バナー広告から始まり、検索連動型広告へ、そしてアドネットワークからプログラマティック広告へと、デジタル広告をめぐる技術や仕組みは目まぐるしく変化しています。その根本にあるのは、「広告主への成果、メディアの収益、そしてユーザーの満足度すべてを最大化する」という目的です。
ですがテクノロジーの急激な進化により、特にメディア企業側に、収益最大化の戦略策定や運用において負荷を強いることがあり、業界全体の課題となっていました。この記事では、「メディアの収益を上げる」という観点からアドテクの歴史を振り返り、理想とする未来像を追っていきます。
【フェーズ0】インターネット広告黎明期からプログラマティック広告へ
デジタル広告の黎明期では、Webページ内の目立つ箇所に広告を配置するバナー広告が主体でした。当然のことながら、目立つ箇所に大きな広告クリエイティブを配置すれば、それだけ多くのユーザーの目を引きますし、ページ下部の小さなクリエイティブであれば、反応するユーザーは少なくなります。そのためメディアは枠ごとに異なる単価を設け、広告主は自社の戦略に最適な枠を買って、クリエイティブをメディアに入稿し、定められた期間内に広告を出稿していました。新聞や雑誌の広告出稿が、そのままインターネットメディアに置き換わった形です。
1990年代後半〜2000年代に入ると、いわゆるネットバブルが起こり、インターネットメディアは急増します。そのため膨大な数の広告枠が生まれました。
そこで2008〜2010年にかけ、これら大量の広告枠を集約して、広告主に広告枠を売るアドネットワーク事業者が誕生します。アドネットワークは、1つのメディアだけでなく、複数のメディアのさまざまな広告枠を集約しており、アドネットワークのサーバ(アドサーバ)を通じて、さまざまなメディアを閲覧する多数のオーディエンスの元に届けられます。アドネットワークが持つ大量の広告枠に対し、成果の高い枠から順番に広告を掲載していきたい広告主が、成果を最大化できるよう自動で広告枠を買い付けられるように仕組み化したのが、「プログラマティック広告」と呼ばれるテクノロジーです。
アドネットワークでは、オーディエンスのWebブラウザにあるクッキー情報を経由して、どのメディアの広告枠でどんな広告枠が掲載されたかを把握できるようになりました。こうして、そのクッキー情報に紐付くWebブラウザにどんな広告が表示されたかが分かるようになり、「どんな人がその広告を見ているか」という「人」の部分にフォーカスが当たるようになったのです。
【フェーズ1】メディアの収益最大化を目指したウォーターフォール型配信
広告を見ている人のプロファイルが推測できれば、広告効果は高まります。たとえば高額な女性用化粧品の広告の場合、その広告を見ているのが男性であれば、いくら良い場所のバナー広告であっても成果は期待できません。膨大なオーディエンスデータを基に、ターゲットとなる「人」にフォーカスして配信できるテクノロジーの登場によって、広告価値は「枠」から「人」へと移ってきました。たとえ単価の低い広告枠でも、ターゲットにうまく当たれば成果は大きくなります。
これに対し登場したのが、ウォーターフォール型配信と呼ばれるテクノロジーです。これはメディア側が、単価の高い広告から順に配信するように、自社広告枠やさまざまなアドネットワークごとに優先順位を付け、その順番に広告を配信していく方法です。
ですがこの方法にも課題が見られるようになりました。第一に、事業者の異なるアドネットワークにある広告在庫の状況を、リアルタイム把握できないこと。いくらアドネットワークに単価の高い在庫があっても、単価の低い在庫しか残っていないアドネットワークの優先度が高ければ、単価の低い方から配信されてしまいます。また、順番に在庫をさばいていくため、ユーザーに広告表示されるスピードが遅いという課題も指摘されるようになりました。
【フェーズ2】ヘッダービディング(ヘッダー入札)が誕生した理由
ウォーターフォール型に対し、2015年前後に登場したのがヘッダービディング(ヘッダー入札)と呼ばれる方式です。
ヘッダービディングは、さまざまなアドネットワークに広告リクエストを一斉配信する仕組みで、メディアが運営するWebサイトに専用のタグを設置する必要があります。これにより、アドネットワークのプラットフォームの純粋な価格競争が行われるようになりました。
この仕組みでは、各プラットフォームにある単価の高い広告から表示されるため、メディアの収益は安定・向上します。また広告主にとっても、プラットフォームの違いを考えず、効率や費用対効果が良く、品質の良い在庫を獲得できるようになります。
ただヘッダービディングは、各プラットフォーム事業者にごとにばらばらに管理する必要があるため、メディア側に相当の負荷がかかることがネックでした。また、一斉リクエストを行っても結局は価格単価の高いものから表示に表示していくため、メディアの予算達成のために何度もリクエストをかけることになり、広告表示遅延(レイテンシー)が発生するという課題や、広告成果を一括で把握しづらいという課題が生まれてきました。
これを解決するために登場したのが、ラッパーソリューションです。ラッパー(Wrapper)とは、複数のヘッダー入札をラップする(くるむ)という意味で、煩雑なヘッダービディングの管理・運用を効率化する狙いで生まれました。
ラッパーソリューションにおいて、JavaScriptを使ったヘッダービディング用のPrebit.jsタグを設置する形で、広告売買を行うのが「Prebid」と呼ばれる方式です。Prebidはオープンソース技術を使っているため、利用したい事業者は誰でも自由に使うことができます。
これにより、各プラットフォームでばらばらだったヘッダービディングのフォーマットを統一できるので、メディアの負荷は減り、収益最大化に向けて運用戦略を立てやすくなります。また、各プラットフォームが参加することで、これまで個別技術になりがちだったアドテクが、大きなエコシステムとして発展していくことが期待されます。
【フェーズ3】メディアの収益コントロールに向けて
2019年現在、日本のメディア業界においても、ヘッダービディングに取り組む企業やラッパーソリューションに関心を寄せる企業が急増しています。
そこでさらなる進化として、メディアの収益をメディア自身がよりコントロールできる仕組みを、我々は提案しています。
ラッパーソリューションにより、メディア側の負荷は確かに軽減できますが、たとえば「広告単価を上げるため、あえてタイムアウト値を延ばして成果を見てみよう」「各プラットフォームの成果を横断的に把握したい」というように、収益を最大化するための施策を打とうとすると、やはり煩雑な部分が残るというのが現状です。
というのも、「まさに今、Prebidそのものに取り組んでいる」というメディアが大半のため、技術が混在し、複雑さはより増しているからです。
こうした状況を改善するために誕生したのが、ラッパーソリューション自体をより効率的に管理し、実績管理や改善点の把握・施策の実施をしやすくする新形式のPrebidです。私どもも、広告設定の変更や修正などを管理画面のUIを見ながら簡単に行えるサービスを、今年5月から提供開始しました。また、管理画面から各プラットフォームを横断して成果を確認できるため、広告収益を見ながら在庫を最適に調整することもできます。
そして最大のメリットは、これまで煩雑さがネックでなかなかヘッダービディングやラッパーソリューションを導入できなかったメディアも、運用負荷が減ることで、より収益を向上させる広告戦略が可能になること。実際、日本企業の多くは、フェーズ2まではどちらかというと海外のアドテク事情から少し遅れを取っていたのですが、素早い意思決定を可能にするサービスがフェーズ3で登場することで、一気にフェーズ2から3まで進めることができ、かつ収益最大化に向け、自分たちで広告をコントロールできるようになるのです。
【フェーズ4】さまざまなプラットフォームや手法を横断して収益を最大化
ラッパーソリューション、Prebidは、自社広告枠やオープンなアドネットワークだけを対象にしているわけではありません。将来的には、プレミアムなメディアと広告主が参加するPMP(Private Market Place)や、メディアの設定した広告単価と配信数を固定するプログラマティックギャランティードという方式にも対応し、メディアの収益最大化に貢献していく予定です。
さまざまなプラットフォームに対応することで、メディアは1つのプラットフォームに依存することなく、最も収益を最大化するプラットフォームを選び、戦略的に組み合わせて売上を伸ばしていくことができます。プラットフォームが決めた入札価格や広告配信のルールに応じるのではなく、それをコントロールすることで、デジタル広告の収益を上げていくことができるのです。
シエン・ズゥー氏は、ルビコン・プロジェクトの日本におけるカントリーマネージャー。