国内市場で成功する社名や商品名を考え出すことは、決して簡単なことではない。海外も視野に入れたネーミングとなれば、なおのこと。特にアジアのように、多様な言語、文字、文化が混在する市場で、成功するネーミングを考案することは至難の業といえる。
例えば、Airbnb(エアビーアンドビー)が中国市場に参入した2017年、その中国名「爱彼迎 (アイビイン)」が予期せぬ物議を醸した。この3つの漢字はそれぞれ「愛」「相互」「歓迎」を意味しており、ふさわしいネーミングだと思われた。「より多くの中国人旅行者が、エアビーアンドビーを通じて人と出会い、互いを思いやること」を意図したものだと、同社は公式に発表している。
ところが、多くのソーシャルメディアユーザーはそのネーミングを好まなかった。発音しにくいと批判する人や、真ん中の「ビ」という音が卑猥さを意味する文字と重なり「汚れたラブホテル」のように聞こえると言う人がいたのだ。始めから中国名など付けるべきではなかったという声もあった。
このような例は、枚挙にいとまがない。そこで、ブランディングや広告の業界に身を置く人々に、ネーミングのプロセスに関する見識や、考慮すべきこと、そして成功例について尋ねてみた。
「多様な地域で、多くの市場、セグメント、言語などをターゲットにしようとするのであれば、広く認知されているネーミングのしきたりや音の響きを追求することです」と話すのはシンガポールのブランドエージェンシー、スーパーユニオン(Superunion)のストラテジー担当ディレクターで、国際的なブランディングスペシャリストとして経験豊かなサマンサ・ヘイデン氏。「もっとも強調したいのは、候補とするネーミングの文化的背景の把握に、十分な時間をかけることです。ネーミングのプロセスにおいて、言葉のトラブルを避けるための確認はとても重要です」
「ネーミングは面白いプロセスですが、そこで過ちを犯してはいけません。これも厳格に守るべきことです」とヘイデン氏は指摘する。「人々が犯す最大の過ちは『心地よい』ネーミングを求めようとすることです。私のチームは、戦略をネーミングに吹き込むことの重要性をよく理解しています。ですからしっかり顧客の声を聴き、彼らの戦略や創造性の特徴を確認の上、我々と顧客の方向性を一致させながら、最も必要なクリエイティブブリーフをまとめ上げています」
電通でクリエイティブディレクターとブランドコンサルタントを務める福田崇氏は、ネーミングの過程に関係者全員を関与させること、その上で一人の人物が中心的役割を果たすことが非常に重要だと語る。「ネーミングのアイデアは複数の人から得ることができますが、中心になる一人がそれらをまとめ、選別することに責任を持つべきです。キーとなるステークホルダーに対しては、新しいネーミングの裏にある思想やコンセプトを直接、明確に伝えることが必要です。たくさんのネーミングのアイデアを披露することに加え、ステークホルダーに的確に説明できるロジックや能力も求められます」
最近の効果的なブランディングの一例として福田氏は、資本構成の変更を経て2018年1月に社名変更した日本のアナログ半導体メーカー、エイブリック(ABLIC)を挙げた。新社名は、同社の半導体技術で「不可能を可能にする」ことを、2つの単語「able」と「IC(集積回路)」を組み合せて表現したものだ。
「CEOとの面談を通してネーミングのコンセプトを明確にし、日本国内の商標検索によってネーミング候補を絞る一方で、海外の商標検索や英語のネイティブスピーカーへの確認もしました。中国については、専門家からの提案もありました」と福田氏は振り返る。
すべてはエクスペリエンス(体験)にあり
ジオメトリー・グローバル・ジャパン(WPP傘下のブランド・アクティベーション・グループ)のシニアコピーライター、福嶋紳一郎氏によれば、広めようとするブランドを守ることが、常に最優先されるべき事項だという。そのため、国内では既に確立されたブランドが、海外進出する際に新たな名を与えられることもあるという。
日本で広く飲まれている牛乳由来の飲み物、カルピス(Calpis)もその一例だ。「『カル』はカルシウムに、そして『ピス』は仏教における五つの味の一つ、サンスクリット語の『サルピス』に由来します。しかし英語圏ではこの商品はカルピコ(Calpico)の名で売られています。その理由は、カルピスは『cow piss(牛のおしっこ)』にあまりにもよく似た音だからです」と福嶋氏。「重要なことはその国と、その国固有の文化を尊重すること。その上で、その国の人々とつながっていくのです」
シンガポールを拠点に、女性をターゲットにした効果的なマーケティング戦略作りをサポートするハローシスター(Hello Sister)の創始者で、ディレクター兼ブランディングスペシャリストのシャーロット・ウィルキンソン氏は、中国向けのネーミングは他地域に比してより難しいと語る。「私の中国向けの仕事のほとんどが、新規商品に関するものです。消費者がそれを利用した時にどのような体験が得られるかを、明確に伝えることを目指しました。そこで、北京語で表記された商品名は英語名と似た響きを持ちながら、さらにメッセージが伝わるように考えました。例えば、コカ・コーラの中国語表記は『美味しい幸福』を意味する『可口可乐』で、発音は『クゥーコウクゥールー』。レイズチップス(Lays Chips)は、『楽しいこと、あるいは楽しい時』という意味の『乐事』と表記し、『レシ』と発音します」
異なる言語によって商品名の長さもさまざまに変わるため「包装も注意すべきことの一つ」とウィルキンソン氏。「アジアでは商品名がとても短くなる傾向があり、名前のスペースをあまり必要としません。しかし逆に、アジアの商品を海外で展開するときには問題となり得るのです」
ブランドのネーミングを考えるときは常に次のステージを念頭に置くこと、というのがウィルキンソン氏からの助言だ。「将来に視点を据え、ブランドが目指すものは何かを考えることです。そうすれば、コアとなるブランドの価値は将来も存続し、最終的には長年にわたって賞賛されることとなるのです」
受け入れられるネーミングであることは大いに望ましいが、それは成功の一つの側面にすぎない。「アジアの市場は競争が激しく、国内外のブランドが溢れています。どんなに優れた覚えやすいネーミングであっても、ジグソーパズルの一片にしかなりません」。都内のクリエイティブエージェンシー、ウルトラスーパーニューのシニア・ストラテジック・プランナー、レナード・レ氏はこのように指摘する。
自社のブランドが競合品に比べてなぜユニークで魅力的なのか、消費者に明確に示すことがますます重要になっている。「そのようなコミュニケーションがうまくいけば、優れたネーミングは、消費者がそのブランドについて連想するあらゆるものを含み込むことができるのです」(レ氏)
成功する名前とは、何だろうか。そこには我々の想像をはるかに越えるような、幾多のものが包含されているのだろう。
(文:橘高ルイーズ・ジョージ 編集:田崎亮子)