Brittany Kiefer
2018年12月03日

AIが作り出したレクサスのCMの舞台裏

新型「レクサスES」のCMの台本作りに人工知能(AI)の使用が決まった時、それがこのような結果になるとは、誰も想像していなかった。

AIが作り出したレクサスのCMの舞台裏

撮影は、日が暮れたブカレスト(ルーマニア)の倉庫で始まった。人工の霧が立ち込める中、スポットライトを浴びた「ヒーロー」が現れる。流麗な車体の新型「レクサスES」だ。監督のケビン・マクドナルド氏によれば、映像のハイライトは、最後の1つ前のシーン(分かりにくいが)。命を吹き込まれたレクサスESが、戦いの姿勢を見せる瞬間だ。

CMのストーリーは、日本の技術者が苦労して作り上げた車が拉致され、破壊されそうになるというもの。だが最後には、車を持ち去った輩を尻目に、レクサスESは自由の身となる術を見いだす。

マクドナルド氏がこのCMの脚本を、最初に読んだのは数カ月前。CMを手掛けることはあまりない同氏だが、この脚本には好奇心をそそられたとか。「素晴らしい脚本でした。通常であれば、アーティストの才能を感じられるようなもの。それが今回は、コンピュータの手によるものだったのです」

11月に公開された新型レクサスESのCMの脚本は、AIが書いたものだ。映像化にあたっては、米アカデミー賞や英国アカデミー賞などを受賞しているマクドナルド氏が招かれた。「これは人間と機械の共同作業」とマクドナルド氏は言う。だが彼もレクサス側も、そしてエージェンシーの「ザ・アンド・パートナーシップ・ロンドン」(The & Partnership London)も、このような結果になるとは思わなかったそうだ。AIが描いたストーリーは、不思議なほどに自我の意識が感じられ、あたかも人間が書いたもののようだった。

「自分に生命があるのか否かと考えあぐねる、車の内省的なストーリーになっている点が、不思議なのです」とマクドナルド氏。

一連の試みが始まったのは今年初め。AIを作って広告を作るという考え自体は新しいものではない。例えば去年、サーチ&サーチのロサンゼルスオフィスは、IBMのスーパーコンピューター「ワトソン」に、トヨタ「Mirai」の広告を何千も書かせた。だが広告の分野においては、これまでのところ、「AIが作った」と謳いつつも実際には人間が作成していたバーガーキングの広告のように、注目を集めるための仕掛けとして使われるものが大半だ。

こういった試みから引き出される結論は、大抵こうだ。「AIが、人間のクリエイティビティーに取って代わる事は、絶対にできない」。クリエイティブディレクター達はAI技術から距離を置きがちだし、AIの本当の力はまだ開拓されていない。

だが、ロボットが人間の仕事を奪うという恐れに駆られた見方が、もし間違いだったとしたらどうだろうか。適切なツールと人間の理解があれば、おそらくAIは良い協力者となってくれ、人間と共働し、同様のレベルのクリエイティビティーを発揮することができる。レクサスの例は、これが可能かどうか見極める試みだった。

「もっと革新的なイメージのブランドに変身を」というレクサスの使命を、親会社であるトヨタ自動車の社長であり、レクサスのチーフ・ブランディング・オフィサーでもある豊田章男氏は大切にしている。2年前にデトロイトのモーターショーで、豊田氏はこう語っている。「レクサスを、もっと熱いブランドにします。『退屈』と『レクサス』の2つの言葉が、同じ文章の中で使われる事は決してないでしょう」

だからこそ、西欧で新型レクサスESを導入するにあたり、革新的なアプローチが必要だった。レクサスESを「直感に訴える」自動車と位置付け、ドライバーの意図に反応する先進技術を搭載し、ドライバーに代わって判断を下せる車にした。「この車は、人間と機械が一緒になって快適なドライビング体験を提供するようデザインされました」と、ザ・アンド・パートナーシップ・ロンドンのクリエイティブパートナー、デイブ・ベドウッド氏は語る。

この方針から、「人間と機械が協力し合い、直感に訴えるドライビング体験を表す広告を作ることもできるのでは」というアイデアが生まれた。ただ「良い結果につながるかどうかは不明だった」とベドウッド氏は打ち明ける。

どんな結果になるか分からないのに、多額の予算を投じる広告にAIを使うのは、リスクのあることだったのではないか。「もちろんそうです。だからこそ面白いと思ったのです」と、レクサスヨーロッパのコミュニケーションマネージャー、クリストフ・ミュールマンス氏は言う。

ザ・アンド・パートナーシップ・ロンドンは、テック企業「ビジュアルボイス」(Visual Voice)に、レクサスのCMの脚本を書けるAIプラットフォームを構築するよう依頼。IBMのワトソンの画像認識技術も用いた。

ビジュアルボイス社の共同創設者であるウィル・ナットブラウン氏も、ベドウッド氏同様、プロジェクトの開始当初はうまくいくかどうか確信が持てなかったと語る。

同社はアイデアを求め、がん細胞を見つけるAIを開発した医療分野の科学者など、マーケティング以外の分野に目を向けた。AI関連ベンチャーなら、まず最初のステップはAIをきちんと訓練すること、とナットブラウン氏は言う。

「AIの中身は、最初はほぼ空っぽ。世界の成り立ちを理解していませんし、人間の先天的な知識もありません。まず最初にやらねばならなかったのが、成功を導くためにはAIに何を教えたらいいか、それを見つけることでした」

彼らは、カンヌライオンズで賞を獲得した自動車や高級ブランドの15年分の広告を、レクサスのCM用AIに伝授。最初の段階で、データからいくつかの傾向が見えた。例えば賞を獲得した自動車の広告は通常、長い運転シーンを使わず、代わりに車を取り巻くストーリーや、人間同士の結びつきに焦点を当てている。また高級ブランドの広告の大半は、ブランドの伝統や職人技をアピール。どちらも、AIが手掛けた台本に取り入れられた要素だ。

だがこのデータだけでは、「お決まりの自動車広告をごちゃ混ぜにしたもの」にしかならなかっただろう、とベドウッド氏。今回のプロジェクトを特別なものにしたのは、AIに「直感に訴えるものである」ことを教えるという試みだった。ビジュアルボイス社は、アドテック企業「アンルーリー」(Unruly)のエモーショナルインテリジェンスのデータを取り入れ、広告において最も感情をかきたてる瞬間はどこかを探った。同社はまた、ニューサウスウェールズ大学の応用科学者のグループ「マインドエックス」(MindX)と共に、直感に訴えるには何が必要か、また、高い感性を持つ人々はどのように車の広告に反応するのかを研究した。

学習の結果、AIは人間が書いたものと似たような、感情に訴える脚本を書いてのけた。AIが作った原稿は二つ。一つはロケーションや演技、俳優などを具体的に説明し、そのシークエンスを示したもの。もう一つは、優れた高級車の広告を作るうえで求められる基準を明示したチャートだった。

ベドウッド氏は、AIに広告制作を助けてもらうつもりではあったが、完全に任せるつもりも、脚本全てを書いてもらうつもりもなかった。AIの原稿は細部まで具体的かつ明確だったため、「おかしなことに、ウィル(ナットブラウン氏)が書いたのではないかと思うこともありました」と振り返る。

ベドウッド氏は、AIが作成した脚本を完全な文章にし、通常の映像脚本の形に仕上げた。ただしビジュアルボイス社と密に相談し、AIが意味するところに忠実になるよう心掛けた。

「ある意味、私はクリエイティブの作業から締め出されたのです」とベドウッド氏。「自分の仕事のあり方について疑問が湧きますね。クリエイティビティーや本能といったものは、本当にAIが持ち得ないものなのでしょうか。そうではないのかもしれません」

最終的に出来上がった脚本には、思いもよらなかったディテールや、簡単には説明のつかないシーンが含まれていた。たとえば最後の、技術者とその家族がテレビのニュース番組を通し、車の危機脱出の模様を見るというシーンだ。AIは時折、人間の習性を皮肉を込めて捉え、不運な出来事や涙、親子の絆といった仕掛けを使ってストーリーを盛り上げているかのように感じられた。一番の驚きは、車に感覚や感情の深みといったものが授けられている点だろう。

「最初に脚本の内容を聞いた時は、とても変わった物語なので、ちょっと違和感を覚えました」とミュールマンス氏。「でも、これだけ変わっているアイデアを、中途半端に採用することはできません。提示されたものに忠実にやってみることにしました」

ブランド名をすぐ想起させるようなCMでない点を疑問視する声も、レクサス側の中にはあった。これまでレクサスをブランドとして強く訴えてきていたからだ。レクサス・ヨーロッパのシニア・ブランド&コミュニケーション・マネージャー、ビンセント・タベル氏は「違和感があるのはいいこと。そこには新しいことへの挑戦が潜んでいるから」と話す。「物事を異なる視点から見るのは、いい機会です」

AIと仕事をするのはこれが初めてというマクドナルド氏も、あえていつもとは違うやり方に臨んだ。当初、レクサスのCM制作の様子をドキュメンタリーとしてのみ撮影するつもりだったのだが、完成した脚本を読んで、CMそのものの撮影を希望したのだ。

今回のプロジェクトは氏にとって、決してAIの意図から大きく外れることなく、監督としての意向は脇に置くことを意味した。マクドナルド氏はAIを「沈黙のパートナー」とし、代理店よりももっと緊密にAIと協働した。

ただこのCMに、彼ならではの視点を取り入れることは忘れなかった。マクドナルド氏によればこのCMは、車の視点から語られるもの。「狂気の科学者に作られた怪物が、苦しみの後にやっと自由を手に入れる」という、フランケンシュタインの話と通じるところがあるのだとか。

「車は抵抗の姿勢を見せるのです。(映画『グラディエーター』で)皇帝に立ち向かうラッセル・クロウといったところ。一番似ているのが映画『エクス・マキナ』でしょう。半分しか人間でないのに人間のようにふるまうロボットの痛みを表した作品です」

フランケンシュタインの物語と同様、レクサスのCMも、半ば生命を宿した機械は恐れるべき存在なのか、それとも共感すべき存在なのかという難問を突きつけている。物語を作ったAIが、自身の問題を投げかけているかのようだ。レクサスのCM制作においては、それぞれがそれぞれの結論に達した。

ビジュアルボイス社によれば、意思を持っているかのようなAIのありようを深読みしすぎないことが大事だとか。レクサスのCMにある意外性を、不気味な「AIに本質的にある不思議な部分」と捉えることは簡単だが、学習したものをAIが提示したという以上の深い意味はないと、ナットブラウン氏は話す。

「いまや重要なのは、AIに何を教えるかです。危険なのは、AIに信頼性を欠く情報を与えること。例えば、もしその情報に人種への偏見が含まれていれば、AIはそういったバイアスのかかったものを提示し始めるかもしれません」

この意味で、AIに学習させることは、子育てに似ている。人間の直感は生まれつき備わったもので、本質的によいもの、と信じている人は多い。だがマインドエックスなどの研究者たちによれば、実際は経験によって培われたものなのだ。

ナットブラウン氏は、いつも不安定なはしごで屋根に上ることができたため、次も落ちることなく上れると考える人間を例に挙げる。この場合の直感は誤ったもので、そういった経験から学習したものは危険な結果につながり得る。そうではない情報が、より強固な直感を作り上げることができる。AIに学習させることも、また同様なのだ。

「子育てと同じで、機械に間違いを教えないよう気をつけ、どのようにAIを導いていくかという大きな責任が、我々にはあるのです」とナットブラウン氏。

ビジュアルボイス社によれば、レクサスのCMのAIプラットフォームには優れた学習が施されていたが、人間と同程度のクリエイティビティーを発揮したかどうかは不明だ。「まだAIには足りないところがあります。広範な人間のありように関する知識がありませんから」とナットブラウン氏。「クリエイティブの仕事において、人間の立場が特に危うくなっているわけではないというのが、我々の大まかな結論です」

ベドウッド氏も同様に、人間とAIの関係については楽観的だ。いずれ人間とAIはもっと密接に協働するようになると考えている。AIが単純なルーティンワークを担当し、その分人間はもっとクリエイティブなことに集中できるというのだ。

「AIを使って、人間はクリエイティビティーを発揮して欲しい。データの枠にはめられてほしくありません」

レクサス側も同じような見方だ。レクサスは最先端技術の開発に努める一方、車のデザインを支える人間の職人技をアピールし、原点に戻っている。イノベーションとともに、真の人間的なつながりが求められている中、ブランドは今後、両者のバランスを取ることを求められるだろう。

「新しい技術に伴って期待が高まりますが、リアルな人間関係も維持していかねばならないのです」とベドウッド氏。

だが、不透明さを口にするのは、最もこのプロジェクトの将来を見通すマクドナルド氏だ。このCM制作後、彼はAIが人間のクリエイティビティーを真似することは可能ではないのかと思うようになった。

「我々は、クリエイティビティーを含め、人間は機械にない特質を備えていると考えたがります。しかし本当にそうでしょうか。私には3人の子どもがいますが、心配ですね。もし私が映画の脚本家やコピーライターだったら、自分の仕事がどうなるか心配だったでしょう。我々は世界の、そしてその中の自分たちの居場所の大きな変革の時を迎えているのです。変革はやってくるでしょう」

だが、変革はまだ訪れていない。それまで、マクドナルド氏と彼のスタッフにはまだやらねばならないことがある。マクドナルド氏はセットに戻り、カメラのレンズを覗くのだった。

(文:ブリタニー・キーファー 編集:田崎亮子)

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