新型コロナウイルスが初めて確認されてから2年が経った。新たな変異株が世界を席巻する中、今年の予測を立てることは依然として容易ではない。だが、世の中がいかに変化しようとも変わらないことがある。それは、他者とのつながりや娯楽を失いたくないという消費者の欲求だ。
昨年のブランドエクスペリエンスでは待望の「対面式」が復活した。目立ったのは団結心のアピールや、進化したテクノロジーの応用だった。
ニューノーマルに適応するための我々の試行錯誤は続く。ブランドのマーケティング戦略もそれに合わせて変化を続け、エクスペリエンスを形づくっていくだろう。
2022年、消費者を魅了するブランドエクスペリエンスとはどのようなものなのか。エクスペリエンスエージェンシー5社の幹部に、キーワードを挙げてもらった。
ブランド主導によるペイドエクスペリエンス
トム・グレイ(イマジネーション社、チーフストラテジーオフィサー)
いくつかのブランドはこのエクスペリエンスの効果をすでに理解していますが、他のブランドにとっては新たな試みになります。新進ブランドはすでにブランドエクスペリエンスを通してエンターテインメントを提供している。予想し得ないようなトレンドに対応できるようにしておくことが肝要です。
効果的なのは、ターゲットをより絞り、周到に準備をした有料イベントです。顧客はブランドにより強い親近感とポジティブなイメージを抱き、まったく異なる視線で見るようになる。その好例が、ランドローバーの「オフロード・ドライビングエクスペリエンス」です。
最近では、モノポリー(ゲーム)やネットフリックスのドラマ『ペーパー・ハウス』がエスケープルーム的なエクスペリエンスを提供した。また、アードベッグ(ウイスキー)やクラーケン(ラム)はハロウィン用のポップアップストアを設置しました。
期間限定のエクスペリエンスならば莫大な予算は必要なく、幅広いオプションを提供でき、消費者は気軽に参加できる。やり方次第ではキャッシュニュートラル的にブランドと顧客の間で新たな価値交換が実現し、エンゲージメントも獲得できるでしょう。
「文化」を核に
ビシャン・タム(XYZ、クリエイティブプロデューサー)
ブランドがオーディエンスに「人間性」を訴求し、身近で、かつ知的な存在になる −− そのために必要なのはオーディエンスの「文化」をエクスペリエンスの核に据えることです。それは真の関係構築にもつながります。オーディエンスのコミュニティーを第一に考え、その文化をより包括的に理解する。コミュニティーで交わされる対話に注意深く耳を傾け、彼らをサポートする積極的な役割を果たす。エクスペリエンスがブランドとオーディエンスとのギャップを埋め、ブランドは「部外者」ではなく対話に参加できるようになります。
オーディエンスがブランドに願うのは、そうした文化的視点から自分たちの利益や価値を反映する「目標」を明確化してほしい、そして言葉だけでなくそれに直結する行動をしてほしいということです。彼ら自身も、文化やコミュニティーを積極的にサポートするエクスペリエンスに参加したいと望んでいます。それも一度限りではなく、長期的視点に立つものを期待しているのです。
文化を核に据えるアプローチは、エージェンシーの社内を劇的に変える効果もあります。ダイバーシティーとインクルージョンを高めれば、ブランドプラットフォームを通して確実に文化を表現することができる。社内で多様な考え方が実践されれば、仕事の成果にも反映されるのです。
ただしこのアプローチは、どのようなエクスペリエンスにも当てはまるとは言い難い。エクスペリエンスのトレンドというより、ブランドのクリエイティブ戦略を練る上で取り入れるべき思考でしょう。
メタバースへの備え
ロシュ・シン(ユニット9 、マネージングディレクター)
我々はまだ、メタバースを十分に活用しているとは言えません。仮想空間は急速に人気が高まりましたが、シームレスにそこへ入っていく術はまだ会得していない。メタバースが真の意味で飛躍を遂げるには、ウェアラブル技術との組み合わせが不可欠でしょう。
そのための準備として、ブランドはメタバースを構成する要素をしっかりと理解しなければならない。没入型の疑似体験やデジタル商品、ゲーム、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、3Dデザインなどです。これらはメタバース活用のための第一歩に過ぎない。忘れてならないのは、ここでお話ししているのは全く新しいテクノロジーへの備えではなく、次世代のコンピューティングプランニングだということです。
ブランドは、自社の果たす役割も明確にしておく必要がある。独自の仮想空間の構築を目指すのか、それともデジタル商品の発表を念頭に置いているのか。あるいはメタバース内で広告主になるような受け身的立場を取るのか、はたまた人気ゲーム『フォートナイト』とコラボレーションしたウェンディーズ(ファストフードチェーン)のように能動的に関わっていくのか。また、モチベーションも然りです。大々的なPRに適切なタイミングなのか、あるいは将来的に大きな影響力を持つプラットフォームで確固たる立場を築きたいのか。今後のメタバース参入を視野に効果的戦略を練るのであれば、こうしたテーマをクリアにしておく必要があるでしょう。
「現実逃避」
デヴィッド・ロバーツ(フォームルーム、マネージングディレクター)
オンライン化が進む世界でなぜ物理的スペースを提供するのか −− それは、ターゲットオーディエンスに真のインパクトを与え、ブランドの世界を強固に確立するためです。
我々の役割はブランドにアイデンティティーを吹き込んだり、通常オンライン上で展開されるキャンペーンをオフライン時に行ったりすることです。それはオーディエンスとつながりたいという(クライアントの)願望の延長線上にある活動です。我々はより広義に捉え、オーディエンスの全ての知覚に訴えてエンゲージメントを獲得するのです。
現在の課題は、どのブランドも独自のスペースやポップアップ、インテリアを展開する能力を持ち合わせ、また実践しているため、オーディエンスの要求が高くなっていること。そのため、求められる「非現実性」のレベルもどんどん高くなっている。こうしたスペースは従来のインテリアを超越し、非現実的なエクスペリエンスを楽しめる場になっています。あたかも全く異なる世界に足を踏み入れ、その中に溶け込んでしまうかのごとくなのです。リアルさを増しているARやVRといった先端テクノロジーを取り入れれば、さらにシュールなエクスペリエンスになる。
今の物理的スペースでは、クライアントに従来の倍の効果をもたらすようなソーシャルコンテンツが当たり前になっています。消費者はそこでブランドの核心に触れることができる。その一方、ファンが生み出すコンテンツは実際にやり取りされる販促用品に真の商業的価値を生み出します。こうしたファンは往々にして、クライアントが求める正確なターゲットグループなのです。
真の包摂性
ダックス・コールナー(スマイル、ストラテジーディレクター)
いま注目を集めているのは、体感できるブランドエクスペリエンスとデジタルエクスペリエンスの融合だけではありません。DEI(多様性・公平性・包摂性)の実現がどのブランドにとっても社会的責務になっています。
ブランドはバーチャルエクスペリエンスを創出する際、身体的なアクティベーションをコンテンツの原動力にすることが多い。現実の世界でもオンラインの世界でも楽しめる、説得力あるエクスペリエンスを生むためです。拡張され、パーソナライズ化されたコンテンツはテクノロジーを通して強いインパクトを残す。大手消費者ブランドはクリエイターと協働して物理的環境を構築し、バーチャルオーディエンスにインタラクティブで魅力的なエクスペリエンスを提供しようとしています。そうすれば全ての参加者にインパクトの強いエクスペリエンスを提供できる。デジタル活用で大規模なリーチが可能になり、さらなるメリットが生まれるのです。
DEIに注力することは、参加形態がどうであれ、誰もが素晴らしいエクスペリエンスを味わえることを意味します。我々が担う多くのプロジェクトでは、あらゆるバックグラウンドを持つ人々を招じ入れる。特定の人を除外せず、あらゆる人を受け入れる手法を編み出すのです。学び方の違いや視覚・聴覚障害を考慮したコンテンツへの転換から、イベントをサポートするスタッフまで幅広く配慮をします。
未来のコンシューマーエクスペリエンスは極めてオープンなものでなければなりません。「2級オーディエンス」をつくらず、誰もがアクセスできるものにしなければならないのです。
(文:ファヨラ・ダグラス 翻訳・編集:水野龍哉)