有名人を起用したテレビCMを頑なに守り通す日本だが、オンライン動画コンテンツの可能性に徐々に気付き始めているようだ。その流れを後押しするのが、「ブランデッドショート(Branded Shorts)」だ。都内で6月7、8日の2日間にわたり開催されたこのイベントでは、国内外の作品が上映され、優秀作品が表彰された。
6月7日には今年度の「Branded Shorts of the Year」の2作品が発表された。日本からはトヨタの「The World is One」、海外からはカナダの文房具小売会社テイクノート社 の「Notes」がそれぞれ受賞した。対極にあるような2つのブランドだが、それぞれ感動を呼ぶ作品となっている。トヨタは、初めて車を運転した時などの、世界の若者に共通する喜びを表現。「Notes」は、恋人になった男女が結婚し、紆余曲折を経てやがて老年期を迎えるまでの様子が、手書きのメモのやり取りで描き出されている。
この2作品を含む優秀作品が際立っているのは、企業や商品をそのまま宣伝するのではなく、企業の哲学や社会へのコミットメントを伝えようとしている点にあると、審査員長を務めた映画監督の崔洋一氏は語る。
これらの作品は審査員たちに、ノスタルジア、ほろ苦さ、悲しみなど、15秒のテレビCMではなかなか味わうことのない感情をかき立てた。審査員を務めた電通のエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター、高崎卓馬氏は作品を総括するコメントをした。
高崎氏は長年、15秒や30秒のテレビCM制作に関わってきたが、「この分野は今、崩壊しつつあります」と発言。「私の仕事はブランディング動画に移りつつあります。ブランディング動画にはまだ定義が定まらないあいまいな部分もありますが、新しいもの、革新的なものは混沌とした中から生まれるもの。我々の中にあったCMの概念を打ち壊す、とても刺激的な分野だと思います」
このコメントを、テレビCMの売上が依然大きな部分を占める電通のクリエイターが発したことは、大きな意味があるだろう。無論、テレビCMが今すぐ消えていくわけではないが、クリエイティブに関わる人たちにとって、ショートフィルムのフォーマットがもたらす表現の可能性は、魅力的に映るようだ。
「CMが始まると、テレビを消します」と話すのは、審査員の一人であるエッセイストの犬山紙子氏。「でも、今回の受賞作品はどれも一風変わっていて、好奇心をくすぐられ、もっと見たいと思わせてくれるものばかりでした。ごく自然にストーリーに魅せられ、自分がその一部になったように感じることができました」
よいブランディング動画の条件を明確にすることは、あらゆる領域におけるクリエイティブの成功要因を明らかにすることと同様、容易でない。審査員で映画監督の行定勲氏によると、受賞作品は「もう一度見たいと思わせる何かや、別の視点から考えさせる何かがあった」という。
会期中に行われたカンファレンスでは、4名のディレクターやプロデューサーがブランディング動画の未来を語り合った。映画監督のYuki Saito氏は、ブランドからのオンライン動画への需要は急速に伸びていると話す。Bloom&Co.のCEO、彌野泰弘氏によれば、動画制作の予算は増えているものの、日本はまだ世界の10分の1という水準だそうだ。ブランディング動画の伸びによって、必ずしもプロデューサーたちが潤っている訳ではない。海外の一例では、2010年のワールドカップをもとに作られ評判となったナイキの動画「Write the Future」の制作費を全く受け取っていないことを、英インディペンデントフィルムズ社のマネージングディレクター、ジャニ・ゲスト氏が明らかにしている。
ブランディング動画の発展のためには、無論こんなことがあってはならない。しかし一方で、ブランディング動画の持つクリエイティブの自由さが最も大切だと、パネリストたちは口を揃える。また、ブランディング動画の領域から意義あるものが生み出されるためには、映像制作の技巧の部分にも改めて注目する必要があると、ディクショナリーフィルムズ社のエグゼクティブ・プロデューサー、ピーター・グラス氏は語る。最新技術の可能性ばかりが注目され、技巧が軽んじられている傾向を感じているという。「優れたアイデアも、拙い技巧で制作されれば、人の関心を引く作品にはなりません」
パネリストたちは自身が手掛けた作品も紹介。グラス氏はディーゼルが日本向けにローカライズした作品、ゲスト氏は「Write the Future」、Saito氏は2015年ミラノ国際博覧会の来場者に日本の食事の作法を伝える動画「しゃぶしゃぶスピリット」、そして本広克行氏は自身の体験をもとにしたスカイマークのコメディーシリーズを披露した。
「ブランデッドショート」は、1999年に始まった「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」からスピンオフする形で、昨年スタートした。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:岡田藤郎 編集:田崎亮子)