電通は女性新入社員の自殺と東京労働局の立ち入り調査を踏まえ、労使協定で月70時間となっている時間外労働時間の上限を5時間引き下げ、月65時間にすることを明らかにした。
同社広報部長の河南(かんなん)周作氏は、「(まだ残業時間が多いという印象を与えるかもしれないが)電通の所定労働時間は労働基準法で定める上限の8時間より1時間短い7時間」であることも付け加えた。
電通はまた、10月24日から全館午後10時消灯を実施する。残業時間を削減する新しい規則は、11月1日から正式に導入される。
バズフィード・ジャパンは電通の石井直社長が社員に送ったメールの文面を入手し、いち早く一連の動きを報じた。メールは労働環境の改善を訴える内容で、持続的な成長には社員が「心身ともに健康であること」が欠かせないというメッセージが記されている。
働く人々の心身の健康がしばしば犠牲にされ、長時間労働が当たり前と認識されがちな日本で、このような動きは前向きに捉えるべきだろう。だが月に5時間の残業削減というのは際立ったものではないし、夜10時までの労働が常態化していることも多くの人々にとっては不健全に映るだろう。果たして新しい規則は、労働慣行の著しい改善につながるのだろうか。
言うまでもなく、どのような対策であっても徹底的に実施されなければその効力は望めない。既存の70時間ルールは、毎月80時間以上に及ぶ残業を強いられていた高橋まつりさんの死を防ぐことはできなかった。東京労働局は、勤務時間を実際より少なく申告するよう組織的な指導があったのか調査している。
読売新聞は最近の記事で、電通は1991年に社員が過重労働を苦に自殺した際にも長時間労働の悪習を断つための対策をとったが、効果はほとんどなかったと報じている。
東京で広告業界向けの人材リクルート・コンサルティングを手がけるゲーリー・ブレマーマン氏は、日本の広告業界の全般的な労働実態について次のように語る。「多くの広告会社が勤務時間を管理し、より正確に業務の負荷を見極めるなどして積極的に過重労働の防止に努めています。しかし仕上げねばならない仕事が目の前にあると、ルールがねじ曲げられてしまうのです」。
読売新聞は同じ記事の中で、50年前に社員を鼓舞するためにつくられた「電通鬼十則」と呼ばれる社訓を問題の一端として取り上げている。この十則、表向きはすでに行動規範ではなくなっているが、いまだに社員手帳には記されているという。その一つには、「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」とある。
日本では2014年に過労死等防止対策推進法が施行された。だが罰則がないため、実効性には課題が残されている。一方、過度の長時間労働を押しつけるなど労働基準法上の違反が認められれば、企業は刑事責任を問われることになっている。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)