
ドナルド・トランプ大統領の2期目の就任からわずか1カ月で、トランプ政権と報道陣の関係は激しく揺り動かされている。
「トランプ政権の多くの政策と同様、ホワイトハウスのメディア対応は、私たちが何十年にもわたって慣れ親しんできた伝統的な規範とはほとんど似ていません」と、ウェーバー・シャンドウィック・コレクティブ(Weber Shandwick Collective)のグローバル最高広報責任者兼グローバル最高公衆衛生責任者であるパム・ジェンキンス氏は言う。「このことには誰も驚かないはず。混乱はこの政権の特徴であり、物事を壊したいという意欲を反映したプライドの源なのです」。
この前例の無い混乱は、おそらくまだ始まったばかりだろう。「伝統メディアとホワイトハウスの間の緊張と不信感、そして報道機関との関係の混乱は歴史的なレベルに達しています」とジェンキンズ氏は語る。
トランプ政権による伝統メディアへの攻撃の概要を、以下に挙げる。
トランプ陣営、AP通信の表記に異議を唱える
ホワイトハウスは2月11日、AP通信の記者が大統領執務室やエアフォースワン(大統領専用機)で大統領に取材することを禁止した。メキシコ湾の名称を「アメリカ湾」に変更するという大統領令に、同社が従わなかったことが理由だ。
テイラー・ブドウィッチ次席報道官は、政権がAPスタイルブック(AP通信が発行する表記統一基準)に多くの不満を抱いていることを明らかにした。「これは単に『アメリカ湾』の問題ではありません」と同氏はアクシオス(Axios)に語った。「AP通信がスタイルブックを通じて言葉を武器化し、党派的な世界観を押し付け、多くの米国人が深く信じている伝統的な信念とは対照的な、偏った世界観を押し付けようとしているのです」。
オルタナティブ・メディアや右派のコメンテーターは、AP通信が人種を表現する際に一文字目を大文字にして「Black」と表記することや、性自認がノンバイナリーの人の単数形の代名詞として「they」を使っていることを批判している。
「これはメディアへの攻撃というよりも、文化戦争のように思えます」と指摘するのは、ボーズ・パブリック・アフェアーズ・グループ(Bose Public Affairs Group)のバイスプレジデントで、ジョージ・W・ブッシュ元大統領の報道副補佐官を務めたこともあるピート・シート氏だ。「しかし、これはトランプ氏に投票した人々にとって不利益となるものです。大統領を報道するための独自のリソースが無いためAP通信を利用している新聞が、この国には1,000社以上あります。そのため、AP通信が大統領執務室やエアフォースワンに入ることができなければ、それらの新聞で大統領の言動を報道することはできないのです」。
政権はAP通信の取材を規制することのメリットとデメリットについて検討しただろうと、専門家はみている。
「人々は他のメディアを視聴したり読んだりできるだろう――政権はそう考え、APスタイルブックの用語集の問題を重く見ることにしたのです」とシート氏。「しかしFOXニュース(保守系ニュース放送局)でさえもAPを利用しており、ほとんどの報道は彼らへと通じています」。
「AP通信、ロイター(Reuters)、ブルームバーグ(Bloomberg)は、常に通信社としての一翼を担ってきました。彼らの報道は世界中で取り上げられています」とSKDKのマネージングディレクターで、ジョー・バイデン氏の副大統領時代に報道官を務めていたケンドラ・バーコフ氏は語る。「報道を気に入ったか否かで選ぶべきではありません。それは恐ろしくて、悲しいことです」。
記者会見に「新興メディア」の参加を許可
ホワイトハウスのキャロライン・レビット報道官は1月20日に初となる記者会見を開き、ホワイトハウスの記者会見室をローテーション制にして、新興メディアの参加も認めると発表した。
「これまで報道官室の職員が座っていた部屋前方の席を、今後はニューメディアの席と呼ぶことにします」と同氏は述べ、コンテンツ制作者やインフルエンサー、ポッドキャスターに記者登録の申請を呼びかけ、各ブリーフィングで最初に質問させると約束した。
最初に指名されたのはアクシオス(Axios)の創設者であるマイク・アレン氏と、ブライトバード(Breitbart)のマシュー・ボイル氏だった。両社ともホワイトハウスには長年常駐していたが、席は常設されていなかった。
「彼らがポッドキャスターや、もっと適切な言葉があるかもしれないがオルタナティブ・メディアに会見室を開放したことは、驚くことではありません。選挙期間中にはカマラ・ハリス前副大統領も、より幅広い視聴者にリーチしようと主流メディアから距離を置いたことがありました」とダン・スキャンドリング氏は語る。同氏はアプコ(APCO)で政府関係を担当するシニアディレクターで、多くの共和党下院議員のコミュニケーションディレクターやアドバイザーを務めた経験を持つ。「これは時代の流れに過ぎません」。
「示された方針とは裏腹に、これは革命的なことではありません」とシート氏は付け加える。「トランプ政権は、新興メディアや伝統的でないメディアを初めて取り入れた政権ではない。それどころか、トランプ政権において初めてというわけでもありません」。
同氏は、2017年にショーン・スパイサー元報道官が記者会見室でスカイプを通じて質問を受け付け、保守派のトークショーの司会者などワシントンD.C.以外の声を集めた例を挙げる。
ファイヤーハウス・ストラテジーズ(Firehouse Strategies)の共同設立者で、選挙活動のベテランでもあるアレックス・コナント氏も同意見だ。
「どの政権も報道機関に不満を感じており、より友好的なメディアと関わる新しい方法を見つけようとしています。私がブッシュ政権で働いていたときには、できるだけ多くのローカルメディアと関わることで、全米規模の報道機関を回避しようとしていました」とコナント氏。「トランプ大統領が友好的なポッドキャストを通じてメッセージを発信しようとしているのは、バイデン前大統領がティックトックのインフルエンサーと関わっていたことと何ら変わりません」。
しかし、トランプ政権であっても、主流メディアには頼り続けることになるだろう。例えば、ショーン・ダフィー運輸長官はワシントンD.C.とトロントの空港での事故発生後にCBSニュース(CBS News)のインタビューに応じ、国民に安心感を与えるため、航空機での移動は安全であると述べた。
「最終的にはどの政権も、毎日報道してくれるメディアを無視できないということを学ぶのです」とコナント氏。「ホワイトハウス記者会には非常に長い歴史があり、現在の大統領が誰であろうと存続していくでしょう。トランプ大統領が主流メディアを攻撃することを彼の支持者は喜びますが、同時に、大統領のメッセージを広める上でメディアがいかに重要であるかも認識しています」。
ポリティコなどのニュース購読料が、効率化の標的に
イーロン・マスク氏が主導する政府効率化省(DOGE)は、政府機関によるニュース購読料の支出が過剰であると批判し、即時の停止を命じた。
ワシントン・ポスト(The Washington Post)によると、国務省は欧州にある大使館と領事館に電子メールを送信。エコノミスト(The Economist)、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)、ポリティコ(Politico)、ブルームバーグ、AP通信、ロイターの6つを名指しして、「業務に不可欠ではない」とみなされる全てのニュース購読を停止するよう命じた。
レビット報道官は、連邦政府がポリティコの購読料800万米ドルを停止すると発言。米国際開発局(USAID)が肯定的な報道の見返りとして同社に支払いをしたというX上での誤情報が、さらに広まることとなった。マスク氏も、国防総省が「大規模な社会欺瞞」のためロイターに900万米ドルを支払ったという誤った主張を再び投稿した。
当然のことながら、大使館は外交訪問の準備において報道を大いに活用している。政策に関する詳細なニュースレター、法案の進捗状況の追跡、政府機関職員の名簿、議事録、パーソナライズできるアラートや通知、その他のサービスのために、多くの政府機関職員が有料版「ポリティコ・プロ(Politico Pro)」を購読している。
「私は毎朝熱心に読んでいます」と話すスキャンドリング氏は、ポリティコ・プロのレポートや分析などのサービスは十分な情報を常に得るために不可欠だという。「政府機関も、連邦政府職員も、議会も必要としています」。
「しかし、トランプ政権はコスト削減を目指しており、メディアは簡単で大きな標的となっています」と同氏は付け加える。
「ポリティコ・プロの購読者であれば、重要な情報を他の人よりも20~30分早く入手できます」とシート氏。「このわずかな時間が、法案が可決されるか否か、あるいはその他の重大な違いを生む可能性があります。ジョン・ハリス氏(ポリティコの編集長)に恩を売るために購読しているのではなく、仕事に役立つから購読しているのです」。
主流メディアに対する、トランプ大統領の「報復」
トランプ政権は2月7日、ニューヨーク・タイムズ、米公共ラジオ放送(National Public Radio)、NBCニュース(NBC News)、ポリティコの4機関に対し、国防総省内の専用スペースを1週間で明け渡すよう命じた。 これらの機関に代わって入ったのは、ブライトバート・ニュース・ネットワーク(Breitbart News Network)、ハフポスト(HuffPost)、ニューヨーク・ポスト(New York Post)、ワン・アメリカ・ニュース・ネットワーク(One America News Network)だ。
これは新たな「メディア・ローテーション・プログラム」の一環で、印刷メディア、オンラインメディア、テレビ、ラジオから1社ずつが毎年入れ替わる。
「これはトランプ大統領による主流メディアへの報復です」とスキャンドリング氏。「政権側は『我々が望むように政権の報道をしてくれないのだから、あなたたちが当然できるものだと思っている、あるいは望むような取材をさせるつもりはない』というと考えているのです」。
ジェンキンズ氏も同意見で、国民の支持が広がらなければ、報道機関がこれに対してできることはほとんどないだろうと述べる。
「伝統メディアは長年にわたって過小評価され続けてきたため、さまざまな出来事に対する共通理解を形成する上での影響力が大きく損なわれてきました。ホワイトハウスは全国規模の報道機関の疎外を、国民からの反発が比較的少ない中で行う一方で、支持者からは称賛を浴びることができます」。
また、主流メディアのトランプ大統領に関する報道を困難でストレスフルで混乱したものにすることが、政権の使命のように見えるとジェンキンズ氏は付け加える。
「ホワイトハウスは、数多くのアクションや威嚇、サプライズを絶え間なく大量に溢れさせる傾向にあるため、メディアは一つひとつの話題の報道や分析、フォローアップを行うのに苦労しています。混乱が絶えず、ほぼカオスの状態で、これは視聴者やリスナー、フォロワーを疲れ果てさせ、思考を麻痺させます。もしもこれが政権による意図的なメディア戦略であるならば、計画通りに機能しているようです」。