市場は飽和状態に
1兆円を超える日本のゲーム市場において、過去数年で急成長を遂げてきたのがオンラインゲーム市場である。2014年の市場規模は前年比13%増の7886億円で、そのうちの9割を成長著しいゲームアプリが占める(KADOKAWA『ファミ通ゲーム白書2015』による)。
しかし、ここにきて成長の勢いに陰りが見え始めている。ゲームアプリ市場をけん引してきたトップメーカー、ガンホー・オンライン・エンターテイメントの失速がそれを予感させる。主力ゲーム「パズル&ドラゴンズ(パズドラ)」は国内累計ダウンロード数が4100万を超え、すでに頭打ちの状態にある。4100万ダウンロードとは、国内のスマホのほぼ2台に1台にまで普及した計算である。課金収入の落ち込みが影響して、ガンホーの四半期ごとの売上は、15年1~3月期をピークに3期連続の減収が続いている。
加えて、市場の成長を支えてきた国内のスマホ普及率は、ゲームアプリユーザーの中心層である20~30代ですでに8割を超えている。ユーザー人口は飽和状態に近づきつつあるといえる。
今後は市場にインパクトを与える大ヒットは生まれにくくなるという見方もある。「パズドラ」や、それに続くヒットとなったミクシィ「モンスターストライク(モンスト)」は、ゲームとしてのおもしろさや新しさだけでなく、スマホならではの操作性をうまく取り入れた操作方法と、派手な演出が生み出す爽快感が成功の要因となった。ゲーム業界に詳しいADKアプリ&ゲームプロジェクトプロジェクトリーダーの和久井鉱一氏は、「各社がしのぎを削るなか、今後大ヒットを生むには『パズドラ』や『モンスト』を超える革新性が求められる」と話す。
日本のゲームコンテンツの特殊性
海外展開に目を向けると、「パズドラ」や「モンスト」のように世界的にも多くのファンを持つ日本発のタイトルは存在するものの、全体としては、日本のゲームコンテンツの特殊性がもとで苦戦を強いられているようだ。日本製品は時に、日本独自の進化を遂げるという意味で“ガラパゴス化”と形容されることがあるが、「ゲームコンテンツも例外ではなく、それが海外展開へのハードルになっている」と和久井氏は指摘する。
日本を代表するゲームコンテンツには二つのジャンルがある。一つはRPGである。海外ではリアル感や“何でもあり”の自由さ(オープンワールド)が追求される一方で、日本ではファンタジックな世界観とストーリー性を重視した日本独自のJ-RPG(Japanese RPG)が発展してきた。スクウェア・エニックスの「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」、バンダイナムコエンターテインメントの「テイルズオブ」シリーズが代表作に挙げられる。
もう一つは、オタク文化を象徴する萌え系ジャンルである。美少女キャラクターをアイドルに育成する「アイドル育成型」と、理想的な相手との疑似恋愛を楽しむ「恋愛型」に大別される。萌え系ゲームの国内ユーザーは20~30代男性が中心だったが、オタク文化に対する世間の許容度が高まるにつれ、最近は世代や性別を超えたファン層に広がっている。
日本でヒットしたゲームコンテンツが、文化や嗜好性の異なる海外でも同じようにヒットするとは限らない。しかし、可能性がないわけではない。和久井氏は、「『ワンピース』や『NARUTO』など、すでに海外でヒットしファンを擁するジャパニーズキャラクターコンテンツは多数存在する。そういったコンテンツを活用していくことは日本発の強みを見出すことにつながる」と可能性を示唆する。
宣伝手法の業界セオリー
国内市場が飽和状態に近づきつつあるなか、顧客獲得のための宣伝活動も熾烈さを増している。
生活者がゲーム情報を入手するには大きく分けて3つの経路がある。テレビCMやWEBバナーといった広告、アプリストアでのランキングやレビュー、友人や家族の口コミである。これらを効率よく組み合わせ、効果を最大化する手法が業界では定石だという。
その定石とは、まずはアプローチ対象をセグメントしやすいオンライン広告を実施し、そのゲームに対して興味関心が高いと想定される層にアプローチを行う。アドネットワークやリスティング広告、リワード広告が中心だが、なかでも効果が大きいのがリワード広告だ。特定のアプリのダウンロードと引き換えに、報酬としてアプリ内で使えるアイテムを提供する仕組みで、アプリのダウンロードを直接的に促す効果がある。ただし、最近では「ランキングを不正に操作するもの」としてリワード広告を規制する業界の動きも出てきている。
オンライン広告で興味関心層を刈り取った後は、ゲームに関心の薄い層にも幅広くアプローチするため、テレビCMを投入する。若者のテレビ離れが叫ばれて久しいが、スマホを操作しながらの視聴(ながら見)やタイムシフトといった視聴形態の変化はあるものの、テレビの影響力は依然として大きいようだ。
ファンの囲い込みに向かう
オンライン広告とテレビCM――この二つのステップがこれまでの宣伝活動の定石だったが、市場の成熟とともに双方の広告効果は薄れつつあるのが実情だ。この手詰まり感を打ち破る次の一手が求められている。
新たな動きとして、新規顧客の獲得と並行して、顧客の囲い込みに力を入れる傾向が強まっているという。「最近は既存のファンを大事にし、LTV(顧客生涯価値)を最大化しようとする意識に変わっている」と和久井氏は話す。ファン向けのイベントを開催したり、自社ゲーム間で相互送客に取り組んだりする事例が生まれている。
ゲーム業界が今、市場活性化への期待を込めて注目するのが、任天堂のゲームアプリ参入である。家庭用ゲーム市場で世界に名だたるブランドを確立してきた任天堂が、3月に初のゲームアプリをリリースした。そのアプリ「Miitomo」は順調な滑り出しを見せているようだが、特に関心を集めているのは、会員サービスである「ニンテンドーアカウント」の存在だ。「ニンテンドーアカウント」とは、従来のニンテンドーネットワークIDと連携させることで、家庭用ゲーム機、携帯ゲーム機、スマホアプリの垣根なく顧客IDを管理できるプラットフォーム機能だ。「自社プラットフォームの構築・運用に成功した企業が、今後は業績を伸ばしていくのではないか」と和久井氏は推測する。ニンテンドーアカウントはその成功事例になれるのか。成熟した市場での生き残りをかけた戦いがすでに始まっている。
(編集:田崎亮子)