ワンダーマン・トンプソン(Wunderman Thompson)が2020年に実施した世界規模の調査によれば、オンラインショッピング利用者の27%が、過去に音声アシスタントを利用したことがあるか、あるいは現在も利用しているという。米国と英国だけでも、音声を使ったeコマースの売上は、アマゾンのスマートスピーカーを主なけん引役として、2022年までに400億ドル(約4兆4000億円)を超える見込みだ。つまり、音声アシスタントを介した消費支出は、18%のシェアとなり、市場の一角を占めることになる。
なぜ音声検索は、これほどまでに短期間で大きなプレゼンスを獲得できたのだろうか。その答えは単純に人間の本性にある。平均的な人で、1日に通常約1万6000語話すと言われているのだ。エンターテインメントの分野では、スマートスピーカーやアマゾンの「Fire TV Stick」などのデバイスの利用者が増えており、すでに音声検索への大規模なシフトが起こっている。
フォレスター・リサーチ(Forrester Research)によれば、米国ではパンデミック後にeコマースの売上が20%増加し、ミレニアル世代のほとんどの人にとって、デジタルが普通のショッピング手段になっているという。また、デロイト(Deloitte)のレポートによると、パンデミック後にショッピングモールを利用する人の割合は、これまでの24%から12%にまで減少する見込みだ。買い物客側の健康と安全への懸念から、非接触のショッピング手段に対するニーズが高まっており、2021年にこの流れが途絶えることはないだろう。
ここで、筆者の会社が手がけた興味深い事例を紹介しよう。食品会社のモンデリーズ(Mondelez)が、消費者に「キャドバリー・デイリー・ミルク・シルク」の購入を促すため、アマゾンの「Alexaスキル」を利用し、自宅にいながら、大切な人にバレンタインデーのサプライズを届けるユニークな方法をアドバイスするというキャンペーンを展開したのだ。
このスキルは、ユーザーが「アレクサ、遠く離れた人に愛を伝える方法を教えて」と言うだけで、アレクサがユニークなアイデアを提案してくれる。カップルを幸せな気持ちにさせる3つのアイデアを提供した後、さらに続けて、チョコレートバーの「キャドバリー・デイリー・ミルク・シルク・ハート・ポップ」をアマゾンのショッピングカートに入れるか、と尋ねてくるのだ。ユーザーが「イエス」と答えると、そのチョコレートバーの内容と価格を音声で説明してから、それをカートに追加するという仕掛けだ。
ブランドがAlexaスキルを利用して、商品を直接カートに追加できるようにしたキャンペーンは、インドではこれが初めてだった。音声でスムーズに商品を注文できる、このような仕組みは、ブランドにとって、今まで見られなかったまったく新しい音声コマース体験への道を切り開くものだ。しかもこのスキルには、バレンタインデーの準備を忘れないようにリマインダーを設定するかをユーザーに尋ねる仕掛けもあった。ユーザーがこの設定をオンにすると、バレンタインデーが近づくのに合わせて、アレクサから定期的にリマインダーが送信された。
インドで食料品の販売を手がける大手eコマースプラットフォームのジオマート(JioMart)は、音声AIを早くから導入した企業の一つだ。同社は多言語対応の音声アシスタントを提供して、商品の検索、発見、購入をアプリでスムーズに行えるようにしている。このAIアシスタントの利用者はすでに100万人を超えており、閲覧から購入までのコンバージョン率が50%向上したという。
音声コマースは、その効果の高さと効率の良さで、世界中のオンラインショッピング体験を変革しようとしている。音声AIがあれば、オンラインショッピングの利用者は、実店舗の店員に声をかけるように気軽に音声アシスタントに話しかけて、目的の商品を探したり、お勧めの商品やアドバイスを尋ねたりできる。検索結果の絞り込みや並べ替えをしたり、オプションを比べたりすることも可能だ。さらに、商品の詳しい情報を確認したり、条件に合った商品や一緒に購入すべき商品を調べたりして、買い物を最後まで楽しめる。これからの買い物客は、同時に複数の要望をeコマースアプリに伝えて、人間の店員に頼んだときと同じように、最も要望に近い商品を見つけてもらいたいと思うようになるだろう。ブランドは、このようなAI機能を活用して顧客に満足感を与えることで、コンバージョン率を高めて売上を向上させ、新規ユーザーの獲得につなげることができる。
eコマースの責任者は今年、顧客体験における次の4つの大きなトレンドを頭に入れておく必要があるだろう。
1. 小売業者は、広告のためだけでなく、さまざまなタッチポイントでエンドツーエンドの商取引を増やすために、これまで以上にオムニチャネルでのプレゼンスを維持する必要があるだろう。
2. 音声によるシームレスでインタラクティブな体験が、音声アシスタントの利用者の増加と相まって、音声コマースをけん引するだろう。
3. 適切なパーソナライゼーションは、顧客エンゲージメントを向上させるだけでなく、顧客の時間と手間を節約するだろう。
4. パンデミックの影響で非接触型ショッピングへの需要が高まった状況は、2021年以降も続くだろう。
会話型AIは、eコマースブランドがこの4つのトレンドに対し、すべてで成果を上げ、2021年以降も時代を先取りするために欠かせないパズルのピースなのだ。
ニライ・ルパレル氏は、グループM・メディア・インド(GroupM Media India)のモバイルおよび最新技術責任者で、WPPインド(WPP India)の音声アシスタント部門の責任者も務めている。2019年には、Campaign Asia-Pacificが毎年発表する「40 Under 40」(40歳以下の40人)に選出された。