テレビ広告の世界に激変が迫っている。ストリーミング界の巨人ネットフリックスが、11月上旬に広告付きベーシックプランを導入し、ディズニープラスも、広告付きプランの開始を12月に控えているからだ。
ネットフリックスやディズニープラスなどのサービスが、視聴者や有料会員の獲得をめぐって繰り広げる熾烈な「ストリーミング戦争」は、すでに何年も続いている。だが今、その戦いは広告収入をめぐる新たな局面に入った。広告収入型の映像エンターテインメントのいくつかは、ネットフリックスとディズニープラスに広告売上を奪われることを余儀なくされるだろう。そしてその可能性が最も高いのは従来型テレビだ。
従来型テレビが長期的な衰退の過程にあることに疑問の余地はない。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって、オンデマンドやストリーミングへの移行はさらに早まった。従来型テレビ放送のサブスクリプションを解約し、代わりに各種ストリーミングサービスのサブスクリプションに登録する動きは、全世界のオーディエンスに広がっている。
「Future of TV(TVの将来)」の2022年データによれば、東南アジアでは、OTT(インターネット配信)視聴者の5人に1人以上(22%)が、もはや従来型テレビ放送を視聴していない。しかもこの数字は、前年から29%の増加となっている。パンデミックのあいだに、多くの消費者が在宅勤務となり、好きなタイミングでコンテンツを視聴できるようになったことが原因のひとつと考えられる。従来型テレビを見限りストリーミングやオンデマンドに移行する視聴者が増えるなかで、広告費の行方にも変化の波が訪れようとしている。
調査会社サンバTV(Samba TV)の共同創業者でCEOを務めるアシュウィン・ナヴィン氏は、「広告主は、以前から従来型テレビの広告予算を移行させたいと考えていたが、スケール可能なプレミアム広告枠が十分に揃っていなかった」と指摘する。「ネットフリックスとディズニープラスの動きは、CTV(コネクテッドTV)への予算増加を加速させる触媒になるだろう」
転機となる瞬間
有料会員数2億2000万人のネットフリックスと、1億5200万人のディズニープラスは、いずれも巨大なリーチを提供できる。両者が広告の世界に参入すれば、テレビ視聴者へのリーチに関心をもつブランドから大いに注目されるだろう。
ネットフリックスとディズニープラスの広告付きプランの開始は、高品質なコンテンツを通じて消費者にリーチしたいブランドにとっては、またとない機会になる。どちらのサービスも、従来型テレビから広告予算が振り分けられるだけでなく、ユーチューブなどのソーシャルプラットフォームからも配分される可能性がある。
ザ・トレードデスクで東南アジア・インド・オーストラリア・ニュージーランド担当のシニアバイスプレジデントを務めるミッチ・ウォーターズ氏は、「ブランドは、ユーチューブやソーシャルメディアといったユーザー生成コンテンツのプラットフォームよりも、プレミアムコンテンツのプラットフォームに広告費を投じたいと思うだろう」と言う。「広告付きサービスが増えるにつれ、今後5年間で徐々に予算がシフトしていくと考えられる」
サンバTVのナヴィン氏は、これはマーケティング担当者とコンテンツオーナーが同様に受け入れるべき変革の瞬間になると考えている。
「ネットフリックスとディズニープラスが広告モデルを採用したことで、過去最大級のプレミアなテレビ広告在庫の流入が見込まれる」とナヴィン氏は言う。「スターウォーズ、マーベル、ブリジャートン家、ストレンジャー・シングスといった人気シリーズに広告を流せるだけでなく、こうした広告を、家庭で一番大きいスクリーンで放映できる機会がついにやってきた。マーケターの需要は非常に高くなっている」
従来型テレビ広告よりも優れた広告モデル?
ネットフリックスは、株主向け書簡のなかで、「従来型テレビよりも優れた広告モデル」の構築をめざすとしているが、彼らがこの目標を、優良ブランドのイメージを毀損することなく達成できるかは現時点では不明だ。なにしろ、そもそもネットフリックスは、広告なしの動画エンターテインメントのパイオニアだったのだ。
サンバTVのナヴィン氏は、「ネットフリックスやディズニープラスなどのプレミアム広告は、ターゲティング、最適化、測定などの機能を組み込むことで、広告付きストリーミングの新時代の幕開けを告げるものになるだろう」と指摘する。「この新時代の中核をなすのは、消費者とブランドにとっての革新的な広告体験だ。広告モデルは、広告なしプランから、広告付きプランへの切り替えによる課金売上の減少を、補って余りあるものになるだろう」
ザ・トレードデスクのウォーターズ氏も、ネットフリックスは莫大な利益を得るだろうと考えている。「ネットフリックスは、チャネル間の競合が少ないクリーンなエコシステムを構築できる。また、広告による苛つきが少なく、自分の関心に合致した広告だけが提示される、視聴者にとってベストな体験を実現できる。ネットフリックスは、ストリーミング競争の次のステージで、再び先頭を走ることになるだろう」
実際、ネットフリックスが立ち上げたプランは、簡単には真似できない大胆なものだ。消費者が支払うサブスクリプション料を大幅に引き下げつつ、広告の負担を1時間あたり5分未満に抑えることで、広告付きプランへの加入を促すスイートスポットを実現した。
さらにネットフリックスは、2023年第1四半期以降、ダブル・ベリファイおよびインテグラル・アド・サイエンスと提携し、広告のビューアビリティとトラフィックの健全性について、検証をおこなうと発表している。
スターコム・オーストラリアで、オペレーションおよび投資部門国内責任者を務めるルイーズ・ロメオ氏は、「先日ネットフリックスが発表したインテグラル・アド・サイエンスおよびダブル・ベリファイとの提携は、より多くのインサイトや、より高い透明性をもたらし、広告主は、プラットフォームの真の効果を測定できるようになるだろう」と述べた。「ユーザー数は大いに注目されるだろうが、我々が特に関心をもっているのは、ネットフリックスがどのように市場とともに進化していくかだ。ターゲティング能力を向上させるのか、よりクリエイティブでダイナミックな広告フォーマットを展開するのか。また、完全なアドレサブル化にどれだけ時間がかかるのかといった点だ」
従来型テレビ広告に未来はあるのか?
ネットフリックスとディズニープラスによる新たな広告付きプランの登場に広告主たちは沸いているが、これが必ずしも従来型テレビの予算減少を意味するとは限らず、むしろ共存が成立すると考える関係者もいる。
BBDOインドのスラジャ・キショールCEOは、「従来型テレビは、より広いリーチを実現するための選択肢として存続するだろう。一方で、ストリーミングプラットフォームは、広告主に対して、視聴者とより親密なつながりを築く機会をもたらすはずだ」と述べた。
「広告目標に即せば、従来型テレビの方がより適切な広告メディアであるケースがないわけではない。また、私の予測では、テレビのコンテンツ制作者も、ストリーミングプラットフォームと真剣に対決するようになるだろう」と、キショール氏は言う。「これは健全な競争となり、全体としては消費者の利益につながる」
広告プラットフォームのアモビー(Amobee)でプラットフォームおよび分析ソリューション担当アソシエイトディレクターを務めるジェイ・キム氏は、SVOD(定額制動画配信)サービスの広告付きプランが、従来型テレビ広告に深刻な影響を与えるとは考えていない。「従来型テレビ広告の主要な視聴者層(ベビーブーマー世代やX世代)は、ストリーミングサービスの主要な視聴者層(ミレニアル世代やZ世代)とは重複していない。そのため、特定の視聴者層に訴求したい広告主は、依然として従来型テレビ広告の価値を認めるだろう」と、キム氏は言う。
「すべてのコンテンツがストリーミング配信される未来」が刻一刻と近づいてはいるものの、従来型テレビ放送が一夜にして消え去るわけではないと、サンバTVのナヴィン氏も言う。
「従来型テレビは今でも、スポーツやニュースといった生放送の中核的存在であり、こうした番組は、今でも数千万人のオーディエンスを擁している。ひとつの広告購入でこれだけ多くの人々にリーチできる効率のよい機会はますます希少になってきており、新たなメッセージを迅速に市場に広めたいブランドにとっては、今でも大きな価値をもっている」
一方、ザ・トレードデスクなどのアドテク企業は、従来型テレビ放送事業者が自社のOTTサービスへの投資を進めるなかで、広告のデジタル化を進めることを支援している。
「従来型テレビは今後も、OTTに移行していない視聴者の注目を集めるだろう」と、ザ・トレードデスクのウォーターズ氏は言う。ただし、放送事業者と広告主にとっての現在の課題は、視聴者の関心の移り変わりに、どれだけ機敏についていけるかだ。
「OTTの登場により、テレビ広告の本質は変化しつつある。OTTによって、テレビキャンペーンの最適化に初めてデータサイエンスが適用されるようになった。従来型のチャネルでは、このようなレベルの精密さを提供することはできない。データの持つ力に触れるマーケターが増えるにつれて、リアルタイムの最適化が可能なデータ駆動型チャネルへの移行が加速すると予想される。このような変化はまた、すべてのチャネルの広告を比較し測定することを可能にする」
スターコム・オーストラリアのロメオ氏は、ターゲットとするオーディエンスによっては、従来型テレビの価値は失われていないものの、広範な動画エコシステム内での位置づけについては、考え直す時期に来ている、と述べる。
「我々の焦点は、常にオーディエンスファーストであり、プラットフォームはその次だという考えの下、詳細なオーディエンスデータに基づくスクリーンキャンペーンの最適化を提供してきた」と、ロメオ氏は言う。「視聴者の注目を奪い合う熾烈な争いのなかで、オーディエンス・エンゲージメントの実現、キャンペーンの効果、最終的に事業売上にもたらす結果など、それぞれのプラットフォームが果たす役割を理解することがますます重要になっている」
R3の共同創業者でプリンシパルを務めるグレッグ・ポール氏は、ROI(投資対効果)の向上を期待するなら、従来型テレビは望み薄だと述べる。「広告主は、ROIの最大化を求めているが、従来型テレビは、オーディエンス・ターゲティング、広告パフォーマンスの追跡、広告最適化、多様なフォーマットといった機能を備えていない」。一方、アモビーのキム氏は、従来型テレビには、独自の視聴者層や、地域ごとの広告インベントリーの優位性といった、他のプラットフォームにはない強みがあり、広告主は今後もこれらの価値を認めるはずだと主張する。
「こうした強みがあるため、従来型テレビ広告は凋落を免れるだろう。だが、ストリーミングサービス、メタバース、Web3.0テクノロジーの台頭とイノベーションが続くなかで、これらが従来型テレビ広告費にどのような影響を与えるのかについては、引き続き注視していく必要がある」と、キム氏は述べた。