世界中のビジネスリーダーを恐怖に陥れている「反労働(アンチワーク)」の機運が高まりつつある。このムーブメントが、何に反対しているのかは明らかだが、何を目指しているのかは、それほど明確ではない。ブランドや企業が、従業員のモチベーションを維持し、顧客を理解しようとするならば、それについての洞察は不可欠だ。では、反労働とは何なのか。何がこの変化を促し、どこへ向かおうとしているのか?
異例なのは、この文化的潮流が世界規模で広がっているということだ。中国では「タンピン(寝そべり)」という言葉が生まれ、日本には「ぐでたま」という、反労働のシンボルともいうべきキャラクターが存在する。ぐでたまは、やる気のない卵のキャラクターで、最近のアニメでは「週休8日」キャンペーンを掲げて首相に立候補している。欧米その他の地域では、2021年の「大離職時代」が、現在では「静かな退職」にその道を譲っている。
キャッチーな名称が考案されると、人はそれに付いてくる。それがムーブメントと呼ばれるものだ。筆者にも覚えがあり、2007年、当時フューチャーラボラトリの同僚だったジェイコブ・ストランドと共に、「Bleisure(business+leisure)」という造語を考案した。若者のあいだに見られた野心むき出しの情熱を表した言葉だ。仕事こそが彼らのアイデンティティーであり、自己表現の象徴だった。仕事がすべてであり、レジャーの時でさえもそうだった。10年以上にわたる、この生産性に対するむき出しの執着に、人々が反発しているのだとしても意外ではない。
こうした反動が起きる理由は明白で、しばしば、このように説明されている。パンデミックによる激変と長引くロックダウンの影響で、生活の優先順位の見直しが行われた。人生は短いのだから、夢を持ち、愛する人をもっと大切にしようと考えるようになったのだと。だが数字を掘り下げると、それ以上のことが起きていることが分かる。そして、それが次に起きることを知る手がかりにもなる。
まず「要因の錯覚」がある。多くの人が反労働に向かうのは働けないからだ。
そして、その多くはコロナ禍に起因している。米国勢調査局が実施する家計実態調査の最新データによると、米国では成人の40%以上が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を発症したと報告されており、そのうちの約5人に1人(19%)は、現在も続く後遺症を抱えているという。中国では、2023年も、数千万人が新型コロナウイルス感染症に苦しむと予測されている。
英国の非労働力人口は、50歳以上が過去最高の人数を記録したが、相対的に最も増加したのは25~34歳だ。この年齢層の50万人が働いていないのは、長期にわたる病気や精神的な問題が原因であり、過去30年間でも最も高い割合となっている。では、人が反労働になるのは、疲れたり病んだりしているからなのだろうか。そうなら、Woebot、Wysa、Flow Meditationのようなメンタルヘルス系のAIチャットボットが、数百万人のユーザーを抱えているとしても確かに意外ではない。
米労働統計局による最近の米国消費時間調査(ATUS)の結果を、ニューヨーク連邦準備銀行が分析したところ、米国の成人が「自宅から離れた場所」で仕事をする時間は、予想通り短くなっていたという。だが一方で、自宅での娯楽時間は増加しており、興味深いことには睡眠時間も増えている。こうした傾向については、人々から、以前のような活動的な生活を再開しようという情熱が失われたという解釈も可能だ。メンタルヘルスキャンペーン「Mindapples」を立ち上げたアンディ・ギブソン氏はこう説明する。「体調がすぐれないと、仕事と社会生活を器用に両立させ、何千もの用事をこなすという、目まぐるしい日常に戻ることは難しい」
ここでは時間が焦点になる。長期間にわたり病気を患っていた人は、以前のように多くのことを同時にこなすことは難しい。「クリップ・タイム(crip time)」という概念は、まさにそれを表した言葉であり、過剰な生産性と燃え尽き症候群につながる過酷なスケジュールから逃れるための、ひとつの方法なのだ。賑やかで忙しい人生よりも、非活動的な時間を受容する新しい行動様式の方が共感を集める。中国では、何もしないことをアピールしたい世代をターゲットにした「怠け者グッズ」の市場が拡大していることが明らかになった。靴紐が自動で結べるシューズや、歯ブラシに歯磨き粉を絞り出す装置などが売れているのだという。日常のありふれた行動にも、努力は必要なのだ。
オックスフォード英語辞典の2022年の新語に「ゴブリンモード」が選ばれたのは驚きだろうか。あるいは、「仏教徒の生活(Buddhist living)」という哲学概念が香港の若者にとって必須になっているというのは驚きだろうか。香港拠点からグローバルにPR事業を展開する企業のクリエイティブディレクター、カレン・チャン氏はこう説明する。「この概念は、何かを積極的に追求する意志や情熱を持たない世代に多用されている。目標を追いかけるより、流れに身を任せようという考え方だ」
そして2つ目の手がかりは、こうした考え方の変化に伴って、新しい価値観が生まれているということだ。過大な野心を抱き、余暇を犠牲にして、米国シリコンバレーや韓国の板橋(パンギョ)テクノバレーで大金を稼ぐことは、明らかに時代遅れだと思われるようになった。ジャーナリストで『ステータス・ゲームの心理学: なぜ人は他者より優位に立ちたいのか』などの著書があるウィル・ストー氏は、今起きていることは「すべてステータスに関わるものだ」と断言する。人間は生れつき、精神に不可欠な要素としてステータスを求めるようにできている。心理学者らは、人間の原動力は、出世したい、良好な関係を築きたい、という思念だと論じる。そして、こうした思念にはそれぞれステータスが紐付いている。ストー氏が指摘するように、出世のアプローチはますます完遂することが難しくなってきた。若い世代は親の世代より不利になるというデータが巷にあふれている。進化が逆行しているようだ。
ストー氏の説によると、こうした現状においては、ステータスにおける別のアプローチ、すなわち美徳のステータスが必要なのだという。これは信念を価値基準として、より高潔で優れた信念を示すことでステータスの階段を上るということだ。
「美徳のステータスは、ソーシャルメディアなどで簡単に手に入る。ツイートするだけで承認された気分になれるから」とストー氏は説明する。静かな退職も、こうしたステータスの表明であり、「自分たちは億のカネを稼ぐことだけに必死だったX世代やミレニアル世代とは違うというサインだ」
反労働は、自分の時間やエネルギーを人生の他の面に注ぎたいという思想だ。それは、野心という規範を避けて、怠惰で雑な自分を受け入れることかもしれないし、「ドーパミン・ドレッシング(服装で幸福感を高める)」で満足することかもしれない。しかしこれは、価値観をより深く掘り下げることにつながるのかもしれない。ユニリーバの最高経営責任者(CEO)を退任した後、サステナビリティなどの問題に取り組んできたポール・ポールマン氏が公開した最近のデータによると、人々は、前例を見ない、この「パーマ・クライシス(歴史的危機状況)」への対応に、自分の時間とエネルギーを注ぎたいと考えており、そうした取り組みを行っている企業で働きたいと望んでいる。特に若い人たちは、未来へ希望をもたらす企業で働くことを強く求めており、「『意識が高い退職』の時代になりつつある」と、ポールマン氏は忠告する。
就労者の3人に2人が、地球と社会の未来に不安を感じており(英国69%、米国66%)、多くが、世界に良いインパクトを与えようとしている会社で働きたいと考えている(英国66%、米国76%)。調査対象となった就労者の半数近くが、会社の価値観が自分の価値観と合わなければ、たとえこの不況期であっても、退職を検討すると回答しているという。
つまり、反労働は明らかにアクティビズムの一種なのだ。人々は、自分の働き方をもっとコントロールしたいと望んでいるだけだ。そしてこのような意識の変化は、新たなビジネス機会を生み出すだろう。仕事と余暇のバランスを調整する支援サービスや、社会の前進が確認できる新しいアプリが登場するかもしれない。そして人と地球に対し、倫理的に正しい価値観をもつリーダーが求められる。その価値観には「働くために生きるのではなく、生きるために働く」ことも含まれる。1月にニュージーランド首相を辞任したジャシンダ・アーダーン氏は、そうした働き方を実践した最新の事例だ。健全な未来への処方箋は、趣味やボランティア、そして正義ための団結だ。反労働の本質は「人間性の肯定(pro-humanity)」であり、何も恐れることはないのだ。
ミリアム・レイマン氏は文化戦略家、エグゼクティブコーチ、調査会社Now Thenの創設者。