Rahul Sachitanand
2022年9月30日

クリエイティビティで進化するB2Bキャンペーン

シグナ、マイクロソフト、インテル、ユニリーバなどの企業が、革新的なB2Bキャンペーンを実現する方法を示している。しかしAPAC(アジア太平洋地域)では、まだ変化は始まったはかりだ。

スパークの「Beyond Binary Code」キャンペーン
スパークの「Beyond Binary Code」キャンペーン

従来のB2Bマーケティングは、多くの場合、専門語が多用され、文字ばかりが多く、ヘビーな内容となっていた。ターゲット企業の課題に対するソリューションを提供するという約束を、単調でつまらないコピーやイメージで訴求するマーケティングだったのだ。

しかし現在、このカテゴリーも変化を遂げている。マイクロソフトやアップルなどのテクノロジー企業、あるいは、シグナなどの医療系サービス企業、マニュライフなどの金融系企業が、B2Bキャンペーンでクリエイティビティを実現することを目指しているからだ。

クリエイティブなB2Bキャンペーン

巨大テクノロジー企業であるマイクロソフトは長年、ターゲット企業に対し、自社製品の技術的優位性を売り込むことに注力してきた。しかし同社は2022年、パンデミックをきっかけに広く利用されるようになったコラボレーションツールTeamsのキャンペーンを、より人間味あふれるものにすることにした。まず、多額の予算を投じて撮影するのをやめた。そして、世界中から多くの人々がTeamsに集まるキャンペーンを成功させたのち、Teams利用者に向けて、キャンペーン用の動画を撮影してくれないかと呼び掛けたのだ。

これは、エージェンシーのMRMシンガポールが、グローバルチームと協力し、アジア4市場で、「Real People(リアル・ピープル)」キャンペーンとして展開したものだ。このキャンペーンでは、監督、俳優、撮影クルーなど一切なしで、Teamsを用いてリモート撮影された動画を、MRMシンガポールが後からつなぎ合わせて制作した。この作品では、さまざまな企業の従業員がTeamsミーティングでつながったり、離れて仕事をしながら成果を共有しあったりする姿が映し出される。

一方、業務用食材メーカーのユニリーバ・フード・ソリューションズ(UFS)は、人気メニュー作りに協力しつつ、シェフたちとの新たな関係も構築したいと考えた。しかし、毎日忙しく働き、ほとんど休みがないプロのシェフに、どうすれば効果的にリーチできるだろうか?チャットボットの「シェフ・ナス(Chef Nas)」は、自然言語処理とAIを駆使し、シェフ一人一人のニーズを把握しつつ、UFSのデータベースから関連コンテンツを提供し、料理のサポートを行っている。

従来のB2Bキャンペーンは、企業を対象として、支援や実用的なソリューションを提案する傾向が強かった。しかし現在のB2Bが発するメッセージは、パーパスを前面に掲げ、社会問題に取り組む姿勢をみせるなど、さらに一歩踏み込んだ内容となっている。

その好例が、ニュージーランドの通信企業スパークによる「Beyond Binary Code(ビヨンド・バイナリー・コード)」キャンペーンだ。より多くのオンラインプラットフォームでジェンダー多様性を認めることで、よりインクルーシブなインターネットをつくろう、と各社に呼び掛けている。

一方、保険の分野では、企業をリスクから守ることや保険料を安く抑えることをテーマにしたB2B広告が定番だ。しかし、シンカーベルがオーストラリアのCGUインシュアランスのために制作した「Tall Poppy(トールポピー)」キャンペーンでは、トールポピー症候群に焦点が当てられている。トールポピー症候群とは、目立つと叩かれるので、あえて野心を抱かない傾向を指す地元特有の表現だ。このキャンペーンでは、インパクトを増すために、長尺のCM枠が確保されている。

CGUインシュアランスは、トールポピーを例えとして用いながら、困難にも立ち上がり、粘り強く努力している中小企業経営者を応援していると言い、キャンペーンでは「野心を保証する」とうたっている。

B2B企業の、こうした有意義でクリエイティブな方向性へのシフトを受けて、カンヌライオンズは2022年、B2Bのクリエイティブに初めてスポットライトを当てた。この部門でグランプリに輝いたのは、ワンダーマン・トンプソン・ミネアポリスがシャーウィン・ウィリアムズ・コイル・コーティングのために制作した「Speaking in Color(スピーキング・イン・カラー)」キャンペーンだ。これは、記憶や情景を話すことで、イメージにあった完璧な色を生成できる、音声認識AIツールだ。都市の高層ビルや象徴的な建物を設計する建築家やデザイナーなどをターゲットにしている。

MRM APACのリージョナルマネージングディレクター、ニック・ハンデル氏は、B2Bマーケターは、キャンペーンに創造性を「全面的に取り入れている」と述べている。ハンデル氏によれば、B2B企業のリーダーたちは、単なるリード獲得のその先に目を向け、より長期的なブランド価値の構築に創造性を活かしたいと考えている。「リーダーたちは(中略)ブランドにとって意味のある役割は何かを定義している。そうすることで、短期的な目標の達成に近づくだけでなく、将来に向けた戦略的な資産を手に入れることができる」からだ。

創造的なB2Bキャンペーンを実現する方法

一方、特定の製品やサービスに関するB2Bキャンペーンは、長期的なブランド構築に注力するB2Cキャンペーンとは異なり、限定的なものになりやすい。DDB北京のゼネラルマネージャーを務めるイーソン・リー氏は、「B2Bのブランドマーケティングとコミュニケーションでは、現実的な成果がより重視される」と話す。そのため、より上質なクリエイティブを求める声が高まったとしても、同時に、より正確にオーディエンスにリーチし、より多くのトラフィックを獲得し、ビジネスの結果を出すことが求められるという。

リンクトインが最近行った調査によれば、APACのシニアマーケティングリーダーの90%が、パフォーマンスマーケティングやリード獲得よりも、「クリエイティビティの向上」を優先すると述べている。ストーリーを伝えたり、感情に訴えたりすることで、ブランド想起を向上させるキャンペーンに注目が集まっているためだろう、と調査レポートには書かれている。

このような変化を受けて、エージェンシーは、B2Bキャンペーンでも創造性を重視するようになってきている。これはクリエイティブ人材への投資の加速も意味している。電通は4月、B2B部門マークルのAPAC担当クリエイティブ責任者として、ファロック・マドン氏を採用した。マークルのAPAC担当プレジデント、キアラン・ジーン氏によれば、以来、クリエイティブの革新性とクライアントの満足度が「全体的に」向上しているという。

ジーン氏は具体例として、アドビ、シスコ、マスターカード、スタンダードチャータードといったクライアントの仕事を挙げている。

Campaignの取材に応じた業界リーダーたちは、特に中国、インドのB2Bビジネスでは、キャンペーンの創造性が重視されていると口をそろえる。DDB上海のゼネラルマネージャー、アルグラ・チャン氏は、「これらのブランドの目標は、ビジネスパートナーに対して認知度や親近感を高めることだ」と話す。

しかし、ブランドの製品やサービスを最終的に利用するのは消費者だ。そのため、消費者の認知度もキャンペーンに影響を与える。

中国で最近行われたインテルの「Xeon X」キャンペーンでは、顧客企業が利用する典型的なメディアを離れ、消費者中心のWeChatやZhihu、Bilibili、Douyinに焦点が移された。データから100人超のテクノロジーインフルエンサーを見つけ出し、さらに3分の1まで絞り込んだ上で、これらのプラットフォームでインフルエンサーキャンペーンを展開した。

その結果、メッセージの想起率が80%高まり、製品の選好や検討の指標も上昇した。「単に創造的なメッセージを伝えるだけでなく、そのメッセージを、適切なオーディエンスに最も適切な方法で伝えるためには、創造的革新を起こす必要がある」とジーン氏は話す。

マークルは2月、ジャイロ(Gyro)とマークルDWAを統合し、クリエイティブ能力がさらに強化されている。

このように創造性が高まっているにもかかわらず、傑出したB2Bクリエイティブを生み出すという点では、APACはまだ世界に後れをとっている、と業界リーダーたちは指摘する。B2Bクリエイティブの代表的な事例としては、アップルの「Working from Home」、HPの「The Wolf」、俳優のライアン・レイノルズによる「pepper-eating MNTN」などが挙げられる。

エージェンシーやマーケターは、よりハイクオリティなクリエイティブを制作するだけでなく、キャンペーンのタイミングも最適化する必要がある。例えば、顧客がサプライヤー候補の調査を始めたばかりの段階で、技術仕様が事細かに書かれた詳細な製品仕様書を押し付けるのは的外れかもしれない。

マークルAPACのジーン氏によれば、B2Bキャンペーンでは、ユーザーに製品を訴求する前に、まずはその欲求や需要を生み出すべきだという。B2B領域におけるクリエイティビティとは、アートの側面だけにとどまるものではなく、創造性やテクノロジー、データ等を駆使し、メディアその他のチャネルを通してクライアントに革新を起こす創造的手法も含まれる。

より良いクリエイティブを求めることは重要かもしれないが、マーケターやエージェンシーは、B2B分野の微妙な機微にも注意を払う必要がある。例えば、市場ごとの微妙な違いを考えるなら、画一的なアプローチは通用しない。エージェンシーは、グローバルプラットフォームを、ローカルキャンペーンの土台として活用することになるだろう。

さらにエージェンシーは、大量のデータを分析し、広告主のためにより「適切で親近感のある」クリエイティブを制作することも必要だ。「私たちの独自調査によると、B2Bブランドの勝ち組と負け組の顧客体験の格差は、2020年から51%縮まっている」とジーン氏は話す。

B2B企業にとって良いクリエイティブは、マーケティングの費用対効果を高め、顧客や見込客の生涯価値をより向上させたいというニーズと密接に結びついている。特に既存顧客に対しては、より明確にターゲットを絞ったクリエイティブキャンペーンが必要だ。

ポテンシャルの高いクライアントのため、「需要喚起から生涯価値の向上に至るまで」、とにかくブランドエンゲージメントを高めることに注力すべきだ、とハンデル氏は助言する。これは、マーケティングオートメーションやファーストパーティデータ管理など、隣接するサービスへの需要が高まっていることも意味している。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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