広告界の労働環境や負の側面について論じられるようになったのは、つい昨年のことだ。その話題の中心は常に電通だった。しかし電通を語るだけでは問題の全体像は捉えられないし、他の企業の取り組みを見落としてしまう。
Campaignは、日本の3大広告代理店がどのように「働き方改革」を実現しようとしているか明らかにすべく、取材を申し込んだ。博報堂はこの依頼を辞退したが、ADKは快く応じてくれた。
国内3位のADKは、他の多くの企業同様、自らの課題を十分に認識している。最近では、経験豊かな人事の専門家を他の業界から迎え入れた。広告界、しかも大抵は1企業だけで働いてきた業界人たちが見失いがちな新たな視座を取り入れるためだ。白羽の矢が立てられたのは、日本の大手商社でキャリアを積んできた松澤豊彦氏。同氏は広告界で働く人々の情熱を評価する一方、「考え方を変える必要がある」と話す。
「この世界の人々は、時間を費やせば費やすほど得るものは大きいと考えています。その理由の1つが、クライアントベースのビジネスではクライアントと代理店が主従関係にあること。他の業界では両者はもっと対等な関係です。広告界ではクライアントが非常に有利な立場にあり、大きな力を持っています」
ADKも電通同様、改善点を絞るべく委員会を立ち上げた。また、社員から匿名で意見を集う「満足度調査」も開始。法令遵守の徹底はもちろん、「社員への関与を高めることが改革の大きな理由」と松澤氏はいう。
全てはまだ始まったばかりだが、基本的には社員が自主的に労働習慣を変えていくよう、強制ではなく奨励を行う。午後10時に社内を消灯する規則(電通は昨年後半に導入)は4年前から導入したが、その成果は限られたものだった。今年はこれを更に1歩進め、毎週水曜日を「ノー残業デー」とした。すると、従業員の約7割が午後7時までに退社するようになったという。
非効率性改善のため、社員が自分たちの1日の活動を記録するタイムシートシステムも導入。あるベテラン社員は、「面倒ですが、自分がどのように時間を使っているかが確認できて良い」と話す。社内全体でどのような無駄があるかを把握するため、ADKはその結果の分析も始めた。
更に、業界に先駆けて在宅勤務やテレワークの導入も図る。だが、容易には事は進まないだろう。パイロットプログラムはまだ実施に至らず、このプランをクライアントに伝えたところ反応は賛否両論だった。松澤氏曰く、外資系企業はおおむね好意的だったが、国内企業の多くは「ナンセンスだ」と反対したという。
「自分たちを一体何様だと思っているんだ、というような反応でした」と松澤氏。「受け入れられるには時間がかかるでしょうが、粘り強く進めていくつもりです」。
代理店がクライアントをコントロールすることは不可能だ。だが、社内の管理職をより賢明にコントロールすることはできる。ADKは来年1月から、各部門の責任者に生産性に見合った対価を与えていく。最も少ない残業で最も効率的な運営を行った部門の責任者が、最も高い報酬を得る仕組みだ。
職場でのいじめや新入社員たちが抱く不安への対応策としては、「バディー」制度を導入。入社内定者や新入社員たちが、少し年上の先輩社員をメンターとして選ぶシステムだ。これによって率直な意見交換が可能となり、嫌がらせや職権乱用といった日常の懸念や課題を話し合う機会をつくることができる。
これらの試みはどれも評価に値するが、どれだけの効果を生み出したかを測る重要業績評価指標(KPI)はまだ出ていない。松澤氏は、「労働時間が基本的に減り、収益は伸びています」という。「直接的な関係があるかどうかは分かりませんが、正しい方向に進んでいることは間違いないでしょう」。
ベインキャピタルによる買収の動きが進むなか、ADKはビジネスへ取り組み方を早急に改革する必要性に迫られた。より良い労働環境の構築は、今いる社員のためだけではなく、将来競争性を高めるうえで必要な人材確保のためにも重要だろう。「ビジネス規模では電通や博報堂の後塵を拝していますが、本当に優れた人材を惹きつける会社にしていきたいのです」。
この記事は、国内広告界における働き方改革を紹介するシリーズの一環です。電通の改革については、こちらからご覧ください。
(文:デイビッド・ブレッケン 編集:水野龍哉)