今の広告業界ではクリエイターを活用したマーケティングは欠かせない。最近、クリエイターとより密な関係を築こうというエージェンシーが現れている。ソーシャルメディアの「スター」を正社員として雇い、クリエイティブに転身させようというのだ。
権威ある広告賞「ワン・ショー(The One Show)」を主催する非営利団体「ワンクラブ・フォア・クリエイティビティー」は、先月TikTok(ティックトック)と提携、クリエイター向けの20週間にわたる教育プログラム『ワン・クリエイター・ラボ』をスタートさせた。彼らにより広告的なショート動画制作を学ばせるためだ。「クリエイター経済」が普及するなか、エージェンシー側も最新のマーケティング事情に遅れまいと必死だ。
このラボに参加するエージェンシーのいくつかは、すでに1年以上、様々なクリエイターを正社員として採用してきた。
米「デイワン(Day One)エージェンシー」は、エージェンシーの仕事にもっと関心を持ってもらおうと、クリエイターを対象とした見習い制度を開始。またティックトックを利用したコンテストも実施、埋もれた才能の発掘に注力する。同社はすでに数名のクリエイターを採用。PRウィーク誌によれば、全従業員175人のうち7人が元クリエイターだという。
クリエイティブエージェンシー「ムーヴァーズ・アンド・シェーカーズ(Movers + Shakers)」はコンテンツやコピー制作、戦略策定を担うクリエイターを雇用する。「従業員の5〜10%は元クリエイター。20%ぐらいの従業員も『自分はクリエイター』という意識を持っています」と話すのは、同社共同創業者でチーフクリエイティブオフィサー(CCO)のジェフリー・ゴールドバーグ氏だ。
従来型の広告クリエイティブの育成に熱心なエデルマンも、クリエイターを70人ほど採用。ソーシャルメディアのコンテンツ制作にディレクターとして従事させる。
クリエイターの魅力
様々な目的でクリエイターを活用しようというエージェンシー。その要因として、業界関係者の多くは広告専門学校の人材育成における欠点を指摘する。急速に変化する業界のトレンドに対応できる、時代に即した人材が育っていないというのだ。
「学校のカリキュラムが古い。既存の広告専門学校が送り出す人材は、エージェンシーが求めるスキルを持ち合わせていません」と話すのはワンクラブのCEO、ケビン・スワンポール氏。
「それに引き換え、クリエイターは最新のトレンドや文化を深く理解している。斬新な戦略で、若年層のオーディエンスとエージェンシーやブランドをつなぐことができます」
こうした認識はすでに業界では当たり前だろう。キャンペーンでしばしばクリエイターがフィーチャーされるのはその証だ。よってクリエイターを正社員として雇えば、「クリエイティブプロセスが速くなり、ソーシャルメディアのエンゲージメントに関する知識も取り込める」と話すのはデイワンのCCO、ジェイミー・フォーコウスキー氏。
さらには「ブランドとクリエイターのコミュニケーションも円滑になり、無駄な誤解もなくなります」
エージェンシーに参加するクリエイターは、ソーシャルメディアのエンゲージメントに関するエキスパートが多い。業界の様々な規範を知らないことはマイナス面だが、アクションが速く、能力が多彩なことが特長だ。
クリエイターにとってのメリット
起業家精神を持つクリエイターに「エージェンシー文化」を植え付けることはなかなか難しい。だがエージェンシーで働くことのメリットは双方が実感しているようだ。
フリーのクリエイターとしてティックトック上で3カ月間活動していたアリアナ・フラード氏は、現在ニューヨークのメディアエージェンシー「ジャイアントステップ」でソーシャルメディアコンテンツのクリエイターを務める。
「今は経済的な安心感を覚えます」というフラード氏。PR会社MSLによれば、フォロワーが5万人以下のマイクロクリエイターの年収中央値は2万8000ドル(約380万円)弱。「完全なフリーランスとして働くのはまだ早い、と内心思っていました。できればエージェンシーで働き、ビジネスやクライアント企業の実情を学びたかった」
ブランドで働く経験も、「将来フリーランスになる際に役立つ」というのは37万5000人のフォロワーを持つティックトッククリエイター、フリッツ・ベーコン氏。フリーになる以前は、デイワンのシニアクリエイティブを務めていた。
@fritzbacon This was easily my most ambitious project @mountaindew #MTNDEWMajorMelon #ad ♬ original sound - Fritz Bacon
あるクリエイターは、エージェンシーで働くことは実務面のスキルアップ −− 契約書の読み方やプロジェクトの理解度、正当な報酬を得るための交渉術の向上など −− につながると話す。
「私はすでにそうした知識を持っている。ティックトックやインスタグラムで私を知る人たちは、エージェンシー出身という私のバックグラウンドに気づいていないようです」(ベーコン氏)
課題
だが、クリエイターの誰もがエージェンシーで働くことに適しているわけではない。
例えば、「自分のコミュニティーと特定の手法でコミュニケーションをとっているようなクリエイターは難しいでしょう。彼らのエンゲージメントスキルは、異なるブランドコミュニティーに応用しにくい」とゴールドバーグ氏。
「己を主張するからこそ、クリエイターはクリエイターたり得る。自身の作品を俯瞰的に見たり、異なる仕事を幅広くこなしたりすることは、彼らにとって難易度が高いはず」
また、クリエイターは1人でする仕事に慣れている。いろいろな部署と連携せねばならないエージェンシーでは、普段のような自由度や達成感は得にくい。
「クリエイターをうまく活かすには、彼らに課した役割以外の仕事をさせないこと。実務的な作業に巻き込めば、彼らを殺してしまうことになる。チーム内で円滑な意思決定を図るのは、いずれにせよ難しい課題です。そうした過程に彼らを巻き込めば、話が余計ややこしくなる」とゴールドバーグ氏。
エージェンシーでの仕事にスムーズに適応できるよう、「クリエイターは正社員になる前にエージェンシーに足を運び、社内の雰囲気はどうなのか、仕事がどういうものなのになるのか、事前によく確かめるといい」というのはエデルマンのCCO、ジョーダン・アトラス氏。
エージェンシー側が心掛けることは、彼らに「適切な自由度を与え、仕事振りに対して丁寧に意見をしてあげること。業務の重要性もよく教え、フリーの時と同じような充足感を与えることが大切」
「彼らのどのような面を買っているのか、なぜ彼らを選んだのかということをしっかり伝え、同時にエージェンシーでの業務の重要性も十分認識させる。これらを踏まえれば、皆が大きな恩恵を受けられます」
(文:ブランドン・ドエラー 翻訳・編集:水野龍哉)