カンヌでの審査が始まる約2カ月前。世界に散らばる19人の審査員宛に、審査員長クロエ・ゴットリーブ(R/GA U.S.)から一通の電子メールが届いた。
「誰もがつながり、すべてがデジタルになった今。“サイバー”とは、一体何を意味するのか? その答えをみんなで探っていきたい」
最近のサイバーの受賞作を見れば、そのほとんどがPR、プロモ、アウトドア、フィルムなど、複数部門にまたがるマルチ受賞が多い。カテゴリーのオーバーラップ化が進み、サイバーという枠組み自体が溶解しているのは事実だ。
それでも私たちは、約2800本の膨大なエントリーの中から、7日間に及ぶ果てしない議論を経て、これぞサイバーと言えるものを、なんとか選び抜いていった。その議論を通じて、私は今年のサイバーを象徴する三つのキーワードがあると考えた。
1.データ to フィジカル
今回二つ出たグランプリのうちの一つ、ING銀行の「The Next Rembrandt」。これはレンブラントの描いたすべての絵画をデジタルスキャンし、特殊なアルゴリズムを駆使して各要素を分析。彼の描き方そのものをコピーした上で、完全なる「新作」を生み出したという驚くべきプロジェクトだ。ディープラーニングや3Dプリンティングなど最新テクノロジーを掛け合わせた点はもちろん、死後約4世紀を経た天才画家の魂を現代に蘇らせるというドラマチックなストーリー性にも評価の力点がある。この企画は、具体物から情報を取り込み(フィジカル to データ)、その情報から別の具体物を創造する(データ to フィジカル)というチャレンジによって、これまでにない衝撃を生み出すことに成功した。膨大なデータ集積が可能となった今、その活用法として、新たなクリエイティブ領域の扉を開いたのは間違いない。
2.プラットフォームハック
もうひとつのグランプリが、スペイン宝くじの「Justino」。基本的には、マネキン工場に勤める夜勤の老人Justinoを主人公にした、心温まる3Dアニメーション作品だが、ムービーの卓越したクラフト力だけでなく、フェイスブックやインスタグラムの特性に合わせて関連コンテンツを出し分け、リアルとバーチャルをシームレスにつないだ点が、ソーシャル時代にふさわしいキャンペーン設計であると評価された。既存のソーシャルプラットフォームの特性を深く理解した上でハックするアイデアは、Gatorade「The Super bowl dunk」(スナップチャット)、GE「The message」(ポッドキャスト)、Verizon「verizon in Minecraft」(Minecraft)など今回数多くの受賞作を生んだ。ソーシャル上の日常に自然な形で入り込み、フレッシュな驚きを与える。こうしたアイデアは今後もその数を増していくはずだ。日本から唯一ゴールドを受賞した、オーストラリア政府観光局「ギガセルフィー」は、主要観光地に撮影スポットを設け、広大な背景を含んだ超高画素数の記念写真を撮影するサービス。これもインスタグラム上の主要コンテンツ、セルフィーをハックし、観光地のPRツール化したものといえるだろう。
3.ゴーグルなしのVR
数多くのVR関連エントリーの中で、最も秀逸だったのがLockheed Martin「The field trip to mars」。これは、遠足に向かうスクールバスの窓外の風景が、都会の町並みから火星の表面へと一変、子どもたちを驚かせるという夢のある企画。窓に組み込まれた透過スクリーン上の映像は、バスのスピードやカーブの方向にしっかりと追随する。ヘッドセットやカードボードなど煩わしい機器を一切使用せず、仮想現実を大人数で共有するという、新たな体験をもたらした点が画期的で、一時はグランプリ争いの最有力候補だった。多くのVRものがゴーグルの中の世界を作り込むことに終始する中、この企画はVRというコンセプトの可能性を、我々の生活空間全体に押し広げる意味を持つと評価された。来年以降、AIとともにこのジャンルから強いクリエイティブが生まれてくるのは確実だ。
ある審査員によれば、彼の知るベンチャーキャピタリストは、SXSWにはテクノロジーを、カンヌにはストーリーを探しにくるという。生み出したアイデアが瞬時に世界を旅し、その瞬間に陳腐化してしまう厳しい競争環境の中で、少し先の未来を現在に引き寄せ、新しいストーリーを紡ぎだし、我々をより人間らしい存在へと変化させる。驚くべきテクノロジーによる「ゲームチェンジャー」ではなく、人々の生活をリアルにアップデートする「ライフチェンジャー」こそ、いまのサイバーが目指すべきゴール、というのが今回の私の結論だ。
高野文隆
サイバー部門審査員/ ADK/クリエイティブディレクター
/NOIMAN チームリーダー
(編集:田崎亮子)