米AIスタートアップ「オープンAI」が開発したチャットGPTはデジタル広告業界、特に検索広告に多大な影響を及ぼすとされる。
この自然言語処理のツールは、ユーザーからの質問に対し極めて正確に、あたかも人間のように答える。こうした能力はより正確なターゲティングとパーソナライズ化された広告を実現し、グーグルなどの寡占状態にある検索広告市場を一新する可能性がある。
例えばチャットGPTを検索エンジンに組み込めば、各ユーザーのニーズや関心に応じた広告キャンペーンが作成できる。その文章力は人間並みで、エンゲージメントと購買率を高めるのにも効果的だ。
その一例が、米携帯電話会社ミントモバイルのキャンペーン。同社共同所有者である俳優のライアン・レイノルズ氏が広告コピーの作成をチャットGPTに指示、条件としてジョークと罵り言葉、ホリデーキャンペーンの告知を含めるよう命じた。結果は以下の動画の通り。レイノルズ氏の言葉を借りれば、「不気味でちょっと怖い」くらいの出来栄えだ。
このキャンペーンは新たな顧客獲得に貢献、ブランド認知度とエンゲージメントを高めた。チャットGPTによるユニークなコンテンツがマーケティングの成功を証明したのだ。
カスタムオーディエンスソリューションを提供するディスティラリー社アジア太平洋地域ディレクター、サイモン・ハーン氏は、「広告リンクをクリックする以外の選択肢をユーザーは与えられるので、グーグルやメタのビジネスモデルを破壊する可能性がある」と話す。「ただし短・中期的影響を巨大テック企業に与えても、業界を覆すようなことにはならないでしょう」
その理由は、「まだ生まれたばかりの技術で、マイクロソフトにどう組み込めばいいか、どう収益化すればいいかといった点が不透明」。さらにチャットGPT自体の情報力が不十分で、「『真実』への理解度が足らず、偽情報を拡散してしまうリスクがある」。長期的成長はまだ見込めないという。
「『ググる』という言葉はすでに日常言語になっており、これからも多くの市場は人気の高い既存の検索エンジンを使い続ける。AIでパワーアップしたからといって、すぐにビング(Bing、マイクロソフトの検索サービス)に切り替えますか? 疑わしいところです」
「この数年、Z世代に人気のあるティックトックのようなプラットフォームが台頭した。検索エンジン市場はすでに細分化されています。これからも革新的プラットフォームは登場してくる。巨大テック企業はすでに各々のバージョンのチャットGPTを開発しています。グーグルはすでに新製品の一般公開を発表しましたが、各社がどう自社の広告プラットフォームに組み込むのか興味深い」
アドテク企業ケッチ(Ketch)の共同創業者でCEOを務めるトム・チャベス氏は、グーグルがチャットGPTを「ビジネス上の最大の脅威」として位置付けていることに着目する。
「チャットGPTの出現で、従来型の検索エンジンはイノベーションの必要性に迫られている。取って代わられる潜在力を持っているからです。主要事業である検索エンジン市場で20年以上も支配的立場にいたグーグルは、初めて深刻な脅威にさらされている。同社幹部も『チャットGPT対策は将来的な死活問題』と認めています」
「チャットGPTによって新しい製品・サービスを求める人々の検索方法が根幹から変われば、ディスラプター(破壊的革新者)がディスラプション(破壊的革新)の脅威を受けることになる。消費者行動は常に新しいデバイスやテクノロジー、ソーシャルメディアを求めて、頻繁に変容します。デジタル広告のエコシステムはこうした消費者に追いつくことで、そのニーズを満たしてきた」
「もし検索広告の時代が終わるのなら、業界は広告を表示する新たな機会を見出さねばならない。しかしこうした変革は、これまでも起きてきました」
統合デジタルネットワーク企業STLのチーフマーケティングオフィサー、マニッシュ・シンハ氏は、チャットGPTの出現を「『破壊的革新』という言葉で表すのは不十分」と話す。「グーグルの広告収入は親会社アルファベットの総売上の80%以上を占めている。チャットGPTが市場に普及すれば、同社の収益に大きな影響を及ぼします」
「他の検索エンジンと違って、チャットGPTはユーザーに関連リンクを示さない。その代わり、何千というサイトから厳選した1つの答えを、まるで人と会話するかのように自然な形で提供します。ユーザーは、解答を得るまでのムダな作業が一切省ける」
反対意見もある。コミュニケーションテクノロジー企業アーンプ(Aampe)の共同創業者、ポール・マインシャウセン氏は、「グーグルが衰退することはない。チャットGPTの出現で、むしろ業績を伸ばすこともあり得る」と話す。
「今盛んに言われているチャットGPTの利点は、テキスト形式で実践的かつ簡潔な『答え』が見つかるということ。しかし検索結果がどれくらい本当にそうなのか、疑問は拭えません。新しい技術だからこそ、しばらく様子を見る必要がある」
「グーグルの検索機能にもこの数年間、批判が高まっていました。これからはレディット(Reddit、米ソーシャルニュースサイト)がグーグルに取って代わるという意見さえ出た」
「グーグルへの風当たりはすでにショッピング検索で強かった。2019年には、アマゾンが検索事業におけるグーグルの地位を奪いつつあるという声が出ました。エンターテインメント分野でも昨年9月(チャットGPTが発表される直前)、ニューヨーク・タイムズが『Z世代にとっての新たな検索エンジンはティックトック』というコラムを掲載しています」
さらに同氏が懸念するのは、チャットのインターフェースがどのようにインベントリのユーザーインタフェースと置き換わるかという点だ。参考になるのは、ワッツアップコマース(WhatsApp Commerce)だという。
「消費者はチャットのインターフェースから製品を購入したいと思うでしょうか。ワッツアップのやり方が成功しなければ、チャットのインターフェースが従来型のeコマースと競合するとは思えない。テキストやチャット形式には明らかに限界があります」
「だから多くの人々が言うように、グーグルが致命的ダメージを受けたり、コダックやヤフーのような衰退の道を辿ったりするとは思えないのです」
マイクロソフトの参入
マイクロソフトとオープンAIは2019年に戦略的パートナーシップを結んだ。この契約の下、オープンAIはAIの調査・開発のためにクラウドサービス「マイクロソフトアジュール(Azure)」を優先的プラットフォームとして使用している。
両社は複数のプロジェクトでも協働。アジュール上でのGPT-3モデルの展開や、AI開発者のための新たなプログラミング言語「イコーリティ(Equality)」の開発などを手がける。
また、マイクロソフトはオープンAIに100億ドル(約1.3兆円)規模の投資を行うと発表、ワード(Word)など自社製品のチャットGPTへの統合を目指す。その一例が、ビングの検索エンジンの新バージョンだ。チャットGPTのAI機能を活用し、関連リンクを表示するのではなく、ユーザーの質問に直接的に解答する。
チャットGPTのビングへの導入は、「広告業界に波紋を投げかける」とシンハ氏。それでも、「大きなうねりになるかどうかはわかりません」。
「ビングがコンテクスト(文脈)やユーザーの意図をより正確に理解することで、検索結果もより正確になる。さらに、自然言語検索や会話体での応答も普及していくでしょう」
「この進化によって『検索エンジン結果ページ』の時代が終わり、音声アシスタントの技術で画期的なイノベーションが起こり得る。進化に対応できない企業は大きく出遅れることになります」
メディアエージェンシー、ヴェイナーメディアでアジア太平洋地域担当マネージングディレクターを務めるティム・リンドリー氏は、「ビングは長い間グーグルの陰に隠れてきた。マイクロソフトがチャットGPTを活用して、新しい検索エンジンを創出するのは素晴らしいこと」と話す。
「検索エンジンとしてのビングに改めて光が当たり、最初のうちは注目を集めるでしょう。ただ人々の関心が長続きするかどうかは、ビングの経験値の積み重ねとグーグルの対抗策次第」
「検索エンジン市場のシェアで大きな動きがあれば、広告費でも経済的シフトが起きる。ビングは近い将来、広告主が活用しやすい割安なプラットフォームになる可能性がある」
「広告費はPV(ページビュー)とクリック数に比例します。消費者がビングに切り替えれば、結果は言わずもがな。広告のバイヤーは最適なプラットフォームを優先して、予算の再配分を強いられる」というのはハーン氏だ。
「問題は、マイクロソフトがAIの応答に基づいた有料広告を提供するかということ。そうなれば、一番高い広告費を払ったブランドがAIの応答をコントロールするのか。あるいは 、関連する製品・サービスのリンクにAIがユーザーを誘導した時点で金額が派生するのか……こうした点はまだわかりませんが、何らかの形で収益化する術を編み出すはずです」
チャベス氏はこう話す。「一定のレベルであっても、チャットGPTは業界に破壊的革新をもたらす新たなテクノロジーの1つ。グーグルがページランク(ウェブページの人気度・重要度のランク付け)を導入して、検索エンジンのビジネスを根底から覆した時と同じです」
「グーグルと争うために、マイクロソフトがチャットGPTを『武器化』するという見方もある。検索エンジン市場のトップシェアがグーグルからマイクロソフトに変わるきっかけになるのでは」
コンテンツとSEOに起きること
ミントモバイルの広告に話を戻そう。レイノルズ氏のリクエストにきちんと応えたチャットGPTの仕事振りは、確かに「ちょっと怖い」ほど印象的だ。
「この広告を見れば、ブランドやエージェンシーはチャットGPTの様々な応用法がわかる」とチャベス氏。「例えばチャットGPTを使って脚本を書き、それをシンセシア(AIによる動画制作プラットフォーム)に入力すれば、簡単に動画が作れるのです」
では、チャットGPTはクリエイティブメディアエージェンシーの役割を奪ったり、縮小したりするのか。「それは疑わしい。いずれにせよ、すぐそうなることはないでしょう」
「しかし、イノベーティブなアイデアを拡張したり、コンテンツをあらゆるメディアチャネルに対応させたりすることは可能。30秒スポット用のコンテンツを15秒に再編集したりすることです。言い換えれば、コンテンツ制作にかかるコストや時間が縮小され、効率化する」
ハーン氏のディスティラリーではチャットGPTを多用してきた。が、最近ではクリエイティブやコピーライターの間でその傾向が弱まっているという。
「クリエイティビティーをさらに飛躍させたり、考えが煮詰まったりしている時にチャットGPTは正しい方向性を示してくれる。ただし、完璧な答えを用意してくれるわけではありません」
「人間のチェックは今も必要で、それに勝るものはない。残念ながらチャットGPTは、我々のクライアントの特徴や、長年の関係から会得した微妙なニュアンスを理解することはできません」
「広告主のためにも、我々は新たなテクノロジーやプラットフォームを試してみなければならない。しかし、それらに100%頼ることはできません。新しいテクノロジーは往々にして、人間にしか気付かないミスを犯す。頼り過ぎれば思わぬ結果となり、その責任を取らねばならなくなります」
「特にコピーで使われる言葉が不適切だったり、著作権に違反したりという問題は起きやすい。今後そうした事例が出てくると思いますが、リスクを恐れるブランドはエージェンシーの責任を問う。そうなれば、エージェンシーにとっては後の祭りです」
検索エンジン最適化(SEO)については、「ユーザーがどのような方法で検索するかは、広告主はコントロールできない。チャットGPTへの評価はコンテンツ制作で決まるのでは」とマインシャウセン氏。
「SEOはあくまでも検索エンジン内での競争。ユーザーとのエンゲージメントを深めたければ、ブランドは中味で勝負しなければならない。チャットのインターフェースで答えを出すのはAIです。だからブランドは、検索エンジンが優先してユーザーに提示するようなコンテンツを作らねばならない」
だが同氏は、AIによって「質の低いコンテンツが急増する可能性も否定できない」という。
「ただし、検索エンジンに使われるAIはコンテンツの質を見分ける力が優れているという楽観的な見方もできる。いずれにせよ、しばらくの間は広告主がコンテンツSEO(質の高いコンテンツを継続的に発信し続け、検索エンジンから集客を目指す手法)を大規模に強化して競争していくのでは」
パーソナライズ化された質の高いコンテンツが増えることは十分考えられる。
例えば、旅行サイトでホテルを探すとしよう。現在表示されるのは旅の目的にかかわらず、画一的な紹介文だ。それがよりバラエティーに富んだ内容の濃い提案に変わり、休暇目的の人、商用の人それぞれに適切な情報を提供できるようになるだろう。
広告におけるチャットGPT
チャットGPTはデジタル広告の未来を担うという期待がある一方、現段階での判断はまだ時期尚早という声もある。
業界にとっての大きなリスクは、制作物がみな平均的なものになってしまうことだ。チャットGPTが優れたコピーやシナリオを生むのであれば、やがて誰もが使うようになるだろう。
全てが同じソースから生まれるようになれば、「クレイジーな、画期的アイデアはどうなってしまうのか」とハーン氏。
「今は実験段階。我々もチャットGPTを使ってストーリーブックを制作しました。この作品もミントモバイルのキャンペーンも、時代の波に乗り遅れまいと作られた。しかし、やがては新鮮味も薄れていきます」
「エージェンシーが今後どのように活用するのか、非常に興味深い。クリエイティブに要する時間が減り、関わるスタッフが減ってもこれまでと同じ金額をクライアントに請求できるのなら、どのエージェンシーもチャットGPTを導入するでしょう。しかし、クライアントはそれで納得するのか。大いに疑問です。AパターンやBパターンなど、厳選した作品をこれまでの10倍くらい提示すれば、クライアントも納得するかもしれませんが」
シンハ氏は、「チャットGPTを利用することで、ブランドはデジタルマーケティングとコンテンツ戦略をより迅速に改善できる」という。
例えば、カスタマーサポートの最適化。パーソナライズ化され、適切なタイミングで情報を提供し、顧客からの質問には豊かな知識で対応する。チャットGPTはこのプロセスを繰り返すことでデータを集積し、各顧客の嗜好を把握するのだ。
「この情報を活用することで、マーケターはオーディエンスの悩みや嗜好に直接的に働きかけるキャンペーンをプランニングできるようになります」
(文:ショーン・リム 翻訳・編集:水野龍哉)