David Blecken
2017年11月23日

電通の「働き方改革」

国内広告界の労働環境改善への取り組みを紹介する3回シリーズ。第1回は、過重労働の根絶と健全な職場環境の構築、そして効率性の向上を図る電通に焦点を当てる。

写真:AFP
写真:AFP

改革の唯一の引き金となるのは、「危機」 −− こうしたことはしばしば起こるものだ。昨年のこの時期、新入社員の自殺に対する電通の責任が公的に明白となり、政府は白書の中で企業の長時間労働が危険なレベルに達していることを指摘した。

政府はこの白書を作成するにあたり、様々な分野の企業1万社を対象に調査を実施。しかし回答に応じたのはわずか1700社で、その約4分の1で月80時間の残業が常態化していることが判明した。この数字は国が定める過労死ラインに相当する。

社員に精神的な重圧が最もかかっているのはIT分野であることも分かった。だが広告界でも多くの人々が長時間労働を深刻な問題と見なしており、いくつかの企業 −− 決して全ての企業ではない −− はやっとその改善に取り組み始めている。Campaignは過重労働が電通に限らず、業界全体の課題であることを訴えてきた。実際、国内外の様々な代理店に勤める消息筋から、社員への理不尽な要求やマネージメントの無能さ、職権乱用といった声を聞いた。

こうした状況を改善する牽引役として、電通に期待がかかるのは自然なことだろう。日本の広告界におけるイノベーションでは、電通が先駆けとなって他社がそれに続くという例が多かったからだ。しかし効率性や社員への配慮を重んじる「新たな電通」の再構築には、まだ全ての答えが出ていないことを同社は認める。

電通が全社的規模で行った調査では、過重労働や社員の不満の主要因となっているのは、端的に言うと非効率性であることが明らかになった。社員をサポートするシステム −− 彼らの不平を受け止め、アクションを起こす人々 −− の不在や時間外労働に関する就業規則を考慮しない慣習が、彼らのストレスを増幅させてきたのだ。同社は2019年までに長時間労働を根絶し、1人当たりの年間労働時間を2252時間(2014年)から1800時間に減らすことを目標に掲げる。社員のサポートや福祉面にもより多くの投資を行っていく予定だ。

現在の生産性を維持しながらこれらの目標を達成することは決してたやすくはないが、その取り組みは既に始まっている。同社は夜10時から翌朝7時までの全館消灯を実施した。だが肝心なのは、社員が通常の業務時間内にきちんと仕事を終えられるかどうかだ。同社広報の河南(かんなん)周作氏によれば、現在ひと月の残業時間は最長45時間に定められ、社員一人ひとりの労働時間が1つのダッシュボードからログインできるようになっているという。もし仕事が時間内で終わらないようであれば、「即座にほかの社員たちと手分けをします」。

確かに仕事量を分担するのは1つの解決策だろう。今年は、昨年の1.5倍の社員がこの試みに関与したという。だがこのシステムをよく考えてみると、他の社員がより活用できる一定の時間を無駄にすることになる。つまり、彼らがやむなく長時間を社内で過ごすことになれば、結局は時間の浪費なのだ。

河南氏は、「通常2時間かかる打合わせも、より集中することで45分に短縮できるようになった」とも話す。以前多かった必要のない確認作業など、重複する仕事をなくすことで仕事の合理化が可能になったという。また、クライアントの近くに20の出張所を設け、本社から行き来する無駄な時間も省いた。

テクノロジーの活用も有効な手段だ。クラウドサービスに基づいたシステムを導入し、今ではクライアントや制作会社、クリエイティブが同じプラットフォームで(少なくとも理論的には)インタラクションできるようになった。またロボットを活用したシステムのオートメーション化で、決まり切った文書作成や会計ソフトの入力など、以前は手作業だったプロセスを省略。「社員は優に3時間を他の仕事に振り分けられるようになりました」(同氏)。ロボットはキャンペーンのプランニングでも活躍する。事実上、ロボットが「社員」の働きをしているというわけだ。

加えて、ワークライフバランスという課題がある。現在、(人の)社員は半年に最低5日間の有給休暇をとらねばならない。5日間というのは決して十分ではないように聞こえるが、休みをとることに社員が後ろめたさを感じる文化を持つ企業にとっては重要な前進だ。だが、電通にはいまだ在宅勤務に関する明確な規定がない。「今はそれをどのように実施するか考案中で、フレキシブルな働き方を試している段階です。在宅勤務を体験した社員たちのほとんどは、それを評価しています」と河南氏。特にクリエイティブにこうした働き方を奨励することは大切で、「夜10時になったら仕事は終わり、といった決まりに馴染めない人々には、自由な時間に働けることはメリットになる」。

もちろんこうした改革は、クライアントがどれだけ賛同してくれるかにも大きく左右される。河南氏は、業界団体が出す広告代理店との付き合い方に関するガイドラインが「広告主側の考え方を変え、効率性を上げるのにひと役買っている」と話す。しかし、それが完全に浸透するまでにはまだ時間がかかるだろう。電通が自ら実行できるのは、管理職の発想を転換させることだ。同社はマネージメントに関する知識をより豊かにするトレーニングプログラムも導入。管理職の力量不足は、この業界全体の課題としてよく知られるところだ。同社の管理職の報酬が実力に比例するようになるかどうかは、まだ定かではないが。

更に、社内外のカウンセラーのネットワークも導入。これによって社員の不満の声を反映しやすくし、同時にリーダーシップのモニタリングやパワーハラスメントの根絶を図る。

今後の道のりはまだ長いが、電通はもはや労働環境に関する醜聞を2度と起こすことはできない。新入社員の自殺が世間に与えたインパクトを考えると、今度同じようなことが起きれば同社が信用を回復することは極めて難しいだろう。だがこれらの改革には、もっとずっと前向きなモチベーションがある。

「こうした新たな取り組みは、何よりも社員が健全な心身を保つためのものです」と河南氏。社員の幸福こそが、効率性は言うに及ばず、仕事のクオリティーを高めていく必須条件であることは間違いない。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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