後絶対にしない」と語った(実際はオーバーブッキングではなかったことも判明。同航空は乗員4人を乗せるため、離陸直前になって乗客を4人降ろす決定を下した)。いずれにせよ、事件が明るみに出た際の同氏の緩慢で不誠実な謝罪は火に油を注ぎ、同航空のイメージは更に大きく損なわれた。
この事件には中国が特に敏感に反応し、怒りを露わにした。国営放送CCTVはダオ氏を中国人と誤って報道し、同航空の対応を「野蛮」と糾弾。間もなく中国のソーシャルメディアには何万という怒りに満ちた投稿が溢れ、同航空への搭乗のボイコットやマイレージカードの破棄を呼びかけた。同じくベトナムでも同様の反応が起きた。
では、同航空にとって重要な市場である日本の反応はどうだろう。Campaignが取材をした業界から消費者サイドまでの意見を代弁する多くの人々は、日本での米国の航空会社のイメージが長年悪いことを指摘。以前米国に住んでいたある観測筋の女性は、「今は米国の航空会社を使いません。日本の航空会社に比べてサービスが悪く、それを繰り返し実感しましたので」と話す。別の消息筋は、「米国の航空会社の飛行機は室内も汚く、フライトアテンダントの態度も失礼。サービスの質の低さはよく知られています」。多くの人々は、今回の件に「さもあらん」という印象を持っている。
「この事件は明らかに、ユナイテッドだけでなく全ての米国の航空会社に対する悪いイメージを助長するものです」と話すのは、ブルーカレント社の本田哲也マネージングディレクター。「我々はますます、米国の航空会社を避けるようになるでしょう」。
ソーシャルメディア上で多くの人々が指摘するように、アジア人への蔑視的態度の象徴ではないかという見方もある。「スターアライアンス」に加盟する航空会社を使うと人種差別的扱いを受ける危険がある、と投稿する人々までいるほどだ。同グループにはユナイテッド航空だけでなく、全日空も参加している。今回の件が人種差別的な要因で起きたとは言いにくいが、様々な要素が重なってこうした悪いイメージが拡がってしまった。
東京のあるPRエージェンシーの社長は、この事件で人種問題が取り沙汰されるのは「トランプによる特定国からの入国禁止令や、人種や国籍によってブラックリストに載せる人物を選ぶといった米国の最近の動きが伏線にある」と話す。ユナイテッド航空は、降ろす乗客をコンピューターで無作為に選んだ。「ニュースを聞いた人々の理性は感情で曇り、米国の企業は良くても孤立主義、悪く言えば人種差別主義だという認識が作られていくのではないでしょうか」
パブリックアフェアーズ専門のある日本人コンサルタントは、「ユナイテッド航空への反感が他のブランドへ飛び火し、米国へ旅行したいという人々に悪影響を及ぼす可能性がある」と話す。世界的に不人気の大統領を選び、移民審査を厳格化したことで米国は既に「トランプ・スランプ」を経験した。アナリストによれば、その損失は観光収入で2億米ドル近くに達するという。
同氏は更に続ける。「日本人はこの事件を間違いなく米国社会の野蛮な側面と捉えるでしょう。黒人が路上で警官に射殺され、空港ではアジア系の人間が飛行機から引きずり下ろされる。人々はこうした出来事を心の中で結びつけて考えます。今回の犠牲者がアジア系だったことは、米国に行けば日本人にも同様のことが起きるという思いがけない負のメッセージになってしまった。つい最近の米国の空港での入国審査における混乱は、誰の心にもまだ生々しく残っています。(白人警官が黒人少年を射殺した)ミズーリ州ファーガソンでの事件、トランプの登場、そして今度はユナイテッド航空……。明らかに米国社会は自制心を失い、悪い方向に進んでいるという印象を与えるでしょう」。
それでも全員が全員、悲観的なわけではない。何人かの観測筋は、「米国を頻繁に訪れる裕福な旅行者は、米国の航空会社を当面の間避けるでしょう。しかし中間層の旅行者はやはり運賃の安さに魅力を感じ、米国の航空会社を使い続けるのでは」と話す。ウェーバー・シャンドウィック社の高田敏矢シニア・バイスプレジデントは、「ユナイテッドにとっての逆風が同業他社にとって追い風になる可能性は十分にある」と話す。すなわち、他社は低運賃とより良いサービスの提供が可能、というポジショニングが取れるという。「今回の件は、高額の運賃を払えない日本人旅行者に向けて他の米国航空会社がプロモーションをかける絶好の機会になると思います」。
(文:デイビッド・ブレッケン 編集:水野龍哉)
このインタビューは英語で行われた(リサーチの一部は田崎亮子が担当)。