デジタルジャーナリズムでの失敗例を何年も見続けてきたが、今こうして成功しているメディアの話を聞く機会に恵まれたのは大変ありがたいことだ。
世界のビジネスのプロたちに向けたデジタルメディア「Quartz(クオーツ)」が立ち上がって5年になる。運営するアトランティックメディア社は、クオーツが昨年黒字化したと発表。また今年半ばを目処に、現在190名のグローバルチームに68名もの人材を採用することも予定している。
クオーツのプレジデント兼発行人であるジェイ・ローフ氏は、主力商品であるカスタム型ネイティブ広告の平均CPMに、60ドル以上という強気な価格を設定。このレートを過去4年半にわたって維持しながら、広告主維持率90%以上という驚異的な数値を達成している。
キーになるのはユーザー体験
成功の秘訣は「すぐれたユーザー体験」で、実はそれほど特殊な秘策ではない。読者が好みそうな話題を、ユニークな角度から切り込む。記者たちは与えられたテーマだけでなく、自分が入れ込むテーマを自由に掘り下げることができ、それを月間2000万ものユニークビジターが心待ちにしているのだ。
世界中で325,000人に上る読者は毎日配信される無料のメールを通じて、クオーツの興味深いコンテンツに触れることができる。クオーツ以外の記事にリンクされているものも少なくない。メールの開封率は40%にも上るという。
1年前に始めたアプリのダウンロード数は、今や60万に及ぶ。ニュースは独特のチャット形式で配信され、ユーザーが求める量やテーマをチャットボットが絶えず確認しながら、個人の嗜好に合わせて配信する。いわばニュースのキュレーターのような役割を担っているのだ。
クオーツの広告メニュー
このように記事の配信に工夫を凝らすクオーツで、広告がとても控えめなスタイルであることは驚くに当たらない。アプリ上で広告は、ニュースの最後にGIF動画や画像、あるいはチャットの吹き出しのような形で登場し、これがとても好評だとローフ氏は語る。Qz.comの広告のおよそ60%はスポンサードコンテンツで、編集記事のような形に巧緻にまとめられており、ディスプレイ広告を見つけるのは容易でない。
「デジタル広告はユーザー体験を高めるものであるべきで、最低でも受け入れ得るものでなくてはなりません」。香港を訪れていたローフ氏は、Campaign Asiaにこのように語った。「貴重なコンテンツの中に、大きくて大胆で美しい、意味のある広告が置かれているという状態を目指しています。その結果として広告は効果的に機能し、ステークホルダー全員に利益をもたらすからです。読者はユーザー体験を損なわれることなく広告を楽しみ、何かを学ぶことができる。広告主は、高いインタラクション率と広告効果が得られる。そしてパブリッシャーは、通常のバナー広告の10倍、あるいはそれ以上の利益を見込めるのです」
ローフ氏はバナー広告を掲載したことがない。経済的に見合わないだけでなく、負のインセンティブが働き、ユーザー体験を損なうことにつながりかねないというのが、その理由だ。
「もしメディアが広告収入で運営されていて、バナー広告の平均CPMがたった2ドルならば、選択肢は二つあります」とローフ氏。「コンテンツ上にもっと多くのバナー広告を詰め込むか、ページビューを激増させるかです。その結果、扇情的な見出しでクリックを誘発させる『クリックベイト』や、ユーザー体験を損なうポップアップ広告が増えるでしょう。しかし端末がPCからモバイルへと移行する中で、これらの手法はますます嫌がられ、広告はブロックされてしまいます」
クオーツにカスタム型広告を出稿するアジア資本の広告主には、キャセイパシフィック、スタンダードチャータード銀行、シンガポール経済開発庁、NTT、富士通、日立、日本政府などがある。クライアントの半数近くが米国以外の企業・団体だが、そこからの収益は約4分の1にとどまる。アジア市場は、米国と英国に次ぐ3番目だ。
アジアでは、スポンサードコンテンツをはじめとする事業に拡大の余地が残っており、大きな成長が見込めるとローフ氏は考えている。一方、チャットボット技術のホワイトラベル提供(相手先ブランドでのサービス提供)や、モバイルのデザインソリューションなどはマーケターの注目を集めており、新たな収益源として期待できる。人工知能を駆使した「Quartzボットスタジオ」が、ジャーナリズムにイノベーションを起こす事業への助成金をナイト財団から受けて完成し、現在はチャットボットの広告への応用に着手している。
ボットが提供する新たな価値
クオーツの制作部門「Quartz Creative」は、大学院進学の経済的メリットの見極めを助けるインタラクティブな広告を制作した。これは、学生ローンの借り換えサービスを提供する「ソーシャル・ファイナンス」の広告で、役立つ情報をチャットボットが常に与えてくれるため、ユーザーがわざわざ検索する手間を省くことができる。この技術を、例えば空港での煩わしい手続きをリアルタイムに整理してくれる旅行会社のチャットボットなどに応用できるのではないかと、ローフ氏は考えている。
「我々はこの手法を独占的に提供しようというつもりはありません。これは人々の消費やコミュニケーションに、ブランドがより自然に、そして創造的な形で寄り添うことを可能にする手法だと思います」
人工知能への進出は「次なる大きな潮流」への賭けというよりもむしろ、より良いユーザー体験の追求という意味合いが強いだろう。
そのためクオーツがその技術の活用法を、ジャーナリズムに先駆け商用利用について開発することは、期待できなさそうだ。
「我々の考えはシンプル。デジタル時代を生き抜く、高品質で知的で緻密なジャーナリズムを育てていきたい、ただそれだけなのです」
(文:ロバート・サワツキー 翻訳:岡田藤郎 編集:田崎亮子)