Adrian Peter Tse
2016年5月26日

アジア・マーケット点描 ~ タイ:新たなクリエイティビティーの台頭

アジアの広告業界で、タイは常に際立った存在感を放ってきた。そのクリエイティブ・パワーが今、広告代理店から新世代の独立したクリエイターたちに移行しつつある。時代の勢いに乗る彼らは皆、起業家精神に富み、旺盛な発信力を備えていることが特徴だ。

アジア・マーケット点描 ~ タイ:新たなクリエイティビティーの台頭

「ストリートアートやローカライズされたスタイル、経済的豊かさの表現、一層の市場細分化、そして中小企業の台頭……。これらはすべて、タイのクリエイティブ業界に限らず、より広くビジネス界に多大な影響を及ぼしているトレンドです」
「Y&R タイランド」社で戦略・開発部門の責任者を務めるキティポン・ベーラタエチャ氏はこう語る。
「独立したクリエイターたちは、スケールが小さくても大きなインパクトを生むプロジェクトに強い関心をもつ。
彼らの中のトレンドは、自己を高めていくことと価値観の『再定義』。この国で培った独自の知恵と彼らの若さが、強い影響力を発揮し始めています」

「ウィー・アー・ソーシャル」社の2016年版「グローバル・デジタルトレンド・レポート」によると、モバイル・インターネットの利用時間でタイはトップを占め、1日平均3.9時間に及ぶ。
ベーラタエチャ氏は、この現象はすでに定着し、新たな意味を生み出していると指摘する。
ソーシャル・メディアへの信奉がより深まるにつれて、若いクリエイターたちの間では富や名声といった成功へのより大きな渇望を生み、起業への原動力を勢いづかせているのだという。

「レオ・バーネット・タイランド」社 のエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター、パルジュ・ダオライ氏は、こうした傾向が明らかに広告業界に波及効果をもたらしていると言う。
「ユー・チューバーやクリエイターだけでなく、起業家やライター、アーティストといった様々な人々が新しい企業を次々と立ち上げています。
彼らは自ら評判を築き上げ、自らアイデアを具体化し、自らのの影響力を確かめた後で事業を始めるのです。コミュニティーの牽引者としての、尊敬の念も集めていますね」

昨年タイでは、広告業界以外の人々が手がけるクリエイティビティーに関するワークショップやセミナー、大がかりな展示会が数多く催されたという。政府もまた、クリエイティビティーの価値を浸透させるキャンペーンや教育を積極的に展開している。

「マーケターなど多くの人々が、このようなワークショップに参加しています。クリエイティビティーをテーマにした本やメディアも増えています。独自にクリエイティビティーを学ぶことが、大きなブームになっているのです」
こうした状況に、広告業界は決して安閑としてはいられない。ダオライ氏は続ける。
「我々が進歩しなければ、クライアントは広告代理店を使わなくなるかもしれません。Facebook向けにクールなコンテンツを生み出し、人々の支持を得、商品を売って儲けを得る。そのような人たちがどんどん増えているのです。
今や、誰もがクリエイティブになれる時代になりました。そして誰もが簡単に、同じ情報にアクセスできるのです」

停滞するデジタル

タイが遅れをとっている分野は、デジタル・マーケティングにおけるクリエイティビティーと、それをいかに効果的に活用するかという知恵だろう。
「JWT タイランド」社でクリエイティブ部門の責任者を務めるサティット・ジャンタウィワット氏は、「まだ発展途上の段階にある」と言う。
「タイはかつて、世界トップクラスのクリエイティブな広告を生み出してきました。しかしデジタル時代に突入し、広告代理店もクライアントも消費者の急激な変化に追いつくのに四苦八苦したのです」
「宣伝的な要素を盛り込んだ口コミ動画を作りたい、といった見当違いな要求をするクライアントもまだ少なくありません。そんなものを作っても、消費者はすぐに単なる広告だと見破ってしまうでしょう」

「グーグル・タイランド」社のマーケティング部門責任者、ピート・ヌチャナタノン氏は、ジャンタウィワット氏よりも楽観的だ。
「もしYouTubeのランキングにタイの広告が3本入っているとすれば、それらは100年以上の間、人々の目に触れていたということになるでしょう。何百万人ものユーザーがそれらの広告をスキップしなかったということは、ブランドにそれなりの愛着をもっているということです」

「JEHユナイテッド」社のオーナー兼会長であるジュリーポーン・タイダムロン氏は、ページビューや視聴時間で宣伝効果を判断するのは正しい見方ではなく、より厳正な基準を適用すべきだと言う。
「我々のクリエイティブのプロセスに欠けているのは、専門的な技術者です。
ただ明るい兆しは、新たな課題に取り組むブランドが増えていること。単に口コミに頼るコンテンツを作るのではなく、テクノロジーにより注力し、消費者の抱える問題をいかに解決するかということに腐心しています」

アジア・太平洋地域における2015年度のYouTube広告で、トップ10のうち3本がタイで作られた。いずれも広告というよりは、ショート・フィルムのような長い作りだ。
以下がそれらの作品;

クリエイティブの可能性

デジタルに関して、ブランドは徐々にではあるが、結果を重視するようになりつつある。
ダオライ氏はこう述べる。
「マーケターにとって認知度は今でも重要な基準ですが、デジタルやソーシャル・メディア・マーケティングの予測と分析を、リアルタイムで欲しがる傾向が強くなっています」
「以前は、ビデオやキャンペーンが1,000万から2,000万ページビューを達成すればブランドは満足していました。今や、彼らはページビューを簡単に『買う』ことも、フォロワーの多いファンのページに映像を出す術も知っているのです」

と同時に、同じ手法を繰り返すだけでは効果が出ない、ということもブランドは学びつつある。
その良い例が、若者のカルチャーをテーマにした人気ドラマシリーズ「ホルモンズ」だ。初めの2シーズンはYouTube限定だったが、LineTVでシーズン3以降の放送が始まると、その人気は着実に落ちた。ダオライ氏は言う。
「ブランドには良い教訓だったでしょう。同じフォーミュラを使って成功を繰り返すことは、極めて困難なのです。LineTVはホルモンズのシーズン2ではなく、3を流した。シーズン1は大ヒットでしたが、Lineが手にしたのはシリーズの終盤でした。
同じ題材もより刺激的で面白いものに変えていかなければ、タイでは成功を収めることはできないのです」

タイではこの数年、斬新なクリエイティビティーがほとんど見られなかった、とも彼は指摘する。
「残念なことに、そうした作品を生んだブランドや広告代理店を一つとして挙げることができません。
最近の大きなトレンドはギミック色が強く、注目を集めるためにブランドが社会実験のような広告を作ったり、物議をかもすようなビデオクリップを流したりする傾向がありますね」
また、わざわざネガティブな議論を引き起こしてブランドの露出度を高める、という手法も見受けられるという。

ドタバタ劇やメロドラマ調のものも、依然としてクリエイティブの主流だそうだ。
「これは決して悪い流れではないと思います。タイ人はメロドラマが大好きで、すぐ登場人物に感情移入してしまうのです。
我々は感情表現が豊かである反面、内向的。外見は熱狂的に映っても、その内面はとても物静かなのです。正反対の要素を持ち合わせていると言えるでしょう」

クリエイティブ界が今の壁を乗り超えるには、制作の過程を大きく変える必要がある、とも指摘する。
「工場の生産ラインのようなやり方では、最早通用しません。
ありふれた言葉ですが、時は金なり、です。特に今の時代は。
もしあなたの友人がクライアントにいたら、広告代理店がアイデアを出してそれを実現させるまで、どれほど待たされイライラさせられるかを、率直に言ってくれるでしょう。クライアントにストレスを与えれば、そのクライアントは離れて行くのです」
営業、企画から戦略、クリエイティブに至るまで、広告代理店の仕事のプロセスは硬直化し、時間がかかり過ぎているのだ。

「レオ・バーネット・タイランド」社は最近、デザイン思考をより広げるための実践的ワークショップをデザイン会社の「イデオ」と共同で行った。
「タイでのデザイン思考はまだ始まったばかりで、軌道に乗るまでには時間がかかるでしょう」とダオライ氏。
「今は経済が低迷しているので、ブランドは仕事を正式に発注する前に、低予算でやれることをいろいろと試している。言わばテスト期間です。我々も新しい経験を積んで、いろいろと学んでいる。状況がまた良くなれば、タイのクリエイティブは新たな力を得て復活した、と実感できるに違いありません」
「今の明るい側面は、人々がかつてないほどクリエイティビティーやデザインの価値を認識し始めているということ。こうした価値観が育つことは、長い目で見ればこの国に大きな利をもたらすでしょう」

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Campaign Japan

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