昨今のWeb3の狂騒がどのように収まるかは予測できないが、カンヌライオンズでメタバースに関する最高のアドバイスを聞いた。そのアドバイスとは、「人々を追いかけよう」だ。
メタバースがデジタルで作られたものであることを考えるなら、これは矛盾しているように聞こえるかもしれない。しかし、ブランドと顧客との関係において、人間に関するインサイトは、これまでも重要な鍵となっていたし、メタバースという「素晴らしき新世界」でも、人が重要であることは変わらない。
筆者の同僚でもある、RGAのグローバル最高戦略責任者、トム・モートンの言葉を引用しよう。「技術を追いかけるなら、行きつく先は技術の迷路だ。お金だけを追いかけるなら、詐欺の罠にはまるだろう。人を追いかけよう。ここにいる私たちの大半はコミュニケーターであり、マーケターであり、ビルダーだ。その仕事は人々に奉仕することだ」
これを念頭におきつつ、メタバースについて知っておくべき、人間主導の3つのポイントを紹介しよう。
王様はアイデンティティであって、コンテンツではない
コンテンツが王様、というのが従来の常識だった。しかし状況は変化しており、Web3におけるアイデンティティの力に比べると、コンテンツは色あせて見える。
メタバースが秘める包摂性のポテンシャルは計り知れない。そこは、肉体的な自己の枠を超えて、本当の自分、あるいは、なりたい自分を表現できる世界だ。メタバースは、身体性や居住地、財産等に関わらす、公平に競い合える空間であり、包摂性に関しては、むしろ現実世界より人間的だ。
RGAの調査では、Z世代の50%が、メタバースでの他者との関わりの方が、現実世界よりも自信があると回答している。また、トレンドコンサルティング企業WGSNの調査では、Z世代の28%が、現実世界の自分とは違う誰かになりたいと回答している。
こうしたアイデンティティの流動性は以前から存在する。私たちはすでに、インスタグラムとリンクトイン、フェイスブックで異なる自分を表現しており、各プラットフォームの文脈に合わせて自分のイメージを変えている。
メタバースはこれを次のレベルへと引き上げる。こうしたアイデンティティの流動性に加え、アバターとして気軽に高級ブランドにアクセスできるようになった結果、ファッション好きにとって魅力的な活動の場が生まれ、「ゼペット(ZEPETO)」のような仮想世界に人々が群がるようになった。
ゲームプラットフォームのロブロックスでは、バーチャルグッズ(たとえばグッチのハンドバッグ)が、実店舗で購入する本物より高値で取引されている。
これは、自己表現への欲求によって拡大する、ダイレクト・トゥ・アバター(D2A)エコノミーの一角にすぎない。メタバースは2028年までに5000億ドル(約69兆円)規模になると予測されており(グローバル・マーケット・インサイツ調べ)、これにはウェアラブル、スキン、コレクターアイテムの販売が大きく貢献する。
アイデンティティは、収益源であるだけでなく、ファンのエンゲージメントとロイヤルティを獲得する大きな機会なのだ。
コミュニティーを共に創る
分散型ウェブの大きな魅力は、大企業に依存していないことだ。メタバースは、コミュニティーをベースとしているため、マーケターは、マス広告やソーシャル投稿の原則を、そこに単純に適用することはできない。
では、ブランドはメタバースでどのように存在感を示せばいいのか。その答えは、コミュニティーのためではなく、コミュニティーとともに創造するということだ。
ナイキの「Magic is in the Air」キャンペーンはその成功例の一つだ。ナイキはロブロックスで存在感を示すため、子供たちに協力を求めた。クリエイティブの主導権をコミュニティーに委ねた結果、子供たちによる、子供たちのためのメタバースワンダーランド「エアトピア(Airtopia)」が誕生した。
近い将来、ブランドとコミュニティーは共創(co-creation)の枠を超えて、新たなビジネスモデルに突入していくだろう。Web2で空間の共有の場であったコミュニティーは、Web3では、ブランドが供給する収益と資産を共有する場へと移行すると予想される。そしてそれが、分散型ウェブの大部分を占めることになるだろう。
メタバースでコミュニティーを築きたいブランドへのアドバイスは、「まず声を聞き、学ぶこと」だ。どうすればコミュニティーに貢献できるかを理解するために、チャットアプリ「ディスコード」でしばらく過ごしてみるのもいいだろう。
共創が新たな流行に
モラルコントロールに関しては、インターネットは好ましい場ではなかった。最近の実例としては、2016年に英国の政府機関が、新造中の調査船の名称をインターネットで公募した件が挙げられる。ふざけて提案された「王立調査船ボーティ・マクボートフェイス」(ネット上で有名なフクロウ「フーティ・マクオウルフェイス」のパロディ)が、オンライン投票の結果選ばれたのだ。
この件から6年後の現在、メタバースには共創の思想がしっかり根付いている。TBWAのルーク・エイド氏によると、Z世代がロブロックスに費やす時間は、すでにTikTok、インスタグラム、ユーチューブの合計を超えているという。Z世代が望んでいるのは、会話の一部になることではなく、共に創り出すことなのだ。
例えば、「ステイプルバース(Stapleverse)」はコミュニティーによって作られる共創ストーリーの連鎖ワールドだ。創設者である著名デザイナーのジェフ・ステイプル氏は、カンヌライオンズに登壇し、ステイプルバースのストーリーは自分のアイデアに支配されているわけではないと語った。コミュニティーがストーリーを進め、ステイプル氏が少しキュレーションを加えるだけだ。しかも、近い将来には、キュレーションすらやめる可能性があるという。
このように主導権を明け渡しているのはステイプル氏だけではない。バイス・メディアの最高クリエイティブ責任者であるクリス・ガーバット氏も、クリエイティブディレクターの時代は終わったと考えている。
ガーバット氏はカンヌライオンズで次のように述べた。「エンドツーエンドのキャンペーンを制作するのはもはや時代遅れだ。これからは、共創プラットフォームを提供することが重要になる」
今後の展開は?
メタバースは、より良い世界になる可能性を秘めている──ただしそれには、私たちがそこに参加し、そうなるよう形作る必要がある。真に刺激的で進歩的なものは、現実世界をバーチャルで再現するフェーズが終わったときにやって来る。ブランドは、かつて社会に影響を与え、文化を形作ってきた。同様に、未来のメタバースを共創することもできるはずだ。ただし、それにはまず人間性を中核としたコミュニティーの立ち上げから構築を始める必要がある。
ブランドが独りで構築しても、そこに人々が集まることはないだろう。
クレア・ウェアリング氏は、RGAオーストラリアのエグゼクティブクリエイティブディレクター。