1年前、大手コスメブランド「ラッシュ」はインスタグラムとフェイスブック(FB)、ティックトック、スナップチャットの利用を停止すると発表した。曰く、「これらプラットフォームのビジネスモデルには怒りを禁じ得ない」
「こうしたソーシャルメディアが特に問題なのは、我々が掲げる目標 −− 健康的生活、セルフケア、思いやり、自他への善行 −− と根本的に対極にあること」。そして、事業を展開する48カ国の顧客にソーシャルメディアを使わないよう促した。
それから1年。同社クリエイティブディレクターのメロディー・モートン氏は、「あの決断は正しかった」と話す。「日常のソーシャルメディアや不健全なアルゴリズムから別の次元で、我々は顧客にリーチする手法を生み出していく。消費者に愛されるブランドやフランチャイズ店と協働し、独創的かつイノベーティブな製品を生めば新たなオーディエンスは獲得できます
ラッシュの試みは成功したかのようにみえる。ソーシャルメディアと決別した後、同社グループの税引前利益(2022年度)は2900万ポンド(約46億4000万円)。2021年度は4500万ポンドの損失だった。
ソーシャルメディアに反旗を翻したブランドはラッシュだけではない。スペインのファッションブランド、ボッテガ・ヴェネタは2021年1月にソーシャルメディアの自社アカウントを閉鎖。老舗ファッションブランド、バレンシアガも約50年振りのオートクチュールショーを前にアカウントを閉鎖した。
ブランドはソーシャルメディアなしで生き残れるか
英クリエイティブエージェンシー「ウィーアーソーシャル(We Are Social)」の調査・インサイト部門責任者、ポール・グリーンウッド氏は「アンチソーシャルメディアの傾向が主流になるとは思えない」と話す。
「これらのブランドの戦略は、煙幕を張るようなもの。実は、ラッシュもボッテガ・ヴェネタもソーシャルメディアから姿を消したわけではない。どちらもインフルエンサーやブランドアンバサダーを使ったアプローチに軸を移しただけで、今もソーシャルメディアを利用しています。異論があることは承知で言いますが、広告予算が少なければ少ないほど、マーケターはソーシャルメディアから背を向けられないはず」
英クリエイティブエージェンシー「TMWアンリミテッド」のソーシャル及びインフルエンスディレクター、オリヴィア・ウェダーバーン氏も「ソーシャルメディアをやめたと言っているブランドも、実際にやめてはいない」と話す。
「多くのブランドはオンラインカスタマーサービスやペイド広告を続けており、オーガニックなプレゼンスを消しただけ。アンチソーシャルを掲げるのは特に画期的なことではありません。キャシーおばさん(FBに飼い猫の投稿を頻繁にする中高年女性のたとえ)がFBをやめると宣言するようなもの。1週間後にはどうせまた始めるのですから」
今はブランドの安全性や個人情報保護、メンタルヘルス、言論の自由などが懸念される時代だ。それでもブランドにとって、ソーシャルメディアからの完全撤退は現実的ではないのか。
「これからも多くのブランドがソーシャルメディアや特定のチャネルの利用をやめると思う」と話すのは英リテーラー大手ザ・ワークスのソーシャルメディア部門責任者、エミリー・ランドバーグ氏。「理由は様々。消費者のメンタルヘルスに及ぼす影響や、特定のプラットフォームにかかるコスト、さらにはそのプラットフォームが抱える課題などです」
現在顕著なのは、多くのブランドがメタへの広告支出をやめ、他のソーシャルチャネルに乗り換える動きだという。
「強いポジショニングを築いている大手ブランドは、ソーシャルメディアを使わなくても生き残っていける。これまでも積極的にソーシャルを使わなかったブランドはあります。これらのブランドは認知度が高く、口コミの力も強い。独自性を維持したいという思惑もあるでしょう」
豪メディアマーケティング会社ホワイトグレイの戦略ディレクター、マヤ・モースリ氏も「ブランドはソーシャルメディアなしで生き残れる」と主張する。
「生き残れないとしたら、ブランド戦略に問題がある。言い方を変えれば、企業やブランドがソーシャルメディアを除外した場合、どのようなダメージを受けるのか。つまり、ソーシャルメディアで何を成し遂げたいのかが問い直される。単に広告チャネルを揃えたいだけなら、他の手法が必ずあるはずです」
ソーシャルメディアは過当競争?
ソーシャルメディア上での競争は以前にも増して激しく、2023年の今、ブランドにとって最大の懸念は効果測定だろう。メディアモニタリング会社メルトウォーターの調査によると、「ソーシャルメディアマーケティングにおける最大の課題」に効果測定とROI(投資利益率)測定を挙げたアジア太平洋地域(APAC)のマーケターは56%。「ソーシャルメディアの価値が証明しにくい」と答えたマーケターは40%だった。
「ブランドは広告支出の1ドルたりとも無駄にしたくない。今年の最も重要な課題は効果測定」と話すのはメディアエージェンシー「UMオーストラリア」のチーフデジタルオフィサー、アダム・クラス氏。「今はブランドがマイクロインフルエンサーを起用する傾向が強くなっている。コスト効率、エンゲージメント率が高く、ROI向上につながるからです。リーチと業績が向上することは明らか」
ランドバーグ氏はこう話す。「ソーシャルメディア上は過当競争で、ブランドは個性が出しにくいと考えている。それでもまだ、イノベーティブな手法でオーディエンスを発掘しようというブランドにとってはチャンスの場」
「ブランドがソーシャルメディアに求める役割も変わりつつある。マーケティングプランの幅が広がり、コスト効率の良いワンウェイコミュニケーションのチャネルとしても、深い関係性を構築するマンツーマン、あるいは双方向コミュニケーションのチャネルとしても使われるようになっている」
重要なのは言うまでもなく、ブランドがソーシャルメディアの役割をどう定義付けるかだ。
「ソーシャルメディアをどう活用するかではなく、ある種の万能薬として捉えてしまうことが過当競争を生み出しているのかもしれない」とモースリ氏。
同氏のホワイトグレイ社では、成功の鍵としてオーディエンスの抱えるストレスがしばしばテーマに上るという。
「ブランドが解決しなければならないオーディエンスのストレスとは何か、そのストレスを癒すためにソーシャルメディアは何ができるのかといったことを話し合います。ブランドがオーディエンスの悩みを解決できれば、どんなに大きなコミュニティーでも注目を集められる」
自社アカウントか、それともKOLか
ソーシャルメディア上のアカウントを閉鎖しても、KOL(キーオピニオンリーダー)やブランドアンバサダーを起用し、オンライン上で新製品を紹介する −− ラッシュのようなブランドが取る戦略は効果的なのだろうか。
「もちろんです」というのはウェダーバーン氏だ。「『ソーシャルメディアは使わない』と公言するブランドを私は真に受けませんが、ラッシュのような手法を取るブランドがあるのもその理由の1つ。アカウントはなくても、オンライン上でナラティブ(物語)を展開する。メッセージをブランドから直接発するのではなく、オーディエンスが信用しすいアンバサダーを使って伝播する。これは非常にスマートなやり方です。ソーシャルメディア界の購入意思決定では、ペルソナ(典型的ユーザー像)やインフルエンサー、他の顧客の意見が大きな影響力を持っていますから」
だがクラス氏は、アカウントを閉鎖すれば「オンラインに大きく依存する世代の顧客を失う」と警鐘する。
「KOLがこれからもブランドプレゼンスで一定の役割を果たしていくことは言うまでもありません。その影響力は広告以上のものがある。彼らは消費者に親しみやすさと信頼感を与え、ニーズに応える製品を提示できる。さらにはそうしたやり取りを通して、ブランドと消費者の関係性を発展させるのです」
アイコンエージェンシー(豪州)のデジタルディレクター、シャノン・オニール氏は「ブランド認知度を高め、ターゲットオーディエンスの共感を呼び起こすのにKOLマーケティングは素晴らしい手法。それでも、ソーシャルメディアでプレゼンスを維持することは欠かせない」と話す。
「双方を活用することがベスト。そうすればもっと情報を求めるオーディエンスを、KOLはブランドのアカウントに導くことができる。ブランドのアカウントではオーディエンスがコメントを投稿しますが、それによってブランドとオーディエンスの関係は活性化し、より深まっていく」
さらに同氏が指摘するのは、ソーシャルショッピングの人気だ。「この傾向は今年、さらに強まるでしょう。そうなればソーシャルプラットフォームの重要性は必然的に増します」
「KOLマーケティングを活用するブランドにとっては、プラットフォームに組み込んだショップが今後数年、増収の鍵となる。ソーシャルメディアでプレゼンスを発揮することは、これまで以上の価値につながるでしょう」
ソーシャルメディアにアカウントを持たないブランドがビジネス機会を逃していることは確かだが、業績を上げることは十分に可能、という意見もある。
「我々は今、クリエイター市場でビジネスをしていますが、消費者はブランドよりも個人からの意見を欲している。それゆえインフルエンサーやアンバサダーの有効性は非常に高い」と話すのはランドバーグ氏。「特にブランドプレファレンス(好意度)では効果的。逆にブランド認知やファーストパーティデータの収集では、ブランデッド広告などに劣ることがあります」
ソーシャルメディア以外の効果的手法
従来型のソーシャルメディアに背を向けたブランドは、どのような手法でオーディエンスとのつながりを維持するのか。
ラッシュは他ブランドとのクリエイティブなコラボレーションや、インリアルライフエクスペリエンス(実生活における体験)の創造に注力する。小売店の強化もその1つで、ロンドンでは24時間営業の自動化されたショップを初めてオープン。また、入浴の効能をトラッキングするアプリも発表した。だが、果たしてこれらで十分と言えるのか。
「クライアントとのソーシャルチャネルやコミュニケーションを断ってしまうのは好ましいことではない」とウェダーバーン氏。「そもそもソーシャルメディアがブランドにとって不可欠になった理由は、消費者にとってカスタマーサービスへのアプローチが柔軟かつ容易になったこと。もしまたコールセンターの時代に戻ってしまえば、ブランドは苦情を受け付けるだけになり、極めて重要な消費者インサイトを見失うことになる」
だが同氏は、アンチソーシャルの背後にあるロジックも理解できるという。
「それでも従来型のソーシャルメディアに背を向けるブランドが出始めた。自社ページを閉鎖し、問題だらけのプログラマティック広告チャネルと決別する。そうなれば、消費者とのコミュニケーションの場は個人のサーバーやスレッド、あるいはDMに移るでしょう。大手ブランドはインフルエンサーや他社とのパートナーシップ、ペイドソーシャルを活用するかもしれない。主要なソーシャルメディアを避け、『ウィーアー8』のようなニッチなチャネルを使うブランドも出てくるでしょう。こうしたチャネル内での競争はより平等・公正ですから」
これまでソーシャルメディアから離反したブランドは、ほとんどが市場で確固たる地位を築いていることも事実だ。消費者とつながる新たな手法を生み出す潜在力も備えていると言えよう。
「他の多くのブランドもソーシャルメディアから離れるべきか、またそうした場合、得るものと失うものはどちらが多いか悩むでしょう。要するにリスクと労力、そして恩恵のせめぎ合いです」とランドバーグ氏。「新たな手法を生み出すには往々にして労力とコスト、そしてイノベーティブな思考が求められます」
「加えて、どのチャネルを使えば効果的に顧客にリーチできるか把握することが重要。ソーシャルメディア全般を見渡せばわかるように、オーディエンスは以前にも増して真のつながりと体験を求めている。オフラインによる効果的手法、あるいはオフラインとオンラインを併用したイノベーティブな手法を生み出したブランドが今後は大きな成功を収める。さらに、ソーシャルプラットフォームへの広告支出も変わる。ブランドは特定のプラットフォームに長期的支出をするようになるでしょう」
(文:マシュー・キーガン 翻訳・編集:水野龍哉)