昨年に引き続き2017年も、日本企業の海外企業買収を後押しする環境が整っている。ドルやユーロに対する円高、国内労働力の高齢化、依然として大きな成長が望めない日本経済、買収対象となる海外企業の増加、そして3兆ドル以上の豊富な手元資金などが、その要因だ。
海外企業の買収を進めるには、買収価格や時価総額、諸条件などといった情報のみならず、より多くの情報を伝える必要がある。日本企業が欧米企業へ投資する際のコミュニケーション戦略として、以下の4点を考慮すべきであろう。
1.グローバルに一貫性をもたせながら、現地の状況に配慮したコミュニケーションを図ること
今日のメディアやソーシャルメディアの環境下で、ニュースはいまだかつてない早さで世界中に届く。そのため現地のステークホルダーの感情や慣行に配慮しながら、複数の市場に対して共通の戦略的・合理的なコミュニケーションを展開することが、日本の経営陣にとって不可欠だ。現地のジャーナリスト、編集者、投資家、インフルエンサー、政府関係者など、案件の成否に影響を及ぼす人々を把握し、コミュニケーションのターゲットとすることは、海外投資を検討する日本企業にとって最優先事項である。
2.取引の過程で、主要なインフルエンサーを積極的に関与させること
海外企業が自国企業を買収する際には、現地メディアによる誤解を解き、経済や安全保障、文化、政治面でのマイナス影響に対する人々の懸念を打ち払う必要がある。そのためには主要なインフルエンサー、特に政治関係者からの支持を、早い段階で得ることが重要だ。例えば、英国のEU離脱後初の海外買収となった、ソフトバンクによるアーム・ホールディングス買収の成功要因の一つは、公式発表の前日にメイ首相とハモンド財務大臣に買収の意向を伝え、英国でアーム・ホールディングスの雇用を拡大する考えを表明したことである。欧米市場で保護主義者的な感情が高まっている昨今、このような対応は不可欠である。
3.早期、かつ頻繁に双方の従業員と対話すること
米国、英国、ヨーロッパでは優秀な人材の獲得が激化しており、合併後の企業が全ての従業員にとっていかに良い職場になるのかを伝えることは非常に重要である。したがって日本企業の経営陣は、優秀な従業員に引き続き勤務してもらい、合併後の会社に対する忠誠心とやる気を高めるために、企業の価値観、戦略、経営方針について、社内外に積極的に語っていく必要がある。
4. 新しいコミュニケーションツールを活用し、多様な聞き手に合ったメッセージを発信すること
日本企業の経営陣は、買収のハイライトや戦略的意義などといった情報が全ての関係者(特にジャーナリスト)に届くよう、従来のメディアを通じたコミュニケーションと共に、デジタルやSNSのプラットフォームを通じたコミュニケーションにも取り組むべきである。
日本企業が明確でオープンなコミュニケーションを頻繁に行えば、ステークホルダーからの支持を得やすくなり、買収取引成立後も長期間にわたって成功がもたらされる。逆に失敗すれば、重大な問題を引き起こしかねない。買収は、成立に至るまでに政局の変化や、現地の投資家の反発によって頓挫したり、多くの困難に直面することがある。人材の慰留は一層難しくなり、社外の投資家は合併に伴う金銭的メリットが得られない、あるいは得られそうにないという状況に不満を抱く。そして、これらの問題が積み上がることで、企業の存続を根本から脅かす可能性がある(東芝によるウエスチングハウス買収の失敗が、まさにこの一例であろう)。
日本では、首尾一貫したグローバルなコミュニケーション活動がそれほど重んじられてこなかった文化的背景、組織的背景がある。これらの課題を克服し、一貫した戦略的なアプローチでコミュニケーション活動を展開することが、買収を確実に成功させるための重要な要因である。
成松恭多氏は、WPP傘下の戦略的コミュニケーションエージェンシー「フィンズベリー」の東京事務所で代表を務める。
(文:成松恭多 編集:田崎亮子)