クリエイティブエージェンシーは本質的に、スケジュールを守らないことで悪名高い。こうしたルーズな姿勢は往々にして、「いいアイディアがいつ浮かぶかなんて誰にもわからない」といった決まり文句を盾に正当化される。
クリエイティビティとイノベーションを生み出すためには、煩雑なペーパーワークや意見の不一致、締切りのプレッシャーといった重圧を取り除く必要がある。トップに求められる能力を1つあげるとしたら、クライアントが求めるスケジュールに柔軟性を持たせる交渉力だ。かつては、徹底的なリサーチを行い、アイディアを何日も煮詰めて、情熱を持って作り上げてから提出するというのが一般的な慣行だった。
だが、いまやデジタルコミュニケーションの時代だ。デジタルメディアの台頭により、どんなマーケティング戦略も、数時間で、時には数分で成否が決まってしまう。たった1つのツイートが瞬時に拡散し、その後数年にわたってブランドや企業の命運を分けることもある。
#BanHyundai(ヒュンダイ・パキスタンのTwitter投稿をきっかけにインドでボイコットが広まった事案)と司会者エレン・デジェネレスの呼びかけで始まったアカデミー賞授賞式での写真ツイートは、明暗分かれた両極端な事例だ。言うまでもなく、イーロン・マスク氏やアナンド・マヒンドラ氏(インドのマヒンドラ・グループ会長)は、なんのコミュケーション戦略も無くとも、個人のソーシャルメディアを通してブランドをけん引することができる。
こんな時代に、時間にルーズなクリエイティブカルチャーはどんな意味をもつのだろうか? もはや即時対応可能なことだけがクリエイティビティの評価指標なのだろうか?もはや職人的なこだわりの入り込む余地はないのだろうか?
現代のブランドには、業種を問わず、現状維持に甘んじる余裕などない。そのため従来型のエージェンシーは、突如として「アジャイル・クリエイティビティ」という未知なるカルチャーに放り込まれ、順応せざるを得なくなった。何十年も独自のやり方でビジネスを進めてきた彼らが今、一夜にして変化することを強いられている。そんなことは可能なのか?本当に変わるべきなのだろうか?
後者の問いへの答えは、シンプルに「イエス」だ。
思考と実践に関してはアジャイルになる以外に道はない。こうしたやり方になじめないエージェンシーや人々は、またたく間に脱落していくだろう。賢く、臨機応変なエージェンシーだけが、大手エージェンシーと互角に渡りあえる。ブランドは日々刻々と変わる状況に適応しなければならず、そのプレッシャーを前にしては、昔ながらの経験や長年の信頼関係だけでは太刀打ちできない。SOV(シェア・オブ・ボイス)は四半期ごとではなく、分刻みで測定される。
しかし、こんなことは改めて説明するまでもない。進化しない者は滅びるのみだと、現代のメガエージェンシーはみな理解している。そして、働き方を瞬時に切り替えることはできなくても、アジャイルクリエイティブのためのソリューションを提供することを前提に、若い才能を抜擢するための組織的な取り組みを進めている。
一部のクリエイティブエージェンシーは、他社より早くこうした切り替えを進めているが(メディアエージェンシーはさらにその傾向が強い)、ほとんどのエージェンシーは、まだこの転換に苦戦している。ハイブリッドエージェンシーが短期間のうちに台頭し、好調を維持しているのがその証拠だ。彼らにとってアジリティは本質であり、あとから獲得したものではない。では、彼らはクリエイティビティを犠牲にしているのか?いや、そんなことは断じてない。
今日の消費者にとって、テスラはフォルクスワーゲンより大きなブランドだ。ゾマト(Zomato)はバーガーキングよりも有名だ。ナイカ(Nykaa)はラクメ(Lakme)よりも第一想起率が高い。Netflixはスタープラス(Star Plus)よりも支持率が高い。こうしたブランドはすべて、単なるアジリティ(機敏性)ではなく、創造的なアジリティを根幹としている。彼らは時流を読み、失敗を恐れず、クリエイティブの課題を常に前進させている。
アジリティそれ自体も素晴らしいものだが、それが創造性やイノベーションと結びついたとき、ブランドは真に飛躍できる。3つの特性は相互に結びついているのだ。よりクリエイティブなエージェンシーほど、より革新的に、よりアジャイルになることができる。これは、それぞれの言葉を入れ替えても同じだ。では、エージェンシーはどうすればアジャイルになれるのだろうか? これら3つの特徴をエージェンシーの本質とするには、どういった環境をつくる必要があるのだろうか?
私の経験からいえば、重要なのはトップダウンから始め、ボトムアップで循環させることだ! 今日の世界は圧倒的な変化の只中にあり、変化はすなわちチャンスだ。こうした環境において、優れたリーダーは、ニッチを見つけてはチームを集め、リスクをいとわない大胆な挑戦を促す。アジャイルな職場環境では、肩書に関係なくフィードバックを積極的に共有すべきなのは常識だが、そのためには経営者がアジャイルな働き方を受け入れなくてはならない。経営者は、急速に変化するこの世界において、スマートで効率的な意思決定を実践し、未来へと進むベストな方法を予測しなければならない。それには、チームに刺激を与える適切な方法を理解し、思考やアイディアを行動に移し、結果の成否を評価することが必要だ。
経営者がアジリティの本当の意味を十分に理解し、建設的批判を真摯に受け止めて初めて、クリエイティビティとイノベーションが開花するのだ。
シータル・プリトマニ・ムカジー氏は、グリップディジ(GripDigi)のCEO。