ドナルド・トランプ氏が正式に大統領に就任すれば、新たに深い亀裂が米政府に生まれることとなる。今後は、政治に口出ししてしまったことを後悔するブランドが出てくるかもしれない。トランプ氏支持者と思われたブランドは、既にその反動を肌で感じている。トランプ氏の陣営に125万米ドルの献金をしたペイパルの創立者ピーター・ティール氏も、そうした一人だ。ティール氏のビジネスは今、リベラル色の強いシリコンバレーのIT業界やソーシャルメディア上で忌み嫌われている。
反トランプ派は、トランプ氏が根に持つタイプではないことを祈るしかないだろう。オバマ氏よりもトランプ氏を支持していると報道されたニューバランス(スニーカーのブランド)は、製品が焼かれたり捨てられたりする事態に直面し、釈明せざるを得なくなった。
同社が意見を述べたのは、現政権が後押ししておりトランプ氏が反対するTTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)に対してのみである、と説明した。さらに同社は、社会的価値と寛容を旨としていることを改めて強調し、「all walks of life(あらゆる属性の人々)」を支持することを、ソーシャルメディアのフォロワーに対して約束した。
その一方でメキシコ出身のF1ドライバー、セルジオ・ペレス氏は、米サングラスメーカーのホーカーズとのスポンサー契約を破談にした。メキシコ国境に壁を建設するトランプ氏の計画に関連して、同社がメキシコ人を茶化したツイートを投稿したことが理由だ。ペレス氏は「メキシコとメキシコの人々が最優先。母国をばかにされて黙っていることはできない」と語る。
過去にトランプ氏に反論したことの影響を感じているブランドもある。ミントタブレットのチックタックも、そうした一つだ。自分がいかに美女にもてるかを菓子に例えたトランプ氏の自慢話に言及して、チックタックは「まったく不適切で容認できない」と意見を述べていた。
一方で、トランプ氏支持者をレモンに見立てた広告をリリースしたベン&ジェリーズの見識に、疑問を投げかける声もある。トランプ氏の支持者は既に立ち上がり、米ソーシャルニュースサイト「レディット」で、クリントン氏を支持すると思われるブランド、もしくはリベラルな理想を掲げるブランドへのボイコットを呼びかけている。
ボイコットの対象となったブランドはデル、ドリームワークス、ネットフリックス、ペプシコなどだ。ペプシコのCEOインドラ・ヌーイ氏は「イスラム教徒や移民、LGBTに排他的な姿勢をとるトランプ氏の勝利で人々が不安になっている」と語る。
またトランプ氏は、大手広告主や媒体社が今後試練に直面するだろうと示唆している。同氏はアップルの中国での生産をたびたび非難してきた。さらに、アマゾンに対しても、独占禁止法違反と税務について捜査を行うと脅している。AT&T の、目前に迫ったタイムワーナーの買収(総額850億米ドル)にも暗雲が立ち込めている。「権力が集中し過ぎる」として、トランプ氏の怒りを買っていたからだ。それだけではない。トランプ氏関連の番組の放送を、同氏の移民・貿易政策を理由に取り止めたNBCユニバーサルやユニビジョンはどうだろう? メキシコ移民に関する差別的な発言を理由に、同氏との11年間にわたる紳士服のパートナー契約を解約したメイシーズは? 同氏はメイシーズが「大変不誠実な会社」であるとツイートしている。
こうした騒動が私たちに投げかけるのは、ブランドは政治色を示すべきなのか、という疑問である。それがたとえ、どの国のブランドであったとしてもだ。
政治家
ダミアン・コリンズ氏/英保守党下院議員、元M&Cサーチ アカウントディレクター
「政治的な立場を示すことは、ブランドの権利だと思います。なぜなら、ブランドは社会の一員であり、社会的に重要な課題に対応しなくてはならないからです。これは私自身が去年、国際サッカー連盟(FIFA)の改革とゼップ・ブラッター会長の解任を呼びかけるキャンペーンに関わった経験からも言えることです。疑惑の解明を強く求めるようFIFAの主要スポンサー企業を説得したことが、キャンペーンの成功要因でした。社会問題が報道関係者の手によってのみ取り上げられる時代は終わりました。今日のブランドは消費者の意見に、より敏感にならなくてはなりません」
エージェンシーのトップ
ベン・フェネル氏/バートル・ボーグル・ヘガティ(ロンドン)CEO
「巨大な権威に対する消費者の信頼が薄れつつある今日、ブランドの役割は大きく、良き企業市民であることを示さなくてはなりません。これについて当社は、バークレイズなどのクライアントとこれまで議論を重ねてきました。しかし、ブランドが政治にまで関わるのは、やり過ぎです。政治は感情を伴う非常に個人的なものであり、企業が社員や消費者を代弁できると考えるのは間違っています。ブランドのこうした態度が消費者の間で強い反感を呼ぶことが、ニューバランスの一件からも分かります」
マーケター
マット・マクドゥエル氏/東芝 欧州マーケティングディレクター
「政治的な立場を示すべきかどうかは、ブランドにもよります。特に、チャリティーを行うなど左寄りの評価が高いブランドには、政治的なメッセージを発信する大きな自由があるといえます。しかし政治の世界は常に動いており、それに合わせてブランド戦略をいつも変えていく訳にはいきません。消費者に近い存在であるべきコンシューマーブランドでは、政治的な関わりは極力避けるべきです。しかしながら、トランプ氏勝利のニュースの影響はあまりに広範囲に及び、またそれに対する人々の感情移入も深いため、ある意味では政治の域を越えています。それだけにブランドは、一切の関わりを持たないことこそが一層重要なのです」
チャリティー
ケイト・ロバートソン氏/ワン・ヤング・ワールド創設者、元ハバス・ワールドワイド共同社長
「何かを裁く行為はブランドにとって非常に危険な行為です。ブランドが政治的な立場を示すのは、基本的な自由が脅かされたり、民主的なプロセスが阻害されたりする場合に限定するべきです。現在起こっている事柄から距離を置く必要があると感じた時は、粛々と進めるべきです。それでも何かを支持すると決めたら、まずは自分たちの組織体制が整っているかを確認した方がよいでしょう。職場に差別は無いか? 雇用方針に非難されるような問題点は無いか? マーケティング予算は、使い方次第で大きな効果を生み出します。しかしこれを組織の崩壊のために使っても、得るものはありません」
(文:ジョン・タイリー 翻訳:高野みどり 編集:田崎亮子)