日本酒業界の苦境はブランディングの欠如によるもの――。元サッカー日本代表であり、現在は日本酒の魅力を世界に発信する実業家の中田英寿氏(元サッカー日本代表)は、4月に都内で開催された新経済サミット2018でこのように発言した。瓶のラベルが、外国人だけでなく日本人にとっても読みづらい、というのだ。
だが中田氏は、この現状に落胆するのではなく、ラベルをスキャンすると詳細が表示されるアプリを監修。ただ、問題となっているのはラベルの読みやすさだけではなく、デザインの刷新が必要なケースが多い。時代に合った現代風のグラフィックへと、アプローチを変える酒造メーカーが出てきているのは心強い兆候だ。
兵庫県の酒造メーカーである明石酒類醸造は先週、5種類の清酒からなるブランド「明石鯛」のデザイン刷新を発表した。携わったのは、ロンドンに拠点を置くコンサルティング会社「コーワン」。プレミアム感や職人のこだわりを、国内外の消費者に訴求することを目指したという。
コーワンによると、以前のデザインは「プレミアム感も職人技も感じられるものではなく、単に“鯛の絵が描かれているもの”だった」という。
「魚の王様」といわれる鯛の中でも、特に「鯛の王様」と呼ばれる明石鯛。これに負けないお酒にしようという思いで命名された同ブランドにとって、鯛は欠かせないモチーフだ。新しいラベルデザインにも鯛は描かれているが、以前よりも書道らしさを前面に押し出したものへと変更された。デザインを担当したのはフランスのアーティスト、オロール・ドゥ・ラ・モリヌリ氏で、書は平野壮弦氏(書道家)によるもの。
明石鯛のブランドチームが発表した声明によると、新しいデザインは「日本ならではの清らかさと、アイコニックかつ力強いビジュアルを完璧なバランスで実現し、欧米の人々を魅了するデザインでありながら、国内消費者に向けても揺るぎない伝統への信頼感を醸成するもの。このブランドは今、成長に向けた絶好のポジションにいる」とのこと。ターゲットとしているのは英国、米国、ドイツで、近い将来には欧米市場でさらなる拡大を目指していくという。
Campaignの視点:
このリブランディングは、伝統に忠実であることが強み(商品そのものにおいて)であり、弱み(マーケティング面において)にもなる産業の、課題を浮き彫りにしており興味深い。
確かにブランディングは繊細なアートで、この領域での変化は増えているようだ。より抽象化された魚のモチーフや全体のデザインには明らかな改善が見られ、かつ、あらゆるターゲットにとって読みやすいものとなっている。書を題材としたデザインにヨーロッパのアーティストを起用するのは、直感的ではないかもしれないが、十分に「日本らしい」仕上がりになっている。
良い物を作ってさえいれば売れる、と長らく信じられてきたこの産業で、より多くの蔵元にブランディングの必要性を納得させることが困難なのは疑いようがない。日本と西欧の美的感覚の融合は、国際感覚を持ちながら日本の伝統的なものづくりをしたいと考える生産者たちの未来を拓くだろう。文化を実際に混ぜるかはともかく、時代に合わせたデザインへと変えることにある程度寛容であることは、売り上げを損なわないはずだ。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:田崎亮子)